ep19.side鎖衣:変調
それからしばらくして、マゼンタが体調を崩した。
「マゼンタ、今日も起き上がれないのか」
「来ないで」
鎖衣が部屋を覗くと、マゼンタは布団を被って拒絶した。
「教授を呼んで」
「今、教授は手が離せないんだ」
「教授がいいの」
鎖衣はため息をついた。ここのところ、ずっとこの調子だ。
「どうして俺はダメなんだ?」
「手つきがエロいから嫌」
「は?」
鎖衣はじっと自分の手を見た。思い当たることはないが、どの辺がどうエロかったのだろう。
「タオル越しにしか触らないようにするから」
「真に受けないでよ。いいから、教授を呼んで!」
マゼンタは空のペットボトルを投げつけた。
***
「マゼンタの具合はどうですか」
鎖衣の問いに、福成は言葉を濁した。
「まあ……良くはないな」
「具体的には?」
「熱と不正出血がある」
「不正出血……」
婦人科系か。
確かに、鎖衣に見せるのは気まずいだろう。年齢的に落ち着いていて経験豊富な福成の方が相談しやすい。
「節奈さんがいれば、心強かったのに」
「そうだな……」
福成は少し憔悴して見えた。
「彼女を探して呼び戻すべきなのかもしれない」
「シアンも未だに恋しがっていますね」
節奈はクローンを我が子として愛する気持ちと研究材料として見る科学者の視点との狭間で苦しんだと聞いている。
その上、福成の妻の典江にひどく恨まれていた。
当時、典江は不妊治療をしていたが、子を授かることができずにいた。
一方、節奈はクローン研究の母体としてマゼンタとシアンを産み、ある意味福成に子を与えている。
節奈に対して、心穏やかであれるはずがなかった。
鎖衣を引き取って世話をしても、母になれない空洞は埋まらない。夫婦仲はギクシャクし、典江はその苛立ちを節奈にぶつけた。
節奈が研究所を去った後、典江は節奈に成り代わろうと、研究所に引っ越してマゼンタとシアンの世話をした。
しかし、マゼンタは節奈に似た顔で福成にべったりと懐き、典江を恋敵のように扱う。そんな状態で、関係がうまくいくはずがなかった。
一年ほどゴタゴタした後、典江は離婚して福成の元を去った。
その時に節奈を呼び戻せたら良かったのかもしれないが、節奈の消息を知るものがいなかった。
「少し、本格的に節奈さんを探してみます」
「そうしてもらえるか」
そんな会話をした、数日後の事だった。
マゼンタの容体が急変した。
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