第15話・バトルジャンキー



「…大丈夫ですか?」


 心配そうな声色でその場に伏せて震えているエナさんに向かって声をかける。


 いや、大丈夫なわけがない。

 以前まで普通の高校生として生きてきた彼女がいきなり命を奪い合うこの場に志願したとはいえ来たのだ、その震えもその場に崩れ落ちるのも無理はない。



「…いいなぁ」

「うん?」


 気のせいだろうか、大方花の女子高生から聞こえてはいけない一言が耳に入ったような気がした。

 だが、顔を上げた彼女の顔を見てすぐ考えが変わる。



(いや、気のせいじゃない!?なんか、若干だけど頬が赤く染まってるし、真顔かと思ったら少し笑顔だし…はっ!?)



 彼女の表情を見てフラッシュバックしたのは、師匠との会話だった。

 さらっと流されていたが彼女は中学生の時にヒグマを殺した熊殺しなのだ。


 猟銃を用いた狙撃は近距離でなければヒグマの皮膚を貫けず、下手なところを打てばリロード前にやられてしまう。

 それを成してしまったということは、その緊張感に耐えることができる強靭な精神力を持っていてもおかしくはない。



「あ、阿歩炉さん。助けてくれて、ありがとうございます」

「…えぇ、そうですね。あの、怖くはなかったですか?」

「怖く?確かに、少しは震えましたけど興奮の方が強かったですよ!!」


 そうだ、ここは異世界――いや、異世界だとしてもおかしいが、彼女は“あの”師匠の娘であり、熊殺しなのだ。

 むしろ、これで蝶よ花よと愛でる性格であった方がおかしいのだ。



「えっと、じゃあ何で蹲ってたんですか?」

「あはは、おじいちゃんと阿歩炉さんの戦いを見てて興奮しちゃって…その、ごめんなさい、加勢すればよかったのに」

「いや、下手したら爆発に巻き込んでいたので動かない方が良かったです。それに、エナさんが無事で本当によかった」


 見た感じ、怪我と言う怪我もしていない。

 飛び込んだ時に彼女の頭を手で守って飛んだため頭を打ってこんなことを言い出したというわけじゃないだろう。


「何しとるんじゃ、行くぞ」

「はい、師匠…その、エナさんって」

「バトルジャンキーじゃよ。熊を殺った時も恍惚とした笑みを浮かべておったわ。エナがバスケ部を選んだのはそういう事かもの…」


 つまり、柔道や空手だとうっかり殺しかねない、だからと言ってバレーやテニスなどでは物足りない。

 だから、ある程度フィジカルで相手に触れる機会があるバスケを選んだことではないだろうか。


(いや、流石に考えすぎか?…うーん、エナさんを見る目が変わりそうだな)


