第38話 浮かれた恋人らしく

 月乃の言葉を聞いてすぐ、なにかを考えるよりも先に、私は月乃を抱き締めていた。


「月乃っ!」


 ガタガタとゴンドラが揺れる。でも、そんなことに構ってはいられない。


「なる! 絶対なる! 私、月乃の恋人になりたい!」


 思いが通じ合って、だけど、私達の関係性についてはちゃんと話せてなくて。

 そんな曖昧な状況を、月乃から破ってくれるなんて思っていなかった。


「ありがとう、月乃」


 抱き締める腕に力を込める。月乃は、痛い、なんて言わなかった。代わりに私の背中にそっと腕を回してくれる。


「……私、ひまが恋人になってくれたら、強くなれる気がしたの」

「月乃……」

「強くなって、私、ひまと一緒に幸せになりたいの」


 月乃はゆっくりと私から距離をとった。私の頬を両手で挟み、ひま、と柔らかく笑う。

 その笑顔は、今まで見た月乃の笑顔の中で、一番穏やかなものだった。


「大好き」


 月乃の顔がゆっくりと近づいてくる。目は閉じない。

 二度目のキスは味がしなかった。だけど幸せがあふれて、心も身体も温かくなっていく。

 呼吸が苦しくなるほど長いキスの後、月乃の唇が離れる。物足りなくなって手を伸ばすと、月乃がゴンドラの外を指差した。


「もうすぐ地上につくの。だから、もう一回乗らない?」





 結局私達は、五回も繰り返して観覧車に乗った。観覧車のスタッフ達には少し怪しまれてしまったかもしれない。

 観覧車を下りる頃にはすっかり昼時になっていたから、私達はそのままレストランへ向かうことにした。

 遊園地内にあるレストランではキャラクターにちなんだメニュー等が販売されているのだ。


「ちょっと待つけどいいよね?」


 月乃に確認をとった後、受付用紙に名前を書く。レストラン前の椅子に座った瞬間、なぜか気恥ずかしさがこみ上げてきた。


 私、観覧車の中で月乃とキスしたんだよね。

 一回や二回じゃなくて、何回も。


 思い出すと月乃の顔が見れなくなってしまう。けれど気になって何度も横顔を盗み見ていると、月乃がくすくすと笑った。


「ひま、挙動不審」

「だって……」

「だって?」


 楽しそうに笑った月乃が、広げたメニュー表の下でそっと手を繋いでくる。

 こんなに積極的だったっけ!? と混乱する私を見て、月乃はまた楽しそうに笑った。


 からかわれてる気がするけど、月乃が楽しそうだからいいか。


「月乃、なに食べるの?」

「せっかくだからモモメロのメニューにしようかと思ってたんだけど、あんまりそそられなくて悩んでる」


 月乃が指差したのは『モモメロのお花畑カレー』というメニューだ。カレーは黄緑色に着色され、ピンク色に着色された具材が花のように散らばっている。

 可愛らしいメニューだとは思うものの、食欲がそそられる見た目ではない。


「やっぱり、普通のメニューが美味しそうじゃない?」

「……月乃の言う通りだと思う」


 キャラクターモチーフのメニュー以外だと、普通にとんかつ定食や焼き魚定食やオムライスなど、美味しそうなメニューもいくつかある。


 せっかくだからっていうのはあるけど、美味しいご飯は食べたいよね。


「ひまは決めた?」

「とんかつ定食かなあ」


 そういえば最近、とんかつは食べていない気がする。そう言うと、確かに、と月乃も頷いた。


 最近の私達、ほとんど一緒の物ばかり食べてるもんね。


 身体の中身が食べた物で構成されるのなら、私と月乃の中身は今、限りなく近いのかもしれない。





「今日、すっごい楽しかった!」


 遊園地を出てもすぐにカチューシャを外してしまうのがもったいなくて、つけたままバス停へ向かう。

 冬は日が沈むのが早いから、18時過ぎでも夜みたいだ。


「……ひま」

「ん? なーに?」


 月乃の声が急に硬くなった気がして、慌てて立ち止まる。月乃は名残惜しそうにゆっくりとカチューシャを外すと、ぎこちえない笑みを浮かべた。


「つ、次は、暖かくなったら、また一緒にきたい……な」


 これは紛れもなく、未来の約束で。

 きっと、勇気を出した月乃の言葉で。


 私は気持ちを言葉にするのがあんまり得意じゃないから、こういう時、どう答えていいか分からなくなる。分からなくなって結局、真っ直ぐな言葉だけをぶつけてしまう。


「絶対行く! 春も夏も、来年の冬も、全部全部一緒に行こう!」


 月乃が一歩踏み出してくれた。私の手をぎゅっと掴んでくれた。

 私だって絶対、月乃の手を離したりしない。


「……うん。絶対、約束」


 小指同士を絡める。目を合わせた私達は、浮かれた恋人らしくキスをした。

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