いつわり(IT WAS A LIE)
りょうすけ@九十九海のさざめき
第1話 消えた5人と僕について
石ノ
2年A組の特徴的な生徒
僕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物語の主人公
1
その出来事は、ある平穏な七月の半ばに起こった。
これといって話題性もなければ、特異性のある内容とも思えなかった。それはまるで貰いものでしか食べない百貨店のチョコレートが、自宅で三つほどどうしてか消えてしまったみたいな話題性だし、消えたチョコレートがどんな形で、どんな味だったのかを分からないような特異性に近しかった。僕はその話を聞いたときに、「へえ」というどうとも取れない返事ではぐらかした。何か質問をしようとも思えなかった。でも僕は質問をした。「どうしてなの?」と訊いたのである。確かに
「でもさ、おかしいだろ?だって、忽然と五人が消えただけじゃなくて、それを教師もひた隠しにしてるんだぜ?それじゃあ、何か裏がありますって言ってるようなもんだろ?こりゃ匂うな!絶対に裏がある」
坂井は元気よく言った。
「そうなんだ。でもさ、もしかしたら、悪いことして退学になっただけかもしれないでしょ?それをあちこちに言いふらしたら、こう、なんていうの?あんまり印象良くないじゃない?だから何も言わないのかもしれないよ。先生だって言えない理由があるんだよ。あんまり探るのもよくないんじゃないかなあ……。でも、僕も興味はあるよ」
僕はおどけて言ってみせた。
昼休みは後六分で終わってしまう。
「じゃあさ、俺らで調べようよ。確か、
僕は考えた。それで親が出てきたら、まずいのではないか、という事情だ。
「うん。まあいいけど、まずはクラスのみんなに訊いてみる方がいいんじゃないの?何か知ってる人がいるかもしれないじゃないか。それだけでも、事情は分かるかもしれない。
坂井はにやりと笑うと、喧騒の教室内を一瞥した。
「
「だから、みんなの家に行けば、何か分かるかもしれないという事か。うんうん。じゃあ、今日行ってみようか?馬場の家に」
「ちなみに、小峰は何も知らないそうだ。だから聞いても仕方がない」
「そうなんだ。でも、どんな理由で行くの?」
「理由は何でもいいだろ?ほら、忘れ物があったとか、借りてたゲームを返しに来たとか……、そんな理由で……」
「うん。いいね。じゃあ、あとで」ちょうど、チャイムが鳴った。
2
加納先生の現代文の授業は、果てしなくつまらなかった。国語に興味が無かった僕にとっては、やけくそなお経のように聞こえたし、終始、窓の外を見て耽っていた始末である。
元々は一番後ろの窓から三番目の席だったが、中川、馬場、秋葉が居なくなったことで左下のブロックが空き、もともと中川が座っていた場所に僕が座ることになった。現在では、廊下側の一列が消され、机も五個減っている。取り外したというよりも、抹消したと表現するのが妥当ではなかろうか。出席番号も繰り上がり、僕は十三番目になったし、クラスの人数表記は、他のクラスが四十人なのに対して、A組は三十五名しかいないことになっている。その事実に、教師の誰もが触れなかった。
現代文が終わると、ホームルームがあった。僕は誰よりも早く帰る準備をしたし、誰よりも早く教科書をカバンに仕舞った。金曜日という事もあり、教室は賑やかだった。とはいえど、男子が少ないのだから特有のうるささはなく、女子生徒の話声と安い香水の匂いで充満しているに留まった。ホームルームが終わると、坂井は僕の所へ飛んできて、「行こう!」と言ってみせた。
坂井の長い髪が後ろで揺れている。僕は対照的に、小ぶりな
教室を出るとき、一度振り返った。その時、宮野の鋭い視線が僕にぶつかった。
F学園から歩いて二十分の森林公園に出ると、大きな入口から南に歩いた。実際、馬場の自宅の場所はよくわかっていない。ただ、コンビニから大通りを右折したらある、という曖昧な情報に留まっていた。僕はそれほど美味くはないパン屋のあんぱんをかじりながら、惰性で坂井の半歩後ろを歩いた。太陽がじりじりと照り付け、アスファルトがそれを跳ね返すかのように熱を帯びた。陽炎が出来ていて、ゆらゆらとままならない地面を見ていると、僕のぼーっとした心情に重なるような気がした。
僕は高校二年生で、ある私立高校に通っている。F学園というのが名前である。入学を決めた理由は特にない。ただ、近くにあったから、そんな理由で入ったのだと思う。ぱっとしない学校だし、ぱっとしない校舎だった。
ある目立たない通りを抜けると、こじんまりとした住宅街があった。どれも屋根の色が同じで、三十軒ほどが並んでいる。飛行機から自宅を探そうとしても見つからないであろう。魔法陣のような形状をした住宅街だった。隣には国道が隣接していて、車がビュンビュンと走っている。排気ガスで汚い場所だと思った。
「このあたりなの?」僕は質問する。
「うーん、多分ここらへんだと思うんだけどなあ……。どこだっけ。あ!もっと奥かも。行ってみようか」坂井は迷わず前進した。
十五分も歩いたと思う。しかし、馬場の自宅はまだ見つかっていない。坂井はしきりに「このあたりだと思うんだけどなあ」と呟いていたが、僕にはどの家も同じに見えたので、判別する方法は何なのか、質問したくなった。
