0002 レジェンド・オブ・イレギュラーズ

「今日の朝食は最高だね。誰が作ったんだい?」


「ジャックだ」


 市民が誘拐されていながらも、オレたちは本拠地であるレジェンド・オブ・イレギュラーズで優雅に朝食タイム。


 焦らない。

 慌てない。


 強者の集うパーティだからこそできることだ。


 クリスは朝食がやけに気に入ったらしく、目を見開いて味わっていた。

 ジャックが今日の料理担当だと告げると、イケメンの笑みを彼に向ける。


「隠し味に魔法でも仕込んでいるのか。僕にはわかるよ」


「隠し味なんてものはない。ただのトーストだ」


 ジャックが作ったのは本当にただのトーストだった。このトーストの美味しい点は、焼き加減が完璧なところ。

 魔術師ジャックは時間感覚が正確なので、焼き加減をミスることはない。


 彼は呆れた様子でクリスを見ると、淡々と言った。


「どう考えても朝食を楽しんでいる場合ではない。だいたい、お前が遅刻したせいでこうなった」


「言うね、ジャック。確かにこの失態は僕の責任だ。謝るよ」


「謝ることは誰にでもできる」


「そうだね。肝心なのはその後の行動だ。アキラから聞いた話だと、誘拐された市民は特別なおもてなしを受けるらしい。僕の考えとしては、彼女たちがそのもてなしを受けて満足したところで、僕たちが登場して無事に家に帰せばいい」


 完全にオークキングの言葉を信用した提案。

 まあ、ヤツの人柄――じゃなくてオーク柄――はなんとなくわかっているので、多分本当のことだろうと思うけど……イレギュラーズは街のヒーロー。


 少しでも早く助けに駆けつけた方がいいと思う。


 ランランはもう朝食を食べ終わってソファでゴロゴロしている。いかにも猫って感じだ。


 シエナは一口が小さいので、この中の誰よりも食べるのが遅い。

 ついでに言うと、彼女はめったに自分の意見を主張しない。常にマイペースだ。


「まあ、今回の件は戦犯のクリスに全責任があるってことで、自分で解決してきてくれ」


 正直ちょっとクリスにムカついているので、言ってやった。


 だがクリスの対応はスマートだ。


「その通りだ、アキラ。もしオークキングの居場所がわかるなら、今すぐにでも飛んでいきたいくらいだよ」


「そこはこう……空を飛び回って探ればいいだろ」


 なんかオレもアホみたいになってきた。

 このパーティの一員である時点で、アホなのは確定事項なんだけどな。


「お前はもう少しまともだと思っていた」


「ジャックにそんなこと言われたくないんだけど」


「ヤツの居場所の特定など簡単なことだ。王都に来るたびに、ヤツは自分のオペラ座の広告チラシをまき散らしていく。住所付きのチラシだ」


 ジャックが機械の右手で1枚のチラシを取り出す。


 なんか見覚えがあるチラシだと思っていたら……オークキングが毎回まき散らしてたやつか。


 そのチラシには『最高の劇場体験! 王都では味わえないオークの名優たちによるエンターテインメント!』というキャッチコピーと共に、『オーク・オペラ座』という場所の名前が住所と一緒に載せてあった。


 そしてなんと、『オークキングが暮らしている、最高の本拠地です!』と、今回の事件の答えまで書いてある。


 やっぱりオークキングはアホだが、それに気づかなかった自分もアホだな。


「クリスとアキラがこのオペラ座に潜入し、誘拐された市民を全員救い出して帰ってくる。以上」


 ジャックが勝手に作戦を決めてきた。

 しかも拒否権はない感じで。


 戦犯クリスはまだしも、なんでオレまで……。


「アキラはクリスのお目付け役だ。それに忍者だろ。潜入任務は得意だと思うが」


 確かに!

