0003 完璧な救出作戦

 オーク・オペラ座はなかなか豪華な娯楽施設だった。


 古代遺跡っぽいドーム型の神殿を改造した半地下の劇場になっていて、外壁は巨大生物の骨で装飾されている。

 地下への入り口には『ウェルカム・トゥ・オーク・オペラ座』という看板があり、その前方にはオークキングの銅像が仁王立ちしていた。


 なんか普通に感動だ。

 月1の付き合いなのに、なんでこれまで招待してくれなかったんだろう。


 王都の外れにある森林の中に、こんな素敵な劇場が存在していたなんて。


「想像の10倍くらいイケた劇場だね」


「それな」


 クリスも息を呑んでいる。


 入り口は金属製の重厚な扉だ。

 オレが殴っても壊れなさそうだが、超人クリスのパワーで殴れば――。


「クリス、あの扉、ぶっ壊してくれないか?」


「おいおいアキラ……さすがにオークキングが可哀想かわいそうじゃないか」


「いやでも、市民が誘拐されてるわけだし……」


「この建物はオークキングが心を込めて作ったんだ。そんな素晴らしい作品を勇者ヒーローが壊すなんてできない」


「じゃあどうやって入ればいいんだよ? 絶対鍵かかってるぞ」


 優しいクリスに呆れながら、扉を押してみる。

 頑丈な扉はびくともしない。


「ほらな」


「もしかしたら引くのかもしれない」


「あ……」


 引いたら普通に開いた。


 一度試してみることって大事だな。クリスにいいことを教わった。


「なんかごめん」


「いいんだ。市民の救済を何よりも優先する気持ちはわかるからね」


 普通に扉から入るという潜入任務。

 全然潜入って感じがしないけど、平和的で最善だとは思う。この調子で行こう。


 クリスと並んでオペラ座に入る。


「なるべく目立たないようにしないといけないからな。とりあえずフードをかぶろう」


 オレの忍者戦闘服スーツ以外にも、イレギュラーズ全員の戦闘服スーツにはフードが付けられている。

 優秀なデザイナーのおかげだ。


 さっとフードをかぶり、腰をかがめて通路を進むオレだったが、クリスは一向にフードに手をかけようとしない。


「どうした?」


「すまない。もしフードをかぶってしまえば、僕の完璧なオールバックが乱れてしまう。それだけは避けたいんだ」


「いや、結構近くに監視役オークがいるだろ。頼むからフードかぶってくれ」


 そもそも真っ赤なマントが目立つのに、金髪オールバック&エルフ耳とかもうダメだろ。


髪型これはこだわりだからね。どうしても譲れないんだ。ほら、剣もさやに入れられている時より、解き放たれた時の方が光り輝くじゃないか」


「なんのことやら……」


 アホみたいな会話を繰り広げていると、案の定、見張りオークに見つかった。


 人間の言葉、というかボケリア王国の公用語を話せるのはオークキングだけらしく、普通のオークの話し言葉はまったくわからない。

 でも多分、こんな感じだ。


《おい、あいつ、もしかしてオールバック・エルフじゃね?》


《マジじゃん。てか隣はカゲブンシンかよ》


《ボスに報告する? 先に俺たちで捕まえる?》


《でも、あいつらめっちゃ強いんじゃね?》


《確かに! ま、こんなところで暴れようとは思わんでしょ》


《オッケー。じゃあ捕まえるか》


 翻訳家としてのキャリアを考えてもいいかもしれない。

 オーク2体が最強パーティの2名を拘束しにきた。


 無論、ここは思いっきり暴れて――。


「待て、アキラ。僕に考えがある。このまま拘束されて、オークキングのところに案内してもらおう」


 オークに取り押さえられ、強力な縄で縛られる。


 抵抗はゼロ。

 クリスは一度何かを決めたら頑固なので、オレだけ暴れるわけにもいかない。


 それに、今回のアイディアは悪くない。下っ端オークたちはボスのところへオレたちを連れていくはずだ。

 オークキングと話したいこともあったし、おそらく救出対象の市民はオークキングのところにいる。


 雑に通路を引きずられ、オレとクリスは劇場内へと連れ込まれた。




 劇場にいる客はほとんどがオークだった。

 とはいえ、ちょこちょこヒューマンや獣人を見かけるので、あの広告チラシの効果はあったらしい。


 当然ながら、エルフはいなかった。

 高潔な種族であるエルフ。種族的に考えれば、エルフとオークは相性が悪い。


 というか、エルフはヒューマンや獣人すら軽蔑する傾向にある。だから人間社会には馴染まず、自分たちの街で静かに暮らしている。

 クリスはエルフの例外なのだ。


