第41話 ちゅーしながら

「月乃ちゃんのお家には一緒に行くからね。夜分遅くに行くんだから、ちゃんと挨拶しないと」


 運転しながら、お母さんがしっかりとした口調で言った。

 いつもなら絶対、パジャマ姿で他人に会おうとはしないのに。


「……うん」


 暖房の効いた車内は温かくて、それだけで泣きそうになる。

 当たり前のように思っていたお母さんの優しさで、こんなに泣ける日がくるなんて想像もしていなかった。





 インターフォンを鳴らすと、すぐに月乃が出てきた。

 ひま、と喜びかけた月乃の顔が、背後のお母さんを見て青ざめる。


「あっ、あの……」

「月乃ちゃん。寝ていたら申し訳ないんだけど、おばあさん、呼んでもらえる?」

「……はい」


 玄関に入り、扉を閉める。月乃が部屋に消えてすぐ、寝起きの芳江さんがやってきた。


「月乃の部屋行こ」

「で、でも……」


 月乃は泣きそうな顔でお母さん達を見ている。私もお母さんが芳江さんとなにを話すのかは少し気になるけど、それより今は早く月乃と二人きりになりたい。

 それにたぶん、大人には大人の話があるだろうから。


「大丈夫。心配しないで」


 お母さんは結局私に甘いから。その言葉は、きっと月乃に向けるのは酷な言葉なのだろう。

 月乃と手を繋いで階段を上がる。部屋で二人きりになった瞬間、ひま、と月乃に抱き締められた。


「……きてくれてありがとう。私、ひまに会いたかった」

「うん」

「悲しくて、どうしたらいいか分からなくて、苦しくて……とにかくひまに、会いたくなったの。ごめん、ごめんなさい」

「謝らないで。私だって月乃に会いたかったんだよ?」


 ぎゅっと抱き締めて、月乃の背中を撫でる。そのままベッドに腰を下ろした。

 枕カバーにシミができているのは、さっきまで月乃がそこで泣いていたからだろう。


「本当にごめん。私、ひまの負担になりたくないの。私、ちゃんと、ひまと対等になりたくて……だから、お母さんともちゃんと、ちゃんと話さなきゃって……」

「ありがとう、月乃」


 月乃にとって、お母さんと話すのはきっとすごく辛かったはず。でも月乃は、私のために頑張ってくれた。

 私と一緒にいたいって、月乃もたくさん思ってくれたんだ。


「なにかあったら、いつでも私に言って。こうやってすぐ会いにくるから。できることは少ないかもしれないけど……絶対絶対、月乃の傍にいるから」


 私はまだ子供で、月乃のお母さんの代わりに月乃を保護してあげることはできない。月乃のお母さんと代わりに話をすることもできない。

 だけどいつだって、月乃の手を繋いで、月乃を抱き締めることはできる。


「大丈夫。私がいて、月乃がいて……私達、相思相愛だもん。幸せな未来以外、待ってるわけなくない?」


 月乃、と名前を呼んでキスをする。まずは額に。それから鼻先に。そして頬に。最後に唇に。


 月乃の母親代わりになんてなるつもりはない。でも、母親から愛されなかった分も含めて、これから先はたくさん月乃に愛を伝えてあげたい。

 心から幸せだって、月乃に感じてほしいから。


「……してほしいことがあったら、なんでも言って」

「……もう一回、キスしてほしい」


 頷くよりも先に唇をもらう。何度も何度も、角度を変えてキスをする。

 月乃の悲しみは全部私が食べて、愛情だけを注げたらいいのに。


「迷惑かけてごめん」

「謝らないで。迷惑なんかじゃないし、仮に迷惑だとしても、そういうのかけ合うのだって、きっと恋人でしょ?」


 もちろん、一般的な恋人の関係なんて知らない。知るつもりもない。

 私の恋人はこれからもずっと、月乃だけでいいもん。


「月乃がもう嫌だ! って言うまで、こうしてずっと月乃にキスしてあげる」

「……ひま」

「ほら、もう一回。ちゅー!」


 キスを数えきれないほど繰り返すと、月乃がようやく笑ってくれた。


「……それだと私達、一生キスし続けることになっちゃうよ」

「それでもいいよ。私、月乃とキスするの好きだもん」

「……私も」


 今度は、月乃からキスしてくれた。おかえしのキスをしながら、ゆっくりと月乃をベッドに押し倒す。


「月乃。今日は一緒に、ちゅーしながら寝よ?」


 居間でお母さんと芳江さんがどんな話をしているのか、お母さんがこの後家に帰るのかも分からない。

 分かんないけど、それはきっと全部、二人に任せていいことだ。


「……うん」


 頷いた月乃に、私はまたキスをした。

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