第6話 ある殺人事件③

 稲村健一いなむらけんいち・・・・・・・・・・・・F学園学長

 木藤美津代きとうみつよ・・・・・・・・・・・・F学園副学長

 加納優かのうすぐる・・・・・・・・・・・・2年A組担任・国語

 千葉ちばまゆみ・・・・・・・・・・・・2年B組担任・家庭科

 志井宏子しいひろこ・・・・・・・・・・・・2年C組担任・数学

 榎本良枝えのもとよしえ・・・・・・・・・・・・3年A組担任・理科

 駒田誠一郎こまだせいいちろう・・・・・・・・・・・・2年次学年主任

 山本陶冶やまもととうや・・・・・・・・・・・・3年B組担任・体育

 石ノいしのもり凪沙なぎさ・・・・・・・・・・・・K大学文学部・日本史学科・教育実習生

 慧村真司さとむらしんじ・・・・・・・・・・・・〃・カフェバイト


 2年A組の特徴的な生徒

 坂井さかい・・・・・・・・・・・・僕の友人

 小澤おざわ・・・・・・・・・・・・女子生徒、活発で美人

 御厨みくりや・・・・・・・・・・・女子生徒、読書好き

 風戸かざと・・・・・・・・・・・・女子生徒、生徒会

 中川なかがわ・・・・・・・・・・・・失踪、いじめのリーダー格

 佐藤さとう・・・・・・・・・・・・失踪、おどけるのが好き

 馬場ばば・・・・・・・・・・・・失踪、中川の舎弟的存在

 秋葉あきば・・・・・・・・・・・・失踪、成績トップ10

 須田すだ・・・・・・・・・・・・失踪、野球部四番エース

 宮野みやの・・・・・・・・・・・・佐藤と仲がいい

 小峰こみね・・・・・・・・・・・・中川と幼馴染

 篠崎しのざき・・・・・・・・・・・・1人目のいじめのターゲット、不登校

 大城おおしろ・・・・・・・・・・・・2人目のいじめのターゲット

 僕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語の主人公


                   7


 F学園の正門をくぐるまでに、多大なエネルギーが消費されたことは言うまでもない。坂井の座っている松の木の下までとぼとぼ歩き、たまに辺りを見渡した。他に人影は無く、なんだか物々しい雰囲気を醸し出していた。でも別にそれは普段から感じている事でもあり、今日が特別である確証はないように思えた。


 坂井は待ちくたびれたと言わんばかりの顔で「やあ」と言って僕を出迎えた。

「実はさ、俺部室に靴忘れちゃって、取りに来たんだよ。そしたら長田さんが居てね、あの子は一緒じゃないのかいって言ってたから、呼び出した訳さ!」

「そうなんだ。別にいいけど、ここに来るまでに三キロくらい痩せたと思うよ。あんまり暑いから。どう?」

「変わらない」

「あっそう」

「それより、はやく行こう」

 僕はつまらなそうな顔をして坂井を少し睨んだ。「うん」


 昨日入った不気味な部屋に再び戻ると、長田がもっと不気味な笑顔で僕と坂井を迎え入れた。

「どうも」それだけ言うと、長田は向かいのソファに掌を向けて促した。

「すいませんね……、わざわざ」

「いいえ、大丈夫ですよ」お世辞が上手くなったなと僕は実感した。

「それでですね、いくつか訊きたいことがあったんですよ」

「なんでしょう?」

「昨日の朝、何か話をしていませんか?」

「話はしました。でも、夏休みに何をするかとか、何のゲームが好きかとか、そんなどうでもいい会話です」

「不自然な点はありませんでしたか?いつもと違う様子だったとか、怯えていたとかそういうものです。別に昨日に限ったことではなくてもいいのですが」

 僕は思考した。「なにもないように思います。そもそも、弱気な男だったと思いますし」

「そうですか……」長田はこめかみの所をぼりぼりと掻いて悩んだ顔をした。

「どうしてそんなことを?」坂井が割って入った。

「小峰さんのことを知っている人があまりにも少ないんですよ。特別特徴のある生徒でもなかったそうですし、噂も何もありません」

 僕はどうしてか、五人の消えた生徒と関係していると考えた。それを質問すると、意外な返事が返ってきた。

「別に、生徒に隠している理由にそこまでの大きな原因があるとは思えません。ただ、噂が広まってしまうと名誉の問題にもなりましょうし、あまり良くはないですね」

「教えていただくことは出来ませんか」

「それは出来ません」

「でも、小峰と宮野は、中川率いるグループには密接な関係がありました。したがって、その事情を知れば僕や坂井も何か思い出すかもしれません。それは長田さんにとっても有益なことなのでは?」

