0020 デートの中での違和感

「今日はレストランを予約しておいたんだ。行こう」


 シエナの手を取り、空気が新鮮な水の街を歩く。


 完全休暇2日目はシエナとのデートだ。

 昨日のうちにレストランの予約をしておいてよかった。これでいい滑り出しになったぞ。


 誘われた側なのにも関わらず、しっかりとデートのプランを立てる。それがオレの完璧な計画だ。

 しっかりした男だと思われれば、シエナからの印象もさらによくなるはず。


「楽しみにしててくれたんだね」


「もちろん」


 シエナがオレの腕を引き寄せ、胸を押し当ててきた。


 まさかの積極的行動に、理性が飛びかける。

 普段のシエナからは想像もできない積極性。これもまたいい感じだけど、今日はなんだか雰囲気が違う気がする。


 とか思っていたら、その正体は髪型であることに気がついた。


 いつもはさらりと流しているだけの紫紺の長髪ロングヘアを、今日は後ろで1つに結んでポニーテールにしている。


「ポニーテール、最高に似合ってるな」


「ありがと」


 少し照れながらも、喜ぶ様子を見せるシエナ。


 素直に可愛いなで終わらせればいいのに、オレの忍者的・・・直感が、シエナの動きに違和感を覚えていた。




 レストランの料理はすごく美味しかった。


 特に気に入ったのはカチョエペペだ。

 チーズをたっぷりと使ったパスタ料理である。


 でも、問題はそこじゃない。


 食事の最中、シエナの距離感はやたらと近かった。

 急にあーんしてきたり、オレの手にかかってしまったチーズをぺろっと舐めてきたり。


 明らかにおかしい。


 オレとの関係を恋愛的な意味で発展させるために、ここまで大胆な動きをしている――とかいうことも考えたけど、控え目なシエナからすると不自然すぎる。


 シエナのような究極の美女とのデートはドキドキしてしかたないはずなのに、違和感と不穏な空気をずっと感じ続けていた。




 ***




 アキラとシエナが昼食を取っている頃、クリスは1人で別のレストランの厨房に来ていた。


 料理好きのクリスは、旅行にいくと必ず現地の料理人と交流するようにしている。


 それはもはや趣味という次元を超えていて、自分で店が持てるではないかというほどの経験と腕前があった。


水の都ここの料理に欠かせないのが、この神聖な水だ。シェフの間ではネプティーナの涙って呼ばれてる」


 熱意ある表情と声で語り始めたのは、地元シェフのゴードンだ。

 彼は王都でも有名な料理人で、オリジナルの伝説レシピを複数持っていた。


 クリスとゴードンが会ったのは今日が初めてであったが、料理に対するクリスの知見と熱意が本物だと知ったゴードンが、こうして厨房にまで招いたのである。


 クリスはオタクだった。

 剣への愛、髪型への愛。その次に愛着を持っている物事といえば、それは料理。こだわりも強く、語ろうと思えば何時間でも何日でも語り続けられるほど。


「甘い口触りだけど、途中から酸味が強くなってくるね。これは王都では絶対に手に入らない調味料だよ」


 ネプティーナの涙の味見をしながら、クリスが言う。


 どうしても王都に持ち帰りたい調味料だが、どうやらこの水には賞味期限があるらしい。


「ネプティーナの涙の味の鮮度が保たれるのは1時間だけ。それも神殿の噴水から取り出して1時間だ。王都のレストランには持ち込むことすらできん」


「だからこそ価値があるのか。この地域の料理人はみんな水の女神様を崇拝してるだろうね」


「確かにこの水はすごいが、誰もネプティーナ様のことは崇拝してないんだ。あの女神はおっかないぞ」


「おっかない?」


あいつ・・・はヤンデレ女神だから、街にやってきた特定の・・・男に恋をすると、人間の女に憑依してその男を手に入れようとするんだ。それで手に入らなかったら、機嫌を悪くして……街は大洪水に巻き込まれる」


「……確かにおっかないね」


 クリスは身震いした。


 彼は女性からモテて生きてきた。モテ街道のど真ん中を歩いてきた男だ。

 だからこそ、女性から強烈なアプローチを受けることの大変さや、相手を傷つけないように振ることの疲労感が痛いほどわかる。


 ――僕たちの滞在中にそんなことが起こらなければいいけど……。




 ***




 街全体に広がる川を、ゴンドラに乗って渡るオレとシエナ。


 今は漕ぐのをやめ、ゆったりと上でくつろいでいる。


 もうすぐ日が暮れそうだ。こうして水の流れに揺られていると、時間の感覚が鈍くなってくる。

 いいことなのか悪いことなのかはわからない。


「アキラ様……」


 シエナが急に胸に飛び込んできた。


 柔らかい女性の胸が大胆に当たる。

 そしてわざとらしく胸をこすりつけてくる絶世の美女。甘い香りも一緒だ。


「いつからオレのことを『アキラ様』なんて呼ぶようになったんだ?」


「……どうしたの?」


 ずっとそんな予感はしていた。


 薄々気づいてもいた。


 こうしてボロが出るのを待っていた。目の前の美女が、シエナではない・・・・と確信するに至る根拠が必要だった。


「あんた、シエナじゃないだろ」


「……何のこと? わたしはどう見てもシエナだよ」


 いかにも怪しいぞ、そのセリフ。


「これ以上とぼけると殴るぞ。いい加減正体を現せ」


女性レディに暴力を振るのはよくないよ、アキラ君」


「言われてみればそうだな……じゃあ、これ以上とぼけるとこのゴンドラから突き落とす」


「そんなに変わってないと思うけど」


 確かに。


「それで、シエナじゃないんだな、水の女神ネプティーナ」


「……よくわかりましたね。お見事です、アキラ様」


 シエナの声が変わった。


 夢の中で聞いた、水の女神の声とまったく同じだ。


 瞳の色が緑から水色になり、完全に正体を現すネプティーナ。ただ、顔の骨格や身長は元のシエナと何も変わらない。

 雰囲気と話し方、声、瞳の色の変化だけで、ここまで別人の風格を出せるんだなと逆に感心した。


わたくしはネプティーナ。夢の中でもお会いしましたね」


「挨拶とかいいから、早くシエナを返してくれ」


「面白いことをおっしゃいますね。わたくしはアキラ様を手に入れるために、わざわざこの女性の体を使っているのです。この女性の体はしばらくわたくしのものになります」

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