第33話 エレナ③
手をのばす。今ならお前に触れられる気がする、エレナ。
前を見て、窓に映った俺は――。
ああ、どうりで落下が遅いわけだ。ピシッと姿勢よく落ちる俺は、エレナに抱きしめられていた。
理論はわからない、でも納得できてしまう。そうだろ?
「エレナ」
呼んでみる。
「エレナ、エレナ」
返事はない。そのかわり、さらに強い力で俺を抱えた。
だんだんとスピードが落ちていくなかで、語りかける。
「エレナ、ごめん。本当はわかってたんだよ。
バニシング・ツインって、亡くなったほうの子どもは基本、もう片方じゃなくて母体に吸収されるんだ。俺がお前のなにか一部を持ってるわけじゃない。いろんな本やサイトを無我夢中で読み漁ってたから、それくらい知ってた。
でも、信じていたかったんだ。毎日にこんなに色がないのは、片割れがいないせいだって。
だから無理にでも話しかけた。この気持ちの裏付けがほしかった。キョーダイの存在に、自分を正当化したかった。さみしさを埋めてほしかった。
もういいよ、エレナ。俺は死ぬべくして死ぬ。最後に、ちらっと姿を見れてよかった」
ひょうひょうと風が鳴った。
いつの間にか、エレナはいなくなっていた。窓ガラスを凝視するヒマもないほど、流れる空気が速くなる。
エレナ、と唇を動かした。ありがとうをなぞった。
あいつが泣いてる気がする。思い上がりかな、でもいいや。ありがちな話じゃないか。幸せな顔で死ぬなんざ。
風の音がびょうびょうに変わった。ははあ、もうすぐ終わりだな。
アゴを上げた。ちょうど、人魚が身をひるがえして海に飛び込むような姿勢で、固いかたい終着点を受けとめた。
かくして、俺は死んだ。
結果的に、客観的に見れば、俺はただの救いのない人生を終えたかわいそうな少年だ。
生きるのに飽き、ビルから落下することを選んだ若者。
それでも、たとえ他の誰にもわからなくても俺のなかには、10秒にも満たない落下時間のうち、エレナと過ごした一瞬がある。
〈The End.〉
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