第2話 彼の発信
石ノ
2年A組の特徴的な生徒
僕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語の主人公
1
小峰の所に行くと、僕は難しそうな顔をして首を横に振った。
「つまり、誰も住んでいなかったって事だね?」小峰は簡単そうに言った。
「そうだね。もう、もぬけの殻。何にもないよ」僕は坂井の言葉を借りて言ってみせた。
「これは、どういう事情が考えられる?だって、連絡先が消えるのは本人の都合だから、まだ分かるでしょう?五人とも、というのは納得しずらいけど……。ただ、引っ越すという事は、親をも巻き込んでいるという事だ。そんななら、何かしら情報が回ってくるはずだろう」
「うん。どうしても僕たちに言えない事情があるって事だろうね。でも確かに、情報が回ってこないという事は変だ」
「可能性を考えてみよう」小峰は言う。
「犯罪をしたとか」僕はありきたりな意見を言った。
「そうだな。俺もそう思う。絶対に学校に言えない事情があって、それを隠すために引っ越した。先生たちも、それを隠しているという事」
「何をしたと思う?」僕は言う。
「殺人じゃあ、捕まるもんね」
「いや、確か、保護観察処分なんかで終わりだよ。そう長くはないから、すぐに出てこれると思う。でも、ニュースにもならないのはおかしいね」
小峰は悩んだ。「じゃあ、物を盗んだとか?」
「そんなので引っ越したら、おかしいよ。ありえない」
「じゃあなんだよう」
ドアがガラガラと開くと、坂井と宮野が教室に入ってきた。二人は小峰の机まで歩いてくると、「ダメだった」と坂井が言ってみせた。
「なにが?」僕は訊く。
「学年主任の
「ああ、そうか。ダメだったか」
「つまり、先生は全員教えてくれないってことだね。どうする?もう、あきらめるしかないかなあ」小峰が言った。
すると、宮野はスマートフォンを取り出して三人に画面を見せた。
「実は、佐藤のサブ垢が見つかったかもしれない。いや、フォロー申請はしたんだけど、フォロワーが居ないし、申請も通らなかったよ」宮野はそう言った。彼は元々中川のグループに所属していた人物である。しかし今は一人だ。
「えっ」僕は画面を注視した。画面には、黒いアイコンのアカウントが表示されていて、何も特徴はない。自己紹介もされておらず、名前には「さ」の一文字しかなかった。しかし、特徴的なのは投稿にある。投稿は過去二週間のうちに三つだけ投稿されていて、どれも「いいね」は付いていなかった。内容はあまり日常的とは言えず、特定少数に対する憎悪を表しているように見える。そのうち、昨日投稿された内容はこうだ。
『絶対に殺してやる』
続けてもう二つは、一週間前に投稿されていた。
『人生を壊された』
『親にも見放された。もう終わりだ』
スクロールしてみても、もうそれ以上何もなかった。三つの投稿を四回づつ見ると、宮野を一瞥して発言を待った。
「これは佐藤のアカウントだと思う。四文字の数字があるだろう?これは、佐藤の誕生日だ。だから間違いない」宮野は言う。
「殺してやるってなんだ?」坂井が質問した。
「多分だけど、二週間前に五人の間で何かがあったんだ。仲違いかもしれない。ひょんなことから学校に戻れないような事情を作ってしまった。でも、佐藤はおそらく被害者側だろうな……。この日、グループチャットで遠出しようと、話してたんだ。でも、俺は当日風邪を引いていけなかった。だから、翌日にどこへ行ったのか訊こうと思ったんだ。でも翌日、グループはすっかり解散されていたんだ。みんなに訊こうとした。でも、誰の連絡先もなかった。俺はいじめられたと思ったんだよ。でも、何日待っても学校に来ないじゃないか。どうだ。何か分かるか?」宮野は困ったような顔で言う。