一番奥の角を曲がると、突き当りになった。六軒くらいの住宅が、所狭しと並んでいる。玄関が見えないだけで、まだ奥にも家があるようだった。
「ここだよ!この奥だ!間違いない」坂井は足早に突き当りの場所まで歩いた。
「この木が目印だったことを忘れてた。この木の、向かいなんだ」
「へえ、でも、向かいってこれ?売りに出されてるけど」僕は売り出し中の家を一瞥した。
「いや、その隣……、いやそれだ。その、売りに出されてる家で間違いない。その家の二階のベランダから馬場が手を振っていたんだ。あれはたしか、一年前だったと思う。俺が会いに来たんだ。それで、近くのおもちゃ屋でプラモデルを買った。よく覚えてる。売りに出されてるだって?そんな……。少し前に会った時、庭にミントをお母さんと植えたけど、好きじゃないからどうのって、話してたのになあ……」
「それはいつ?」僕は訊いた。
「えっと、ほんの一ヶ月前くらいだよ。教室で話したんだ。たしか、小峰も聞いてるはずだよ」
「それで、高校から居なくなったのが二週間前くらいって事は、少なくとも三週間前に何かがあったと考えることが出来るか……。本当にここで間違いなんだね?」僕は念入りに訊いた。
「うん。間違いない。やっぱり何かあったんだ。高校を辞めて、連絡先を消し、引っ越さなければならない理由が。でも、皆目見当が付かないね。だって、クラスでトラブルは特になかっただろう?それに、五人全員が来ないというのもおかしい。もっと言うと、先生は誰として事情を話さないし、全てなかったことになってる。これじゃあ、あんまりだよ」
「もしかしたら、馬場だけが何か事情があって引っ越したのかもしれない。他の四人は、連絡が取れないのかな?そしたら何か分かるかもしれないよ。案外、単純なことかもしれないさ」
僕は販売中の家の前まで行くと、隅々まで観察した。
「看板が新しいね……。これは先週の雨よりも後に立てた看板かもしれない。隣の家はリフォーム中みたいだけど、工事中の看板は泥が渇いて汚れているよ。この看板にはついていない」
「本当だ……。最近って事だな」
「そう。誰か、他の人の家は知らないの?連絡は誰も取れないんだっけ……」
「ああ。多分、小峰が家を知ってるはずだ。訊いてみよう」坂井はスマートフォンを取り出すと、小峰に電話をかけた。スピーカーなので、僕も聞くことが出来た。コールが三回したと同時に、「はい」という質素な声が聞こえた。陽炎に消えてしまいそうな声だった。
「あ、小峰?今いいかな。実はさ、あの五人のことを調べてるんだ。それで、今馬場の家に来てる」
「おお、馬場に会えそうか?俺も連絡が取れなくて悩んでいたんだ」小峰は小さな声で言う。
「それが……、家が売りに出されてる。それに、販売中のビラって言うのか?看板みたいなやつだ。それが、一週間前のゲリラ豪雨で汚れた感じがしないんだよ」
「え?住んでないってこと?」
「そういうこと」坂井が言った。「それで、佐藤とか秋葉の家は分かるか?他の場所も行ってみたいんだ」
小峰は唸った。「俺よりも、宮野が分かるかもな……。宮野は、よく遊びに行ってたと思うから。本当は六人グループなんだ。俺は中川と小学校が同じだから話すだけ」
「じゃあ、宮野に連絡取れる?俺、宮野とあんまり話したこと無いんだよね」坂井が話した。
「いいよ。えっと、馬場の家は……、ああ、ここか。宮野の家と近いんだよね。待ってて。連絡するから」
電話が切れた。
僕はもう一度、誰も住んでいない家を見つめた。馬場の顔は覚えている。目が細くて、背が高かった。それから、色白だったと思う。大城のことが嫌いだった。大城は、失踪した五人と、宮野にいじめられていた。現在はその勢いはない。クラスの人数が多く、ごちゃごちゃした人たちだと思う。僕にとっては、坂井だけが中のいい友人だった。それ以外は、よく分からないしがらみだとしか思えなかった。僕はそのしがらみに入る気はさらさらなかった。
3
駅に向かって歩いていた時、小峰からメッセージが送られてきた。宮野からの返信をそのままコピペしたらしく、簡潔な文章がそこにあった。どうやら残りの四人の住んでいる場所らしいが、どれも正確ではなさそうな情報だった。佐藤に至っては、〇〇駅から坂降りて最初の信号右曲がったアパートの三階、という適当な説明しかなかった。坂井を一瞥すると、「どうする?」という目を向けた。僕の予想はそのまま返事に反映された。
「全部行こう」
佐藤→須田→秋葉→中川の順番で回ることにした。これが一番効率がいいと僕が考えたからだ。環状線を乗って駅を幾つかまたぐと、六つ目の駅で降りて坂を下った。うだうだと長い坂だった。そうして四人の家を周り終るまでに、貴重な一二〇〇円と、背中の汗染みと、足の痛みを覚えた。しかし、森林公園の近くまで環状線で戻ってきたとき、二人は口を利かなかった。一日の苦労に比例した疲れようである。
小峰からの「どうだった?」というメッセージが入っているようだが、坂井は返信をせず、何か考えているような耽った顔を作って見せた。結論から申し上げよう。その四人の家は、どれも売り飛ばされているか、表札に名前が無く、管理会社の電話番号か書いてあるだけだった。すなわち、誰もそこに住んでいなかったのだ。
続く→→→
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