 もしかしたら、エナさんも成長すれば師匠のような大魔法使いになれるかもしれない。


 それこそ、ドリブルの魔法の発動領域を拡大することによって相手の思考と動きを遅延させて自分は超スピードで攻撃を叩き込む、なんてことも出来るだろう。



「阿歩炉くん?」

「い、いえ何でもありません…ささっ、お行きましょう」

「なんでそんなにかしこまってるの!?」


 強大な力を前にして僕ができることは多くない。

 今のように、大人しくへりくだるのも一種の生存方法なのだ決して恥ではない。


「師匠、何持ってるんですか?」


 エナさんが大丈夫だとわかったので次に進もうと思ったら師匠の手には赤いカードのようなものが握られていた。


「わからん、じゃがこういうのは大体重要なものは持っておくと役に立つぞ。ゲームでもそうじゃろ」

「ゲームやるんですね…それで、次はどこに行くんですか?」

「地下じゃな、風の通り道があるのでな存在するのは間違いないじゃろう…っと、向こうじゃな」


 ぴょんと師匠によってなぎ倒されていった団員たちを飛び越えながら僕たちはさらに奥へ向かった。





「【ドリブルの魔法】…てぇりゃ!!」

「なんで、すれ違い様に敵がいるってわかるんですかね?」

「野生の勘じゃろ」


 ついさっき、イメージが元気バスケ少女からバーサーク少女になったエナさんが曲がり角から現れた黒ローブを一蹴りで影へ落としていく。


 先ほどの戦いを見て興奮し、フラストレーションがたまっていた彼女はついに何かが切れたのか前に出たいと言い出し嬉々として敵を蹴り飛ばしている。



「…うわぁ」

「的確に鼻に直撃しとるな、儂はどこで育て方を間違えたのじゃ」

「確かに、才能を開花させたのは師匠だと思いますよ」


 ドリブルの魔法を使うことで、完全不意打ちの状態でクリーンヒットした蹴りを食らったせいか少し鼻がひしゃげているように見える。

 もし、昨日のゲームのルールが相手を戦闘不能にするであれば僕はあの戦い方ではこうなっていたと思うと少し身震いしてしまう。


 そんなことを考えている内に、今度通路に現れたのは3人の黒ローブだった。



「ははっ…!【ドリブルの魔法】」

「いかん、あの魔法は多対一には通じずらい。阿歩炉、行ってこい」

「怖いです!」

「行ってくるのじゃ!」

「はい!」


 こっちは戦いが好きってわけじゃないんだぞと内心毒を吐きながら直線的に黒ローブに向かって行ってるエナさんを救援に向かう。

 誤射しかねないので煙の斬撃は使えない、煙の爆弾も同様の理由で使ってはいけない。



「だから、単純に殴る!」


 まるで、獣のような敏捷性で一番前にいた黒ローブを襲うエナさんを背にしながら二番目に現れた奴に向かって全力でぶん殴った。

 ぶん殴った程度で倒せるかは疑問だろうが、身体強化の魔法があれば十分一撃で戦闘不能には追い込める。



「よくも仲間を!【斬撃の魔法】」

「切って【煙の魔法】」


 だが、最後の3人目に関してはノープランのため倒す前に相手から斬撃の魔法が飛んできしてしまった。

 もちろん、奇襲されたわけではないので冷静にこちらも斬撃で返すことができたが、こうなると完全に膠着状態になるため昨日みたいに口でも塞がない限り負ける。



「と言うことで、塞がせてもらう【煙の魔法】」


 だが、この間合いであれば煙を操作し直でぶちまけられる僕が絶対的に有利なのだ。


「それが、どうした【斬撃の魔法】」

「防げる奴だー!?切って【煙の魔法】」


 そう、問題は防げる奴だ。

 真正面からの魔法の打ち合いでは圧倒的に練度が足りず不利な僕は搦め手でどうにかするしかない。


 その一つが封じられては、別の手を使うほかない。

 近接で殴るのは近づく前に切られるし、斬撃の魔法に斬撃で張り合えば押し負ける。



「だけど、ここで僕の出番は終わりだね。後は、任せますよ」


 色々と内心愚痴っていたものの僕がやるのは時間稼ぎだけで十分だ。



「任された!【ドリブルの魔法】」



 そう、僕の背から現れたのは一人目を倒したエナさん。

 本来、一対一で肉弾戦に持ち込もうとすれば僕が真っ二つにされるのは自明の理だが、なぜか魔法の効果に相手の思考を遅延させるドリブルの魔法なら十分に戦える。


 そして、煙の斬撃と煙幕を周囲にまき散らすことによって味方の視界を完全には奪わない程度に相手の気を散らすことができた。


「背中から!?【斬撃の……】」


 相手を遅くし、こちらは加速するという問答無用で先手を取られる魔法の前で間合いに入られれば抵抗する間もなく、例外なく顔面に蹴りをもらって黒ローブは吹き飛ばされていった。



「これで、周囲の敵は全部じゃな。よくやったのじゃ、阿歩炉、エナ」

「…何でわかるんですか?」

「先に風で探知しとるからの、敵の位置からこの建物の詳細な地形も大体はわかっとる」


 阿歩炉は内心、早く言えよと思っていたが、言わないアインツにも理由があった。


 その一つに、思った以上に阿歩炉が弱いことが挙げられる。

 もちろん、煙と言う魔法の属性自体が攻撃に向かず、防御にも向かず、回避に特化しているのも一要因にはあるが、いかんせんできることが少なすぎるのだ。



 阿歩炉が煙できることは大きく分けて3つ、一つは体の至る所から煙幕を出しそれを操作することができる、二つ目に魔力で形成した煙の斬撃、三つ目に煙の爆弾がある。


 煙幕はまだしも、煙の斬撃は詠唱と手刀が必要と言う欠陥によって手数にも負ける上に威力もお世辞にも高いとは言えない。

 煙の爆弾はインパクトだけはあるし、威力もある程度はあるが質量がないため決定打になるほどじゃない。


 だからこそ、戦闘スタイルが煙使いなのに直接殴る蹴るというのが一番のメイン武器になってしまっている。



(じゃから、それを埋めるためにできるだけ戦闘経験を積ませたいのじゃが…間に合わんだろうな)


 だとしても、無いよりはマシと言うことで戦わせているもののそれほど成長は見られない。



(…儂が片をつけるしかないの)


 阿歩炉のスキル【異世界転移】は彼が試練を超えたのちに発動するのだから自身が攻略して使えるようになるかは疑問なのじゃ。


 しかし――


「行きましょう、師匠!」

「…そうじゃな、次は地下じゃ。あからさまに魔力が充満しとるからきっとボスがいるの」

「師匠って結構ゲームやるんですね…あれ、それっていつ知ったんですか?」

「最初からじゃ」

「なら、最初から地下に行けばよかったじゃないですか~!!」

「私は楽しかったですけどね!」


 ちょっとこめかみに力が入っている阿歩炉とわいわいしているエナを見ながら気を引き締めながら少し視線を伏せた。


(少なくとも、儂が生きている間は阿歩炉とエナを守ることができるじゃろう)


「師匠?」

「…何でもないのじゃ、行くぞ」

「はい!」

「何があるのか、楽しみだな~」


 こうして、僕たちは決戦の地下に足を踏み入れた――




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