第16話・風の龍



 階段を下りて、少し歩いて明るいところにつくと目に入ったのは地上にある工場区域とも、おそらく来客用のエントランスとはまた違う、ガラス張りの研究室群だった。


「阿歩炉、エナ。魔力で体を覆ってから入るぞ」

「はい」

「うん!」


 研究室なんて一体何のガスが充満しているかわかったもんじゃないので酸素を確保するくらいには魔力を纏って中に入って行く。



「研究員は…いませんね。ここまで、大規模な研究所がたくさんあるなら一人くらいいてもおかしくないと思いますけど」

「そうじゃな…じゃが、研究の跡はある。儂らが来て避難したと考えるべきじゃろうな」


 適当に机などを指でなぞってみてもホコリなどは溜まっていないし、割れたビーカーや試験管、教科書などからも全く見覚えのない高そうな機械などが放置されている。



「ここには、手がかりも何も無いようじゃな。研究所類もことごとくシュレッターにかけられておる。復元する時間はないの」

「おじいちゃん!見て、この階の地図が書いてあるよ」


 研究室から出て、外にいるエナさんの所に行って見てみるとデパートの見取り図のような地図が書いてあった。


「わかりやすく書いてますね。これなら、行った部屋を書いてしらみつぶしに探索してもよさそうです」

「いや、その必要はないのじゃ。既に『ザ・ワン』がある場所はわかったのじゃ」


 僕と同様に研究室から出てきた師匠はその地図を一瞥しただけでそう言った。


「どういうこと?もしかして、おじいちゃんは部屋を見なくてもわかるってことなの!?」

「そういうわけじゃないが、この階に入った時に既に風で探知は済ませておっての、この地図に記されとらん部屋があるのを見つけたんじゃ」

「あからさまに怪しいですね。避難先もそちらでしょうか」


 考えてみれば大事な兵器と避難場所を侵入者がわかるように地図に記しておくわけがない。

 だとすれば、師匠が見つけ出した地図にない空間に『ザ・ワン』も避難区域も存在する可能性が高いというわけだ。


 なら、さっさとそこに向かおうとしたその時だった。


『ははははっ!!気づいたようだな、侵入者諸君!てっきり、ウーヌス君が爆殺してくれると思っていたからここまで来るとは思ってなかったよ!』


 天井に取り付けられたスピーカーから流れてきたのは、今まで聞いたことのない高笑いと男の声だった。



『それに、飛んで火にいる夏の虫…と言うやつか『風の賢者』アインツ殿も来てくれるとは有り難い!このまま、私がいるセントラルドグマに来て、最後のパーツとなってくれたまえ!!』

