ep10.乙女の限界
翌朝。
目を覚ますと、横たわったままのシアンが優しい眼差しで穂多美を見ていた。
穂多美は自分の口元から流れているよだれに気づいて赤面した。
壁の時計を確認すると、6時半を回ったところだ。
昨夜は帰宅早々の就寝だったので、随分とよく寝たらしい。
「シアンはいつから起きてたの?」
「わからない。もう明るかったから、そんなに前じゃないと思う」
シアンは気分が良さそうに見え、穂多美は安堵した。
「よく眠れた?」
「うん」
シアンの表情は余韻を楽しむようにふわふわとしている。あまりにじっとこちらを見ているので、耐えきれず目を反らした。
「シャワー浴びてくるね」
やましいことはないはずなのに、妙に気恥ずかしい。
熱いお湯で汗を流し、替えの服を身につけながら穂多美ははたと困った。
シアンもシャワーを浴びさせた方がいい、それはそうだ。しかし着替えが何もない。
服はともかく、下着は替えさせてやるべきなのでは?
『今夜のパンツ買う』と言ってコンビニに消えた時夫を思い出す。
コンビニに行けば売っているはずだ。
…………買いに行くか? 男物のパンツを。
「…………」
シアンを行かせるわけにはいかないだろう。
じゃあ、穂多美が?
流したばかりの汗が吹き出してきた。
「大丈夫、将来結婚とかしたら、女が家族のパンツを買うなんて普通……」
しかし現時点の穂多美は、男物のパンツになどなじみのない女子高生だ。
「無理!!」
穂多美はスマホに手を伸ばした。
***
「そりゃ、遠慮するなとは言ったけどさ」
時夫はテーブルに肘をついて苦笑した。
「パンツ買うために呼ばれるとは思わなかったよ」
「ごめんなさい……」
穂多美はしおしおとなりながらキッチンからお盆を運んだ。
「お約束の、朝ごはんです」
「おっ、中華粥か! いいね」
あれから時夫にSOSの電話をし、朝ごはんを食べさせることと引き換えにパンツを買ってきてもらった。
早朝に叩き起こされていい迷惑のはずだが、時夫は大爆笑しながら引き受けてくれた。
おかげでシアンはシャツまで替えてさっぱりしている。
「おいしい!」
中華粥を口に運んだシアンは目を輝かせた。
米を鶏と煮込み、生姜と酒と塩とごま油で味を整え、ネギとザーサイを添えてある。
「うん、うまいな。パンツ様様だ!」
時夫は言うことが余計だ。
「鶏の中華粥。消化にいいし栄養があるって、節奈おばちゃんに教えてもらったんだよ」
「お母さんの味?」
シアンの表情が幸せそうにほころんだ。
「……で、どういう事情?」
さすがの時夫も見逃すわけにはいかなかったらしい。
「なんでシアンの母親のマンションにシアンのパンツがなくて、シアンは母親の味を知らないの?」
「う……ごめんなさい」
穂多美はさらにしおしおとする。
「別に嘘ついたから責めてるわけじゃないよ。用心してフェイクを入れてたんだろ? むしろ賢いよ」
時夫はどこまでもポジティブだ。
「で、本当は?」
「逆なんです。シアンはもともと鎖衣さんのところにいて、お母さんを探してたんです。それが、入院中の私の伯母です」
穂多美の告白を聞いて、時夫は目を見張った。
「ということは、これから感動の再会イベントじゃん!」
「まあ……そうなりますね」
穂多美がうなずくと同時に、時夫はピシッと片手を上げた。
「ハイ! 俺、病院までの足になります!」
目を細めて、ニヤリと笑う。
「ここまで関わったんだ、もう部外者とは言わせないぞ。鎖衣の居場所も知ってるんだよな?」
穂多美は観念してうなずいた。
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