第41話 ちゅーしながら
「月乃ちゃんのお家には一緒に行くからね。夜分遅くに行くんだから、ちゃんと挨拶しないと」
運転しながら、お母さんがしっかりとした口調で言った。
いつもなら絶対、パジャマ姿で他人に会おうとはしないのに。
「……うん」
暖房の効いた車内は温かくて、それだけで泣きそうになる。
当たり前のように思っていたお母さんの優しさで、こんなに泣ける日がくるなんて想像もしていなかった。
◆
インターフォンを鳴らすと、すぐに月乃が出てきた。
ひま、と喜びかけた月乃の顔が、背後のお母さんを見て青ざめる。
「あっ、あの……」
「月乃ちゃん。寝ていたら申し訳ないんだけど、おばあさん、呼んでもらえる?」
「……はい」
玄関に入り、扉を閉める。月乃が部屋に消えてすぐ、寝起きの芳江さんがやってきた。
「月乃の部屋行こ」
「で、でも……」
月乃は泣きそうな顔でお母さん達を見ている。私もお母さんが芳江さんとなにを話すのかは少し気になるけど、それより今は早く月乃と二人きりになりたい。
それにたぶん、大人には大人の話があるだろうから。
「大丈夫。心配しないで」
お母さんは結局私に甘いから。その言葉は、きっと月乃に向けるのは酷な言葉なのだろう。
月乃と手を繋いで階段を上がる。部屋で二人きりになった瞬間、ひま、と月乃に抱き締められた。
「……きてくれてありがとう。私、ひまに会いたかった」
「うん」
「悲しくて、どうしたらいいか分からなくて、苦しくて……とにかくひまに、会いたくなったの。ごめん、ごめんなさい」
「謝らないで。私だって月乃に会いたかったんだよ?」
ぎゅっと抱き締めて、月乃の背中を撫でる。そのままベッドに腰を下ろした。
枕カバーにシミができているのは、さっきまで月乃がそこで泣いていたからだろう。
「本当にごめん。私、ひまの負担になりたくないの。私、ちゃんと、ひまと対等になりたくて……だから、お母さんともちゃんと、ちゃんと話さなきゃって……」
「ありがとう、月乃」
月乃にとって、お母さんと話すのはきっとすごく辛かったはず。でも月乃は、私のために頑張ってくれた。
私と一緒にいたいって、月乃もたくさん思ってくれたんだ。
「なにかあったら、いつでも私に言って。こうやってすぐ会いにくるから。できることは少ないかもしれないけど……絶対絶対、月乃の傍にいるから」
私はまだ子供で、月乃のお母さんの代わりに月乃を保護してあげることはできない。月乃のお母さんと代わりに話をすることもできない。
だけどいつだって、月乃の手を繋いで、月乃を抱き締めることはできる。
「大丈夫。私がいて、月乃がいて……私達、相思相愛だもん。幸せな未来以外、待ってるわけなくない?」
月乃、と名前を呼んでキスをする。まずは額に。それから鼻先に。そして頬に。最後に唇に。
月乃の母親代わりになんてなるつもりはない。でも、母親から愛されなかった分も含めて、これから先はたくさん月乃に愛を伝えてあげたい。
心から幸せだって、月乃に感じてほしいから。
「……してほしいことがあったら、なんでも言って」
「……もう一回、キスしてほしい」
頷くよりも先に唇をもらう。何度も何度も、角度を変えてキスをする。
月乃の悲しみは全部私が食べて、愛情だけを注げたらいいのに。
「迷惑かけてごめん」
「謝らないで。迷惑なんかじゃないし、仮に迷惑だとしても、そういうのかけ合うのだって、きっと恋人でしょ?」
もちろん、一般的な恋人の関係なんて知らない。知るつもりもない。
私の恋人はこれからもずっと、月乃だけでいいもん。
「月乃がもう嫌だ! って言うまで、こうしてずっと月乃にキスしてあげる」
「……ひま」
「ほら、もう一回。ちゅー!」
キスを数えきれないほど繰り返すと、月乃がようやく笑ってくれた。
「……それだと私達、一生キスし続けることになっちゃうよ」
「それでもいいよ。私、月乃とキスするの好きだもん」
「……私も」
今度は、月乃からキスしてくれた。おかえしのキスをしながら、ゆっくりと月乃をベッドに押し倒す。
「月乃。今日は一緒に、ちゅーしながら寝よ?」
居間でお母さんと芳江さんがどんな話をしているのか、お母さんがこの後家に帰るのかも分からない。
分かんないけど、それはきっと全部、二人に任せていいことだ。
「……うん」
頷いた月乃に、私はまたキスをした。
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