「もしかしたら、五人が遠くに行った時、その場所で何かあったんじゃないかな。例えば、五人の誰かが人を死なせてしまった。その人物は全員でやったと罪をなすりつけようとしたんだ。でも失敗した。そして学校を辞めるほどのことがあり……、五人とも退学……、そんなところ」
「うん。それならあり得るかも」宮野が納得したように言った。「それなら高校生の事件はニュースになりにくいし、沈黙を貫いたまま学校を辞める事情に至ったんだ」
「でも学校を辞めるほどのことか?」坂井が訊いた。
「何でもあり得るよ。そんな事情なんて」僕はおどけて言ってみせた。
2
進展と言える出来事があったのは、それから二日だった。大城が僕たちの所にやってきて、五人の最後なら分かるかもしれないと言ったのだ。ここでは話せないと言うので、僕と坂井はすぐに大城の家に出向き、事情を訊いた。母親が麦茶を三つ持って大城の部屋に入ってきたが、大城は「今いいから」と思春期特有の突っぱね方をした。
「それで、何を知っているんだ?」坂井は沈黙を破って質問した。
「ああ、実はな、あいつら、シンナーをやってたかもしれないんだ」
「シンナ?」僕は質問した。
「そうだ。トルエン中毒っていうらしいんだけど……、中毒症状があるんだって。中川の父親って塗装屋だろ?だから、手に入れるのは容易だろうなあ……。それに、秋葉の兄貴は二十四歳らしいから、煙草も手に入れられたらしいんだ。つまり、薬物の中毒が、何らかの原因のひとつになっているのではないかと」大城は麦茶を飲んだ。
「うん。でもそれで五人とも高校から居なくなったりするか?まあ、百歩譲って退学はいいだろう。でも、引っ越す理由にはならないと思う」坂井が意見を言った。
「僕もそう思うよ」
大城はにやりとした。「じゃあ、これはどうだ?二週間前の、すなわち五人が居なくなる二日前に、森林公園でボヤ騒ぎがあったんだ」
「え?」僕は声のトーンを二つくらい上げて訊いた。
「森林公園のテニスコート近くで、火災があったらしいんだ。だから、それにあの五人が関係しているんじゃないかと。未成年の禁止行為と火災じゃあ、訳が違うだろう?俺はそれが原因だと思うんだよなあ。あいつらならやりかねない」
「じゃあ、そのボヤ騒ぎが原因だとして、どうして辞める必要があるの?いや、どうして事情を隠すんだろう?」僕は疑問に思っている事をそのまま訊いた。
「けが人が出たとか」坂井が言う。
「いいや、死人の可能性もある」大城が嬉しそうに言う。「あいつらは人じゃない!あんなの早く転落人生を歩めばいいんだよ」
「その言い方はどうかと思うけど……、まあ言わんとしてることは分かる」僕は大城を擁護した。
「その公園に行ってみよう」坂井が言う。
「そうだね……」
「ああ、あいつらをもっと地獄に堕としてやるんだ……!」大城の笑顔は僕の目に不気味に映った。
3
森林公園はそれほど大きくない。ただテニスコートがあるだけで、それ以外には使い道のない遊具や汚いトイレが置いてあるだけだった。強いて言うなら、森(雑木林かもしれないが)に隣接しているので、とても広いように見えた。歩ける場所はほとんど無いため、実質近くのスーパーよりも狭いように見えた。公式サイトにはテニスコートのある公園と謳い文句を掲げているが、僕にはテニスコートしかない公園という表現が正しいのではないかと思っている。
テニスコートの近くまで歩くと、黄色いテープが張ってある区画が見えた。テニスコートの審判台に隣接した植木が所々焦げていて、その黒い焦げ跡が風で飛んでコンクリートに落ちている。近くに人は居なかった。
「ここだけど」大城は指を指して言った。「焦げてるところが、あいつらの仕業じゃないかと思うんだ」