「消えた…」


 と、自分の言いたいことを全て言い切った後スピーカー越しに聞こえていた男の声はぷつんと切れてしまった。



「…どうします?」

「来てくれと言っとるんじゃから、来てやればいいのじゃ」

「でも、おじいちゃん。ぜぇったいに、トラップたくさんあると思うよ!」


 エナさんの言う通り、上階の工場部分ですら即死トラップがいやらしく仕掛けられていたのだ色々薬品がある地下ではなおさらだろう。


 そして、わざわざ最後のパーツとなってくれと言うほどだウーヌスが倒されたを知っているということは、師匠の圧倒的な力も知っている。

 つまり、師匠の風魔法を攻略する手立てを持っているということだ。



「ここじゃな……魔力が残っとる、どうやら隠蔽の魔法が使われておったようじゃな」

「こんな大きな扉を堂々と放置しておくわけにはいかないですしね。それに、解除されたということは招き入れようとする気満々ですね」


 師匠の案内でたどり着いた先に会ったのはこの研究所には似つかわしくない巨大な扉だった。

 敵の言う事なので疑ってかかっていたが、魔力の反応を見るに本当に待っているらしい。


「そうじゃな…準備はいいの?」

「ええ、はい……覚悟はして…います。ですが、非戦闘員は…「わかっとる、それに魔力の感じからあの中に人間は一人しかおらんよ」…そうですか」

「頑張って!阿歩炉くん!」


 大きな扉の前に立って少し目を伏せ覚悟を決める。

 僕の魔力探知では具体的な数はわからないので、師匠の言葉はとても心強い。


 手には僕が今作れる最大数である10個の煙の爆弾が準備されていた。

 相手がわざわざ自分の居場所をばらしたのだ、なら何かされる前に煙で先制攻撃を決めようというわけだ。



「…行きます!」

『来たな、侵入者ども!我の名は…っと、これは何だ?』


 一瞬だけ扉が開かれ、その隙間からコロコロとゴルフボールサイズ程度の球体が転がる。

 それを、中の人間は興味津々に持ち上げたその瞬間――



「ごめんなさい!【煙の魔法】」

『なんだこれはー!?』


 扉の向こう側から男の悲痛な叫び声が聞こえる。

 煙の爆弾はそれほど威力がないとはいえ至近距離で食らえばタダでは済まないし、煙も充満しているのも感じられる。


「…煙が無くなった?」


 順調に進んでくれと祈っていたが、異常はすぐに訪れた。

 煙の爆弾で大量に撒いていた煙が移動して動かせなくなったのだ。



「換気システムですかね。流石に研究施設ですし、それくらいはあるみたいです」

「ええ!?煙が吸われたら阿歩炉くんがものすごく戦いじゃん!」

「じゃが、部屋の内部構造くらいはわかったじゃろ」

「はい」


 部屋はちょうど上の階でウーヌスを下したエントランスと同じくらいの大きさで、四方の壁に換気システムがあるらしく煙が吸われていったようで全然操作が効かない。



「なら、乗り込むとするのじゃ!!」

「突撃するよ!」

「ナチュラルに扉を蹴破りましたね!?」


 これ以上は特に作戦も無いし煙の魔法でも埒が明かないので作戦もへったくれもない突然の扉蹴破りに驚くも巻き戻す手立てもないので僕たち3人は部屋に入って行く。



「お前らが侵入者だな!我の名は「さっさと終わらせるのじゃ【風の魔法】…うわぁぁぁ!?」


 入ってすぐにいたのはまるで王の玉座のような椅子に座っていたあの若い声色や言葉遣いからは想像できないほど、髭を蓄えた師匠と同じくらいの年齢に見える老人だった。


 だが、入って来た僕たちを見てすぐに自己紹介をしようとした瞬間に師匠が横殴りの竜巻を老人に放った。

 だが、老人は見た目とは裏腹に素早く動き竜巻を回避していった。



「なら、これで!【煙の魔法】」

「クッソォォォォ!!またこれか!」



 ならばと追撃に先ほども部屋に放り投げた煙の爆弾を放り投げすぐに起爆させる。

 いくら換気システムがあったとしても、すぐに吸われるわけじゃないし視界も奪われる。


 それだけ猶予があれば――


「【ドリブルの魔法】…私が蹴るよ!」

「なっ」


 煙の中から現れたエナさんはドリブルの魔法を起動させ敵の思考を遅延させ、自身を加速させた彼女に追いつくことは敵わず強烈な蹴りが頭にクリーンヒットした。



(予想以上に換気システムが優秀だな、煙を出した途端に吸われていってる)


 幸いにも師匠のしごきによって魔力だけは大量にあるのでガス欠の心配はないが戦いにくいことに変わりはない。


 それに、煙が晴れた先にはエナさんの蹴りを食らったからか鼻血を滴らせた老人が立っていた。



「これは【身体強化の魔法】を使っとるな。あの子の蹴りをまともに食らって立っておられるのだから間違いない」

「なら、近距離で戦うのは得策じゃないですね。エナさんは基本的に煙に紛れて攻撃しましょう」

「うん、阿歩炉くんがまた煙に道筋を作ってくれたらそこを辿ればいいんだよね!」


 そう、先ほど煙の爆弾によって周囲に撒かれた煙幕によって視界が塞がれるのは敵も味方も共通だが、煙を操作することによってエナさんの前だけには煙が晴れていたのだ。



「はははっ、良い!良いじゃないか!アインツ殿だけのワンマンチームかと思ったが、実力不足を連携で補っている…面白い!!」

「どうでもよいな【風の魔法】」

「連れないなあ!【岩の魔法】」


 目の前で横殴りの竜巻と巨大な岩石がぶつかり合う、だが数秒も経たないうちに岩石は風に打ち砕かれ砂へと変わる。



「流石、アインツ殿!本来、風は重量や固い物には弱いはずだというのに、貴方の風の魔法はその固定観念を打ち砕いている!!」

「いくら褒めても手加減する気はないぞ【風の魔法】」

「もちろんですとも、むしろ尊敬しているのです!魔法の極致、その一端を見せて頂いていることに【岩石の魔法】」


 再び、風と岩の激突――だが、先ほどとは異なって岩を打ち砕いた風は勢いを衰えさせることなく敵を殺さんと迫っていく。



「おっと、危ない危ない……」

「白々しいの、最初からこうなることはわかっとったはずじゃ。狙いがあるのじゃろ、さっさと出せ」

「ええ、狙いと言うほどではありませんが、あなたほどの魔法使いを前に頭数を揃えたところで無駄…なら、的確に体力を削る駒として使うのがよろしいのですよ」

「…魔力切れ狙いじゃな」


 アインツたちはここに来るまで相当の数黒ローブと戦った。

 大半は雑魚だったが、阿歩炉やエナに任せずアインツ自身が戦い確実に魔力は消費され続けていた。


 そして、今のこの状況はとても拮抗していると言っていいだろう。

 たとえ、アインツの風の魔法が敵の岩の魔法の威力を上回っていたとしてもほとんど魔力消費の無い【身体強化の魔法】を併用している相手からすればすべてを回避すればどうと言うことはない。



