第11話 雨と石
ぽつり。
神様のつぶやきが空から降ってきたみたいに、雨粒がひとつ、花びらに落ちる。重みに揺れた花壇のパンジーは「何かしら?」と首をかしげるように身体を傾けて、雨粒を土に逃がした。
白レンガ風の外壁を指でなぞる。人工物だ、と思った。
この妙なツルツル感、摩擦を否定するかのように滑らかに加工されたニセモノのレンガ。天然ものに近づけようと凹凸を作ろうとした努力は、指の腹の浮き沈みでわかるけれど、この壁は決して皮膚をひっかいたりしないし、熱くも冷たくもならない。
なんて寂しいのだろう。
そんなことを考えているうちに、雨足が強まってきた。ニセモノのレンガから手を離した。すぐ横の窓には雨が打ちつけている。
風が、もっと強くなればいい。この壁が雨に汚れればいい。掃除を怠った風呂場の鏡のように頑固な痕を残して、この店に来る人たちから嫌われればいいのに。
入り口へ向かった。木目調の扉は開け放たれていて、店内の穏やかな BGM を表通りに垂れ流している。
店内の装飾は白で統一され、ところどころに木材が見える。丸いテーブルにかけられたアイボリーのクロスは床にはつかず、中途半端な高さでエアコンの風にさらされていた。
絞首刑の現場でも見ているかのような気分だ。
店員のひとりが出迎えるように近づいてきて、ぎょっと目を見開いた。お客様、タオルをお持ちしましょうかと問うので、断った。
平気です、雨の中をぼうっとしていただけです。
水滴を遠慮なく店の床に落としながら、店内を見渡した。奥のテーブルに、その人はいた。
焦げ茶色のジレの下に清潔そうな白いカットソーを着て、頬杖をつきながら窓の外を眺めている。何かを待つように、誰かを探しているように。
不釣り合いなほど大きなテーラーハットの下で、幸福そうな頬は薄く色づいていた。
その人がこちらを向いた。目が合う。ゆっくりと帽子を脱ぐ。
蛇の髪を持つその人に見初められ、世界はもうじき石と化す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます