ep21.好きな人
「次に気がついたら、自分の部屋にいた。多分、錯乱して暴れて鎮静剤を打たれたんだと思う」
穂多美は絶句していた。
鎖衣の口調は淡々としていたが、あまりにも重い話だった。
シアンを見ると、ひどく神妙な顔をしている。
目が合うと、穂多美に向かって手を伸ばした。
その手を取ると、シアンは少し自分の方へ穂多美を引っ張って、言った。
「ほた、好きだよ」
穂多美はぽかんと口を開けた。
「え?」
「ほたが好きだよ」
シアンは真剣な顔でもう一度言った。
「いや、聞こえたけど……なんで、今??」
「言えるときに言っておかないとダメだと思って」
それはなんとなくわかるが、激重話の直後に目の前でイチャつかれるのは、どういう気持ちなのだろう?
穂多美はこっそりと鎖衣を見た。
意外にも、鎖衣は優しい顔をしている。
穂多美はシアンに視線を戻した。
「昨日会ったばかりなんだけど」
「関係ないよ。一目惚れだもん」
「えぇ……?」
穂多美は顔が熱くなるのを感じた。
「困らないで。何かして欲しい訳じゃないから」
シアンは手を離した。
「伝わらないまま消えるのが嫌だっただけ」
「消えるなんて……」
穂多美は首を振った。
「ダメだよ、そんなこと言っちゃ」
「うん。消えたくない」
シアンは穂多美に微笑んで、鎖衣の方へ首を巡らせた。
「マゼンタお姉ちゃんの赤ちゃんは、どうなったの?」
「凍結して、福成教授が保管している」
「福成教授が?」
福成は、研究所を追われたのではなかったか。なのに、そんな重要なサンプルを、個人で?
「もしかして、研究所から無断で」
「いや」
鎖衣は目を伏せた。
「俺が、どうしても受け入れられなくて」
やっと心臓が動いた程度の、自分と愛した人の子。
「研究材料として扱うことも、マゼンタの思いを無視することもできなかった。だから、教授に託した」
「福成教授は研究所を追放された訳じゃないんですか?」
聞いた話では、不祥事を起こして辞め、消息不明だったはずだ。
「いや……実はまだ、名前だけは在籍している。長期出張のような扱いなんだ」
穂多美は驚いた。
「行方がわからないんじゃなかったんですか?」
「居場所は、わかる」
「じゃあ、どうして消息不明だなんて」
「絶対に頼りたくなかったんだ」
鎖衣は唇を噛んだ。
「どうにか、クローンの胎児とは無関係の方法を確立したかった」
「その方法は、見つかったんですか?」
「……ああ。俺は苦戦していたが、節奈さんの研究データがそれだった」
研究データ……穂多美が持ち込んだ、あの資料のことか。
「あれなら、胎児サンプルを使わずにエラー修復細胞を作ることが可能だと思う」
「それって、すぐにできるものなの?」
シアンの指摘で、鎖衣の言葉が詰まった。
「胎児の細胞を使えば、大幅な時間短縮になることは確かだ」
鎖衣は頭を抱えた。
「だが、マゼンタが教授に
「え?」
シアンは驚いて声を上げた。
「マゼンタお姉ちゃんは、鎖衣が好きだったでしょ?」
鎖衣は真顔になり、シアンに視線を返した。
「……何を根拠に」
「根拠っていうか……なんでだっけ。自然にそう思ってたっていうか」
シアンは思い返すように瞳を巡らせた。
「お姉ちゃん、鎖衣が来ると落ち着きがなくなっていっぱい喋るし、いなくなったら反省会してるし、僕よっぽど好きなんだろうなって……」
「そんな訳がないだろう。マゼンタは昔から教授に執心していた。俺とは目も合わなかったし」
それは、ドキドキして目を合わせられなかったとか、そういうのでは?
……と、穂多美は思ったが言えなかった。
部外者が憶測で故人の気持ちを代弁するべきではない。
「ともかく、今は俺が福成教授に意地を張っている場合ではないな」
鎖衣は気持ちを切り替えるように息をつき、シアンの頭を撫でた。
「俺はシアンを生かしたい。マゼンタもそれを望んでいた」
鎖衣は立ち上がった。
「福成教授に会いに行く」
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