第20話 夏休み・2
教習所の合宿に参加中の水島は、
「うわぁ、見るからに暑そうだな。熱中症になりそう……」
技能教習におけるヘルメットの着用は必須で、事前に用意したマイヘルメットを脇にかかえている。さらに、夏場はコースの路面が熱くなるため、きびしい環境になりやすい。
誰とでも仲よく話せる水島は、合宿メンバーとの集合写真も送ってきた。年代は幅広く、なかには白髪まじりの中年男性も含まれていた。宿舎での飲酒は禁止につき、自動販売機の缶ジュースで乾杯する写真は、なかなか愉快で笑えた。
「水島、がんばれ。怪我をしないよう、気をつけてね」
風呂あがりの湯村は、ぬれた髪をタオルで拭くと、二階の部屋におちついてから返事を送信した。大学生になって最初の夏休みは、それなりに充実していた。鷹尾による謎かけは、正解の確認待ちとなったが、本人への連絡手段をもたない湯村は、そのうち
「あの男の子の正体も気になるなぁ……」
雨の日の早朝、バス停の待合室にいた五歳くらいの少年は、晴れの日でも水色のレインコートを着ていた。大学のある町から電車に乗り、どこかへ移動してゆくのを尾行したきり、湯村のまえに姿を見せなくなった。こうなってはもう、偶然の再会を期待するしかない。
「ふしぎな子だったな……。また逢えたら、ぼくからさきに自己紹介をしよう。相手の名前を知らないと、こんなにも不便なんだな……」
ベッドのうえでくつろぐ湯村は、いつのまにか眠ってしまい、真夜中に目をさました。庭のほうから、ニャアと鳴く猫の声がして、とっさに部屋の窓をあけた。暗くてよく見えないが、植木がガサガサと音を立ててゆれている。
「クロスケ?」
バス停の待合室にいる迷い猫に、クロスケと命名した湯村は、毎朝のようにキャットフードをあたえていた。クロスケのほうで湯村のにおいをおぼえ、家までついてきたのかもしれない。そう思って一階へおりると、玄関でサンダルを履き、庭へまわった。懐中電灯は、居間の
「クロスケ、そこにいるの?」
返事はない。さきほどまでゆれていた植木の葉も、今は静かだ。
「クロスケ」
湯村は、何度か猫の名前を呼んだ。しかし、応える気配はない。あきらめて部屋に引き返すと、トートバッグのなかからキャットフードを取りだした。小分けパックの中身が残りわずかであることに気づき、あとで買いに行こうと思った。
夏の風物詩である花火大会は、八月から全国各地で開催された。起源となる江戸時代の水神祭は、飢饉や疫病で亡くなった死者を弔うために花火を打ち上げたのだが、その後、川開きの定番行事となり、現在の花火大会へと至る。玄関に置いてあった回覧板を手にとり、地域の夏祭の日程を見つめる湯村は、同級生などから花火大会に誘われたことは、いちどもなかった。色とりどりな浴衣を着て、愉しそうに会場へ向かう人々を想像して、小さくため息を吐いた。
「どうせ、ぼくはひとりだ……」
いつだって、好きになってはいけない
定期試験で平均点に達しなかった科目の補講も終わり、鷹尾による謎解きも一段落した湯村は、となり町の花火大会へでかけた。教習所の水島に、花火の写真を送ってやろうと思いついたからだ。携帯電話を片手に、夜空に打ち上がる花火を撮影していると、「あっ!
「き、きみは……」
少年は水色のレインコート姿ではなく、青い水玉柄の浴衣を着ている。人波をよけて、湯村の目のまえに到着すると、「こんばんは!」と挨拶した。
「こんばんは……(あれ、ぼく、この子に名乗ったっけ?)」
ニコッと笑う少年は、「透おにいちゃん」と、下の名前で呼んだ。あとからやってきた少年の連れは、右手にかき氷のカップを持っている。
「ほらよ。いちご味でよかったか?」
「うん、ありがとう、春馬さん」
「あまり遠くへ行くなよ」
「はーい!」
かき氷を両手で受けとった少年は、湯村に「またあとでね」といって、どこかへ走っていく。見物客は地域の住民が多く、小規模な花火大会につき、迷子になる心配はないと思われたが、湯村は、意外な場所での遭遇に唖然とした。
「鷹尾さん……」
「なんだよ、まぬけな顔だな」
「ち、ちょっと、びっくりしているだけです(ほんとうは、かなり驚いている)。こんなところで逢うなんて、思いませんでしたから……」
「次は、リアクションをまちがえるなよ」
「リアクション?」
「すなおに抱きついて、よろこべばいいって話だ。かき氷、ほしけりゃ買ってやるぜ。さすがに、フルーツ牛乳は売ってないからな」
「なにも要りません(抱きつくって……、そんなの、ありえないから!)」
ひさしぶりに会話が発生した鷹尾は、あいかわらずの調子だが、湯村の心臓はドキドキと高鳴った。まさか逢えるとは考えもしなかった人物の登場につき、設計図は部屋に置いてきてしまった。こんなときのために、持ち歩けばよかったと後悔した。
✦つづく
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