「ええ、おっしゃる通りです。しかし、それはどうして殺害されたのか、という命題にのみ関連します。私たちは防犯カメラやアリバイから犯人を割り出すんですよ。だから君たちには質問こそしても、答えることは出来ませんよ」


 僕はそこで納得した旨の返事をする。

 「ですがね、今のところ、小峰さんを恨んでいた人物は見つかっていませんね。それに、トラブルも特にありません」

「他の生徒は何か言っていましたか?」

「手掛かりとなりそうなものはありませんね」

「でも、学校で殺害したというのは必ず理由がありますよね?そもそも、終業式の時間に体育館に呼び出して殺害するなんて、あのの小峰がするとは思えません」

「そうですか」

 僕はうんうんと首を縦に振った。

「君たちには申し訳ないから、せめてこれだけは教えておこう」

 僕と坂井は身を乗り出した。

「殺害に使用されたナイフは、だよ」



                    8『長田の章』


 捜査については、あまり芳しい事実を発見することは出来なかった。

 事件で使用された調理実習用のペティナイフについては、四日前の備品確認の時点では確認されている。したがって、事件発生の三日前には持ち出されているという事になるが、これには大きな問題が残った。すなわち、事件の二日前に、調理実習が三度も行われていた。その際に教師であり、二年B組の千葉という女性が確認をしているのだが、ナイフが無くなっていたという事実は確認できなかった。それに、二度目の調理実習、二年C組の授業の際に一人の生徒がやけどをしており、近くで授業をしていた志井と榎本えのもとという教師が家庭科室に入っている。防犯カメラを確認したが、やけどをした小池こいけという女子生徒に他の生徒が野次馬のように集まり、教室後方の備品保管庫に近づいた人物が誰なのか判別できなかった。したがって、二年C組、千葉、志井、榎本の計四十三名が凶器を用意できたという事実に留まった。


 また、事件発生時のアリバイについても、同様に行き詰っている。まず、終業式という事で多くの教師と生徒が校庭に集まっていた。死亡推定時刻は、終業式の前後一時間とみられており、その時刻に体育館に近づいたのは、工事関係者、校長の稲村いなむら、坂井ら計十六名という事になる。しかし、そのうち坂井ら二名以外に体育倉庫に近づいた人物は居ないと証言しており、防犯カメラが設置されていないため、判別できなかった。確認できた防犯カメラは、来客用のロビーに取り付けられたカメラと、プールと体育館を繋ぐ廊下に取り付けられたカメラのみで、それ以外に体育館へのアクセスルートを録画したカメラはなかった。教師のほぼ全員が校庭に集結し、生徒の全員が校庭に居た。したがって、犯行が可能な人物もまた今のところ存在しないという結論に至った。これについても、手詰まりな状況である。


 現場の状況についても特筆しておこう。

 体育倉庫は、外側から施錠されており、機材室に保管されていた鍵は、小峰の左ポケットに収まっていた。もう一つの鍵については職員室に二週間前から保管されており、事件当日に持ち出した人物は疎か、事件から一週間前に遡らなければ、その鍵に手をふれた人物は居ないという結論に至った。捜査員が手あたり次第、合いカギを作ったのではないかという根拠のもと、付近の鍵屋に確認を行っている。


 鍵の解錠については、旧式の鍵穴という事で、一応、知識のある者であれば施錠は可能だと言った。鍵穴を検査したところ、針金や、何か形状の違う金属類を差し込んだ形跡はなく、不自然な成分が付着しているという事もなかった。体育館の鍵が最後に見られたのは、二週間前の全校集会であり、この時は坂井と矢田やだという生徒が鍵を見ている。しかし、曖昧な内容であったために、私はあまり信じなかった。


 以上が、事件についての重要な証拠と事実である。

 現段階で分かっている事実を以てしても、有力な人物は居ないと推察された。そこで、元二年B組の生徒である中川、馬場、秋葉、須田、佐藤の五名の生徒が退学となった事案に着目したのである。退学となった確定日は二週間と4日前であり、他の学校に転校させられたか、退学のままになっている。退学になったあと、宮野という生徒が五人の行方を調べたと供述したが、いずれも発見には至らなかった。佐藤に事情を訊いた捜査員の供述によると、川口啓貴という人物が事件の真相を知っているというメールを三日前に送信しており、今週、自由が丘にあるカフェで会う約束をしたらしい。自由が丘は、佐藤が住む蒲田からすぐ近くだ。当日は、店内に捜査員を配置して、人物の特定を予定している。