「これじゃあ、人は死なないね」僕は言った。「火遊び注意の看板があるだけだし、こんな小規模なボヤじゃあ、人は死なないよ」
「俺もそう思う」坂井が言った。
「じゃあ、関係ないのか?」大城はがっかりしような顔で言う。
「いや」僕は否定した。「関係はあると思う。でも、ボヤ騒ぎの実行犯が中川たちであるという証拠はないし、これが起因して高校から消えた自由にしては弱すぎるよ」
「じゃあ、何かを壊してしまったとか」坂井が言う。
「何を壊すの?」
「努力」坂井がにやけて言った。
「他には」僕は言う。
「うーん」
「こういうのはどう?」僕は指を一本あげて、そのあと手を組んだ。坂井が「古畑任三郎か」と突っ込みを入れてきたので、「えー、では」と少しおどけて言った。
「ここでの火事を誰かに見られてしまった。その人物をAとすると、Aは中川たちに火事を内緒にする代わりに、高校から消えることを条件とした。中川たちは学校を辞めることを決心したにも関わらず、学校に知られてしまった。これなら、五人が連絡を取れない理由も、佐藤の投稿の意味にも説明が付く」
「おー、なるほど……。それっぽい」大城が言ってみせた。
「多分、強い力に抑圧されたんじゃないかなあ」言った後で、僕はそれが正しいとは思えなかった。第一、親は大人なのだ。そんな全員に対して影響力がある人物が居るとは思えない。もっと何らかの事情があると考えるのが自然だろう。しかし、焦げている木を見つめても、何も思いつかなかった。
4
「どうして公園に居たの?」小澤は言う。下はスカートのままだが、ワイシャツの裾を出して、第二ボタンまで開けてネックレスをしている。セクシーだと思ったが、言わないことにした。紙を束ねていて、いつもと雰囲気が違うように見えた。
「中川たちの真相が知りたくてね」坂井が小澤に言った。
「そうなの。でも、先生たちは誰も教えてくれないもんね……。分かるのかな」
「うーん。微妙だね。小澤は何か知らない?」
「分からないけど……、相当やばいんじゃないの?捕まったんじゃないかとか、
「御厨が?捕まったって、未成年だぞ」坂井が言った。
「そんな難しいこと、知らないもん」小澤は口を膨らませて呟いた。
「何か他に知らないかな」僕はそっと質問をする。
「そうね……、あ。須田くんとコンビニで会った時に、子供用の知育玩具を買っていたわ」
「知育玩具って?」坂井が言う。
僕は坂井に向き直ると、「ほら、自分で作って食べるお菓子とかあるでしょう?頭を使って作ることで、子供の発達に役立てるのさ」
「ああ、なるほどね。でもそんなの、自分の兄弟に買っただけだろう」
「いいや、須田くんは一人っ子よ」
「じゃあ、従妹とか?」坂井が言う。
「今月のおこずかい二千円なのに……、って言ってたわよ。普通、従妹が来るなら親がお使いを頼むはずでしょう?自分のお金ってのも、変よ」
「まあ確かにね。つまり、親に内緒で買ってたってことか」僕は納得する。「須田は、確かアルバイトはしてないもんな」
「そもそもうちはアルバイト禁止よ」小澤が残念そうな顔で言ってみせた。
「須田は確か、何が面白いのか分からないカードゲームのパックを、二日に一度は買っているね。あれはなんなんだい?まあいいや。そんなに大切なカードゲームにかけるお金を惜しんでまで、参百円も四百円も使って知育玩具を買っているという事か」僕は坂井に意見を求めた。
「突飛かもしれないけど……、誰かに子供が居たんじゃない?」坂井が応答する。
「いやいや、だとしたら、最低でも二歳くらいじゃないと知育玩具なんて楽しめやしないよ。中学生で子供なんて作ったら、それこそ高校なんて行けないじゃないか」
「そうかあ、小澤、何か知ってる?」と、坂井。