「そういえばクリスってハイエルフだったっけ?」


「……ああ、でも僕はエルフの街から逃げ出したからね。もうただのエルフだよ」


 クリスは元々、エルフの王族であるハイエルフだ。

 それだけ高い地位にいたのに、全てを捨ててボケリア王国の王都にやってきた。


 オークに引きずられながら、オレたちは呑気に会話している。なんという危機感のなさ。


「確か、最初会った時はもう少し不良っぽかったよな」


「僕が?」


「ほら、煙草たばこ吸ってたし、女遊びとかもしてたとかで――」


「それ以上は言わないでくれ。確かに煙草たばこは吸ってたよ。でも、女遊びはしてない」


「そうだっけ? なんか彼女がいるとか言ってたような……名前は確か、ローレライ……」


「それは事実だ。でもアキラと会った時には別れてたし、ローレライとは遊んでいたわけじゃない」


「それなりに真剣だったってことか」


 クリスはそれ以上口を開かなかった。

 彼は自分の過去を恥じているのか、なかなか言おうとはしない。


 これ以上言及したらさすがに可哀想かわいそうだし、これくらいにしておくか。




 オーク2体はバックステージっぽいところまでオレたちを引っ張った。


 そしてそこには、出演者オークを監督するオークキングの姿が。

 王座みたいな豪華な装飾のある椅子に座り、太い脚を組んでいる。身の丈2メートルくらいはあるので、こうして見ると迫力があるな。


 オークキングは素直に地面を引きずられているオレとクリスを見て、めっちゃ嬉しそうな顔をした。


「誰かと思えば、カゲブンシンとオールバック・エルフではないか! 我らが兵士に敗北し、ここまで来たということは……ないだろうな。お前たち強いし」


 イレギュラーズの強さはよくわかっているらしい。


「やけに素直に捕まったようだな。なぜだ?」


「僕たちの作戦だ。オークキングのいるところまで案内してもらおうということだよ」


 クリスも敵に作戦を言っちゃう性格タイプなのか。

 やっぱりアホだ。


「あのさ、あんたってオレたちのこと好きなのか? 毎回会いにくるし、オレたちの顔見て嬉しそうにしてない?」


 ずっと思っていたことを聞いてみる。


「バカなことを言うな! ワシがお前たちに好意など……いや、もしかしたらそうなのかもしれん。あれ……?」


 なんか困惑し始めたぞ。

 あごに手を当て、考える人みたいなポーズをするオークキング。ガチで考え始めた。


「……ワシはお前たちと友達になりたいのかもしれんな……というか、戦っても負けるだけだし……いつもワシのこと殺さないでいてくれる面白い遊び相手だし……」


 偉そうに組んでいた脚をほどき、オレたちの前に立つ。


「……ワシと友達になってくれ」


「おいおい、そう来るのかよ!」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 これまで敵対してきたわけだし、今回は市民に危害――という名のおもてなし――を加えようとしているわけだし……。


「もちろん構わない、オークキング。まずはこの拘束を解いて、市民を解放してくれないか?」


 我らが主導者リーダー、クリスはやっぱりいい奴だった。




 ***




「俺は市民の救出に向かう」


 ジャック、ランラン、シエナの3人もまた、一足遅れてオーク・オペラ座に到着した。


 移動手段は馬車。

 とはいえ、ジャックが魔力のエネルギーで動かすため、馬など初めから必要なかった。


 森の秘境にある劇場に感激を受けるランランと、不安そうに周囲を見回すシエナを放置して、ジャックはずかずかと入り口に進んでいく。


 アキラとクリスの侵入を許したことで入り口への警戒が高まったのか、20体以上のオークの兵士が劇場周囲を警備していた。


 小さく溜め息をつき、なにやら呪文を唱え始める魔術師ジャック

 それに気付いたオークたちが襲いかかるも、肉体戦もできるジャックの返り討ちに遭ってしまう。


 そして――。


ぜろ」


 大爆発が起こった。

 オークたちは吹っ飛び、地上に出たドームも粉々に砕け散る。


 煙の中を、涼しい顔で通り過ぎるジャック。余裕の表情のまま、地下に潜った。女性陣2人も彼に続く。


「派手な爆発でしたね。怖くてずっと隠れてました~」


「オークが可哀想かわいそうだよ」


 やはりイレギュラーズは規格外の集まりだった。

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