第2話【第1章 卵を見つけた日】

放課後のチャーリは、いつもと違って足早だった。ベッキーの「また明日ね!」の声も聞こえないふりをして、防波堤の向こうへと駆けていく。


 潮の香りが濃くなる。

 誰も来ない入り江の奥、小さな洞窟──そこが、チャーリの誰にも教えていない秘密基地だった。


 その日は潮が大きく引いていて、いつもより深く洞窟の中へと進むことができた。


 ぬれた岩肌を手で探りながら奥へ──


 そのとき、仄暗い空間の中に、何かがぼんやり光っていた。


 チャーリは息をのんだ。

 大人の頭ほどの大きさの、青白く光る卵。

 表面はガラスのように滑らかで、雫のような光沢があった。手を当てると、ほんのりと温かい。


 「……なんだろ、これ」


 不思議と怖くなかった。むしろ、大切なもののような気がして、チャーリはバスタオルでそれを包み、そっと抱えて洞窟を出た。


 それが、すべての始まりだった。


     * * *


 その日から、チャーリは毎日、放課後になると家に直帰した。


 もちろん、ベッキーは見逃さない。


 「ちょっと、最近のチャーリおかしくない?」

 教室の前で腕を組み、じっと睨む。


 「え? な、なんでさ」

 チャーリは目を逸らしながら鞄を閉じる。


 「毎日まっすぐ帰ってるし、なんかコソコソしてるし。おばさん、病気なの?」


 「そ、そんなことないよ! 元気だし!」

 「じゃあ何?」

 「……いや、ホントに何でもないってば!」


 ベッキーは一歩詰め寄る。

 チャーリは観念した。幼なじみの追及には、かなわない。


 「わかった。見せるから、うち来てよ」


     * * *


 「おばさーん、お邪魔しまーす!」


 ベッキーはずかずかと家に上がりこみ、いつものように勝手知ったる様子でチャーリの部屋へ向かう。


 「で? 何があるのよ?」

 チャーリのベッドに座り、わくわく顔で待ち構える。


 「ベッキー、ちょっとどいてよ」

 「えー、なんで?」


 「……そこ、開けたいんだ」


 渋々どいたベッキーをよそに、チャーリはベッドの下から木箱を引き出した。箱の中から、そっとタオルをめくる。


 「なにこれ……卵?」


 「……拾ったんだ。海の洞窟で」


 「ひとりで行ったの? 危ないじゃん!」

 「大丈夫だったよ。でも、これ──なんだろうなって思って……」


 ベッキーは、信じられないというような顔で卵を覗き込む。

 青白く光るその殻は、まるで生きているかのように微かに脈打っていた。


 「触っていい?」

 「うん……温かいよ」


 ベッキーはそっと手のひらを添える。


 「……ほんとだ。これ、生きてるんだね」


 その瞬間、ふたりの間に、言葉にならない“秘密の感情”が芽生えた。


 「これ、どうするの?」

 「育てる。僕たちで」


 ベッキーは少し目を見開いたあと、にっこり笑ってうなずいた。


 「じゃあ、私も手伝う!」


 その日から、チャーリとベッキーの部屋には、新しい命の気配が宿ることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る