「レディに凄いこと訊くのね。うーん。子供が居たって話は聞いたこと無いし、少なくともうちの学校には居ないんじゃないかしら」
「そうだよね」
沈黙。
「じゃああれだ。誰かの兄弟に子供が居て、その子に買ったんだよ」坂井は別の案を提示した。
「それもあり得ないことはないけど……、それじゃあ五人の失踪とボヤ騒ぎの議論から逸れてるよ」
すると、大城は面白そうな顔をして「誘拐とか」と言った。
「それは本当に犯罪じゃないか!そんなのダメだよ」坂井が激しく言う。
「これまでの議論で一番可能性が高いね」僕は大城に言う。
「ええ……」
「だってそうだろう?まあ、それだけで五人とも学校から消えるなんてありえないけど」
「だよね」
「まあ、もうここでは他に何も得られなそうだね。そろそろ夜だし、帰ろうか」僕は時計を見た。十八時だった。
「私、これから塾なの」小澤は反対方向を指さした。
「今から?」坂井が訊く。
「そう」
「頑張ってね」
「何か分かったら教えて」
「うん」小澤が反対方向に歩くと、僕と坂井、大城は来た道を戻った。
5
「ところでその、お前はいじめられてたんだよな」坂井は大城に遠慮して訊いた。
「そうだよ。ずっと恨んでる。あいつらは俺の人格を否定したんだ!俺は別に何もしてない。ただ中川のやり方が気に入らなかった。
俺は殴ってやれって言ったんだ。そしたら、可哀そうだよなんて言うんだぜ?優しい人はいじめられ、人として終わってる奴らはさもクラスの主人公面をして、悪びれる様子もなく平然と過ごしていた。そんな日が三ヶ月も続いたあるとき、篠崎が俺の家に来たよ。もう耐えられないって。あいつは多分、死のうとしたんだ。手にはカッターナイフで切ったような跡があった。だから、俺はお母さんに怒られたけど、あいつと夜行バスで神戸まで行った。ホテルはどうしようもないから、ラブ補にこっそり止まって、観光したよ。もしかしたら元気になってくれるかもしれないって……、もしかしたら、違う学校に行って、元気に高校生活を楽しんでくれるかもしれないって……。でも、あいつは不登校になった。もう一ヶ月になるかな。とにかく来なくなった。毎日玄関まで行って、一緒に行かないかって声は掛けたけど、ダメだった。つまらないと思い始めた中川たちは、今度は篠崎と仲がいい俺をいじめ始めたよ。
でもいいんだ。俺は篠崎の為なら我慢できる。そう思ってた。そんな矢先に、中川たちが学校から消えたんだ。俺は絶対に真相が知りたい。そう思うね」
大城は言い終わると、近くにあった自動販売機でコカ・コーラの缶を買ってそれを飲んだ。
「大城。失礼なことを訊くから、嫌なら言わなくていい」僕は前置きをした。
「分かるよ。篠崎が五人に危害を加えたんじゃないかって場合だろ?」
「そうだね。そしたら、高校に来なくなった理由は篠崎が住んでいる場所から遠ざける目的があったのかもしれない。それなら、引っ越している事にも説明が付くからね……。君には酷なことだけど」
「いや、実は俺もそれを考えてたよ。でも、どうしても信じたくない」
「そうだね」
僕たちは、暮れゆく空を見つめた。空に浮かぶ紺とオレンジの境界線は、どこまでも続いている。星は、僕たちの後方の空で申し訳程度に光っていた。風はなく、モワッとした季候だ。六月にしては少し暑いように思う。僕は夕暮れが好きだった。この、どちらとも取れない空には、まだ昼で居たいという気持ちや、早く夜が訪れてくれという気持ちの両面があるように思えるし、哀愁感じさせるオレンジ色が、僕の不思議を探求する心に火を灯したかのように灯っていた。
続く→→→
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