 長田はF学園を後にすると、所轄に戻り、上司に報告を行った。所轄にしても、連携の捜査員にしても、やはり森林公園で起きた事件が関係しているのでは……、という結論が出た。

 明日になれば、退学になった五名のもとに、多くの捜査員が押し掛けるだろう。長田は少しだけ憂鬱な気持ちになった。


                   9

 

 まず、ガットのテンションを念入りに検査した。二本のラケットを手に持ち、フレームを用いて強度の感覚を掴む。

 左手に持っているネクシーガの80sが気に入ったので、それを右手に持ち替えてもう一つのレーザーラッシュ7sをラケットバックに仕舞った。


 コートのベースラインに立つと、隣に立つ、ペアの真野まのに目配せをした。朝の一〇時、まだ眠い。僕は目を擦ってから、相手コートに立つ身長の高い二人を一瞥した。恐怖を感じているようにも思うが、それは考えないことにした。


 練習試合が始まるのは一〇時なので、僕とM高校ソフトテニス部の二番手との試合が最初という事になる。無論、M高校の校庭には(電車で一時間もかかったので、疲れているのかもしれない)四面のソフトテニスコートが貼られているため、コートには十六名の生徒が立っている。僕は一番奥のコートに居た。試合開始とメガホンで太ったM高校の顧問が言うと、僕と真野はコートの中央に歩き、トスを始めた。


 試合の開始は、後衛である僕のサーブから始まることになった。生憎、逆光なので、視界はあまり良くない。審判からボールを二つ受け取ると、地面に六回ほど打ち付けた。久しぶりの感覚がした。後ろでは、坂井が僕を応援している。隣には小澤も居た。

 相手の左側のサービスコートを注視した。

 相手が「来い!」と大声で言う。

 応援が聞こえた。

 僕の応援か……、

 相手の応援か……、

 分からない。

 ボールをもう一度だけ、

 地面に打った。

 クレイコートなので、

 あまり跳ねない。

 ボールを高く上に上げた。

 右手を後ろに引く。

 サーブの姿勢だ。

 両手を広げて、

 左足に重心を置いた。

 四秒。

 ボールの滞空時間だ。

 手首をスナップさせて、

 そのまま、

 思い切り前傾に叩き込んだ。

 サーブはサービスコートに。

 レシーブ。

 真野がコート左端に走る。

 僕は体を捻り、

 ストレートにフォアで叩いた。

 後衛の男が返す。

 ロブだ。

 放物線は……、

 真野の上を通りすぎた。

 僕はベースラインより後ろに下がる。

 たっぷり時間をかけてフォームを作った。

 すぅっと……、

 息を吸う。

 クロスに打つ。

 相手はレフトコートからストレートに打った。

 走る。

 真野は中心に居る。

 ライトコートにボールを送った。

 相手はまたストレートに打った。

 真野のガットで弾いた。

 ボールはサービスコートに落ちる。

 前衛の男が取る。

 僕は前に居た。

 サーブのフォームを作る。

 そのまま……、

 スマッシュを打った。

 ボールはコートの外に……、

 最初の一点だった。


 最初のゲームは僕と真野が取った。

 二ゲーム目でコートを移動するのだが、

 その前にベンチで水分補給をした。

「あんまり取れなかったわ」真野が僕に言う。

「いいよ。それより、サーブの後前出ないで。多分あの前衛はラリー弱いと思うから」

「前はどうすんだよ」

「いや、それは走ればいい。ショットもなかった」

「そうか」

「うん。よろしく」

 僕は反対コートのベースラインに立つと、レシーブの用意をした。

 向かいには同じ部活の仲間が試合をぼーっと見つめている。

 その奥に一人の女性が居た。

 見たことはない。白のテニスウェアに、トラックパンツを履いている。

 背が低く、肌が異様に白かった。

 僕は試合に集中しようと首を振った。

 しかし、どうしてか……、

 その顔を忘れることが出来なかった。

 事実、その人物が、これから活躍することを知っていたかのように……。



 続く→→→

 

 


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