 そういえばオレ、忍者だった。


「わたしも行きたい」


「おっ――」


 珍しくシエナが主張する。

 クリスと2人きりでも別にいいけど、なんか派手にやらかしそうだし、監視役を増やした方がよさそうだな。


「それはやめておけ。潜入系の任務は人が多いほど失敗するリスクが高まる」


「……」


 シエナがしょぼんとしている。


 口数が少ないからこそ、こういった仕草で考えていることがわかるようになった。


「ジャックの作戦、気に入ったよ。とりあえず僕がアキラを運ぼう。飛んだ方がタイパ・・・がいい」




「あああぁぁぁあああぁぁぁ!」


 というわけで、オレは今、人生で初めて空を飛んでいる。


 クリスと出会ってだいたい1年。

 これまで彼に両脇を抱えられて空を飛んだ経験はなかった。


 感想としては、とにかく速いっていうこと。たまに虫が顔面に当たってくるし、気圧の影響のせいか息もしにくい。


 それに――。


「昼は苦手なんだぁぁぁあああ! やっぱり降ろしてくれぇぇぇえええ!」


 オレは能力的に昼が苦手だ。


 オレの所謂いわゆる超能力スーパーパワーは、月の光を浴びると超強くなってめっちゃ忍者っぽいことができるっていう限定的なもの。


 夜に本領を発揮するという中二病設定の19歳の男に、昼の太陽は眩しすぎる。しかもすごく暑い。


 この世界にはエアコンがない。本拠地のレジェンド・オブ・イレギュラーズでオレたちが快適に過ごせているのは、ジャックが常に冷房魔術を展開してくれているおかげだ。

 ジャック様様さまさま


 悲痛の叫びを聞き、地面に降ろしてくれるクリス。


「あー死にかけた」


「なるべくアキラの負担にならないように飛んだんだけど……」


「オレの体が貧弱で悪かったな」


「そういう意味で言ったわけじゃない。僕はただ――」


「別にいいって。クリスがいい奴なのはわかってる」


 普通にクリスは性格がいい。


 さすがは王都人気ナンバーワン勇者ヒーロー

 活動名がオールバック・エルフじゃなかったらもっと人気が出ただろうに。


「それなりに近くまで来たから、ここからは徒歩で行こうか」


「それには賛成だな」


「ギリギリまで空を飛んでいたら警戒される可能性もあった。もしかして、アキラはそれに気づいて……」


「いや、普通に気持ち悪かっただけだ。勝手にオレをすごい奴にしないでくれ」


 危ない。

 とんでもない誤解をされるところだった。




 ***




 アキラとクリスが出た後のレジェンド・オブ・イレギュラーズ本部は、絶妙な静寂に包まれていた。


 ジャックとシエナは基本的に無口なので、何も話すことがない。

 そしてランランはまだソファでゴロゴロしている。


 シュールな時間が経過する。


 ジャックの頭の中には、クリスには任せておけないという心配が高まっていた。自分で提案し、問題が起きないようにアキラを同行させたわけだが……どうも落ち着かない。


 シエナも同じで、本当は自分も潜入任務に就きたかった。

 彼らは強すぎるがゆえに、暇なのだ。


「ふわぁー。あれれ、アキラさんとクリスさんはどこに行ったんですか?」


 アホ毛をぴょこんとしならせながら、ランランが食堂ダイニングに戻ってきた。


 レジェンド・オブ・イレギュラーズは広い。


 政府から無償で支給された最強のパーティのための施設は、1階に広大なグランドホール、食堂とキッチン。2階にはメンバーそれぞれの部屋。地下には訓練場と研究施設、倉庫。中庭と露天風呂もあって、最高に充実している。


「2人は任務中だ。しばらく帰ってこないだろう」


「あー、それってアレですよね。市民が誘拐されたっていう」


「場所はオーク・オペラ座。オークキングの本拠地で――」


「え、今、オペラ座って言いました? あたし、ずっと劇場とか行きたいなーって思ってたんですよ~。そうだ! シエナさん、一緒に行きませんか?」


「わたし?」


 いきなり名前を呼ばれ、ビクッと反応するシエナ。

 しかし、オペラ座に行きたいのは彼女も同じだ。


 監視人ジャックの様子をチラチラと確認しながら、慎重に頷く。


「わたしも行こうかな……」


 ここでジャックが深い溜め息をついた。結局はこうなるとわかっていたような溜め息だった。


「俺も行く。お前たちは2人で劇でも見ているといい」


「にゃーい。あたし、絶対迷子になるので離れないでくださいね、シエナさん。方向音痴には自信があるんですよ」


 ランランは迷子の猫ストレイキャット

 方向音痴を極めているので、どこに行っても必ず迷子になる。


 ジャックの溜め息がまた増えた。

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