「それに、辺りに埋められておるのは魔球か。ここで仕留める気満々じゃな」


 ちらっと部屋周辺を見渡すと周囲の魔力を吸収する魔道具である魔球が大量に埋め込まれていた。



「あなたほどの魔法使いと言えどこの部屋の中なら長時間戦えるはずもありませんから」

「そうじゃな、じゃがお前も魔力を吸われとるようじゃが良いのか?」

「ええ、道中で消費されたあなたの魔力と万全の状態でここに待ち構えていた我ではどちらが先に魔力が切れるかなんて明白です。残りの二人は取るに足りないようですし」


 自信満々に勝利宣言をする男、それを伝えられてもなお冷静なアインツ。

 思い返してみれば、この時点で既に勝敗はついていたのかもしれない。



「一つ、勘違いしとるようじゃな」

「…勘違い?何を勘違いするというのですか!?あなたがたとえ賢者と言えど逃げに徹した我を倒すのは難しい、違いますか!!」

「そうじゃ、先の魔法を見てもわかる。お主は十分一流と言える魔法使いじゃ、ただ…」

「ただ…?」


 少し興奮したように問いただす男に対し少しいい含んだ回答をするアインツは既に結果が見えているのか、何か確信したような笑みを浮かべている。



「儂は“超”一流の魔法使いと言う事じゃよ」

「戯言を!【岩の魔法】」


 師匠の言葉に反応して、先ほどとは違い映画で見る隕石だと言われても納得してしまうほどの大きさの岩を師匠に向かって放った。



「【風の魔法】」



 それに対し、特に何かを言うこともなく詠唱したアインツ――出てきた“それ”を見て、男は自分の運命を悟ったように呆然とそれを見上げるしかなかった。


 現れたのは伝説上の存在である“龍”の姿をした風であった。

 込められた魔力は想像を絶するほど強大で、その強固なイメージからも圧倒的な威力が伺える。



 そのイメージ通りに、岩に突進し砕いて行ったかと思えば周囲に埋め込まれていた魔球を次々と喰らい潰し、抉り、粉砕していった。



「馬鹿な!!魔球は魔力を吸収する球のため、発動中はどんな魔法でも吸収されるというのに!!」

「特別なことは何もしとらんのじゃ、単純な魔力制御じゃよ」


 そう、魔球は確かに周囲の魔力を無差別に吸収する。

 だが、あくまで認識としては魔力限定の掃除機のようなもので魔力操作を極めたアインツにとっては魔球とは無意味な代物だったのだ。



「そして終いじゃ」

「馬鹿なァァァァ!?」


 必死に命乞いをする名も名乗れなかった男は必死に頼み込むも無情にも全ての魔球を破壊した風龍は真っすぐ敵に向かって進撃していく。



「うわぁぁぁァァァ!?」


 そして、横に回避しようとするもむなしくすぐに方向転換できる風龍の前にはそれも意味をなさず男は進撃に巻き込まれ壁に激突し、そのままの勢いで壁を破壊しその奥まで吹っ飛んで行った。



「…うわぁ」

「なんじゃその顔は、もし二人があれを相手にしてれば瞬殺じゃったんじゃよ」

「それはわかるんですけど、あまりにも二人の戦いが圧倒的でちょっと引いてるんですよ」


 岩と風の激突、ここに煙が混じれば本当に塵になってしまうだろう。

 ちなみにエナさんは魔球にだいぶ魔力を持っていかれたので隅の方で休んでいる、僕は体内の魔力制御だけは一人前なので魔力は吸われずに済んだ。



「じゃが、『ザ・ワン』が見つからんの……もしや…」

「とは言っても、見つからないのも困りますね。てっきりここにあるかと思ってましたけど、実際は別の基地にあるのかも……え?」


 途端に周囲を包む圧倒的に魔力、その威圧感が師匠が壊した壁の向こう側から伝わってくる。


「阿歩炉、エナをこの部屋の外に連れて行くんじゃ」

「…はい、すぐに戻ってきますからね!」


 その圧倒的な気配を師匠も感じ取ったのかもう動けないエナさんを運ぶよう伝えられる。

 僕も、ここにいては足手まといなのは理解していたため少しの不安を抱きながらエナさんを離脱させるために彼女の元へ向かった。



「魔力は儂以上か……来るの『ザ・ワン』が」



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