Noctys

@LowHolly

沈黙の箱庭

 朝は音ではなく、光で始まる。

 天井に埋め込まれた照明が淡く白に切り替わると、それが「起床」の合図だった。外の空にはもう太陽などない。ここノクティスでは、朝も昼も、ただ人工の光と影が時間を区切る。


 アリスは静かに目を開け、壁面に表示された時刻を確認した。06:00。予定通りだ。決められたタイミングで起き、決められた手順で体を整える。ユニット内の温水シャワーは6分。衣服は昨日と同じ色と形。無地の灰。すべてが国によって支給され、個人の選択はない。


 冷却食を口に運びながら、彼女は淡々とタスク一覧を眺めた。今日は午前に外交局でのブリーフィング、午後はシミュレーターによる異文化対応訓練。水分の摂取制限が昨日よりさらに15ミリリットル下がっている。供給層での冷却トラブルの影響だろう。


 Noctysの生活は、効率と抑制によって保たれていた。限られた資源、制御された人口、割り当てられた役割。そのすべてを乱さぬように生きる。それがここでの「正しさ」だった。


 アリスは一度も、この生活を息苦しいと感じたことはなかった。そう「思う」前に、そう「感じないように」育てられてきたからだ。


 居住層から上階のアトリウムに向かう途中、彼女は教育ブロックの前を通った。ガラス張りの教室では、幼い子どもたちが整列し、無言でパズルを組み立てている。教官の声がスピーカー越しに響いた。


 「協調の評価を開始します」


 その一角で、一人の子どもが涙をこらえていた。うまく組み立てられなかったのだろう。手が震え、目元が赤い。だが、教官は慰めることなく、機械的にタブレットを示すだけだった。


 「感情は分類・制御可能です。不必要な感情の表出は、評価を下げます」


 子どもは唇を噛み、涙を飲み込む。すぐに静寂が戻った。


 アリスは足を止めない。これは日常の一部だ。ノクティスでは、感情は“使う”ものであって、“振り回される”ものではない。


 けれどふと、ある映像が脳裏に浮かんだ。訓練用シミュレーターで見た、屋根のない空。太陽の下で笑う人々の姿。作り物の記録だと分かっているのに、なぜかそれは、胸の奥で微かに熱を灯した。


 その熱が何なのか、彼女はまだ知らない。

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