第17話(月乃視点)大切な人

 折り畳み式の椅子に座って、グラウンドの様子を眺める。正直サッカーのルールなんて分からないから、どっちが優勢なのかはよく分からない。


 でも、さっき飛鳥さんがゴールを決めて1対0になったし、今のところは勝ってるよね。


 飛鳥さんとは昔、何度も顔を合わせている。

 ひまの家へ行くことが多かったからだ。飛鳥さんはいつもサッカーの練習へ出かけていて、一緒に遊ぶことはあまりなかったけれど。


 仲のいい姉や友達。そしてたっぷりと愛情を注いでくれる両親。

 ひまは魅力的な子だから、ひまの周りにはいつだってたくさんの人がいる。


「行けー! 眞衣、走れ、眞衣ー!」


 ひまの椅子だってあるのに、ひまは途中から立ち上がって応援を始めた。試合を見ながら食べようと開封したポテトチップスには、ほとんどひまは手をつけていない。


「あっ、やった! 眞衣、頑張れ!」


 眞衣さんにボールが回ると、ひまは大はしゃぎで飛び跳ねた。ぴょんぴょんと揺れるサイドテールが可愛い。


 今日の私は、ひまの隣に立ってても変じゃない女の子になれてるかな。


 朝からずっと、そのことが気になってしまう。

 ひまは私を可愛いって言ってくれるけど、ひまの方がずっと可愛いし、ひまの周りには私なんかより素敵な女の子がいっぱいいるから。


 ひまは私のことを好きだと言ってくれるし、私を可愛いって褒めてくれる。

 だけどきっといつか、ひまは気づくだろう。私がただのつまらない女になっちゃったってことに。


 お願い、神様。

 できるだけ長い間、ひまが真実に気づきませんように。


 深呼吸をし、ポテトチップスを鞄にしまって立ち上がる。

 ボールはまだ、眞衣さんの足元にあった。


「……頑張れ!」


 自分なりに、精一杯の大声を出す。周囲の歓声に聞こえて、きっと眞衣さんには届かなかった。

 だけどひまは、笑顔で私の方を見てくれた。


「月乃の気持ち、絶対眞衣に届いたよ!」

「……届いてるといいな」

「届いてる! 眞衣、月乃も応援してるんだから、絶対点獲れーっ!」


 ひまの声は大きいから、きっと眞衣さんにも応援は届いただろう。

 相手チームの人を振り切って、眞衣さんがゴールに向かって走り始めた。

 それでもまた他の人が眞衣さんに向かってくる。眞衣さんは思いっきりボールを蹴った。


 ホイッスルの音が響く。

 眞衣さんの蹴ったボールが、相手ゴールのネットを揺らしていた。


「やったっ! 眞衣! すごい! 天才! やったーっ!」


 ひまは何度も飛び跳ね、全身で喜びを表現している。こんなに一生懸命友達のことを応援できて、友達の成功を喜べるひまが眩しい。


 私、ひまのこういうところも好きなんだ。


 他人のことを全力で応援したり、一人でいる子がいたら明るく声をかけてあげたり。

 ひまがいるだけで場が明るくなる、まさに太陽みたいな女の子。


 ……なのに私は、そんなひまを好ましく思う反面、いつも思ってた。

 ひまが私だけを見てくれるようになったらいいのに、って。





 試合は4対2で終わった。飛鳥さんのチームの勝利で、眞衣さんも最後までグラウンドに立っていた。


「よかったぁ……。ね、月乃!」

「うん」

「あ! そういえば全然お菓子食べてないじゃん! 後で一緒に食べようねっ!」

「うん」


 ひまは本当に毎日、朝から晩まで一緒にいてくれる。

 バイトもずっと休んで、他の友達とも遊びに行かないで。


 私が可哀想だからかもしれない。でも、それでもいいから、やっぱりひまと一緒にいたい。


「そうだ。お姉ちゃんが月乃と喋りたいって言ってて……」

「え?」


 ひまが手招きすると、駆け足で飛鳥さんがやってきた。その後ろには眞衣さんもいる。


「お姉ちゃん! 眞衣! 月乃だよ。可愛いでしょ!」

「なんでアンタが得意げなの。月乃ちゃん、久しぶり。覚えてる?」


 にかっ、と歯を見せて飛鳥さんが爽やかに笑った。大量に汗をかいているのに、全く嫌な臭いがしない。


「おっ、お久しぶりです、飛鳥さん……!」

「そんなに固くならなくていいって。私からしたら、月乃ちゃんって妹みたいなもんだし」

「ちょっとお姉ちゃん! 気が早いってば!」

「そう?」


 あはは、と笑うと、飛鳥さんは眞衣さんの手をぐいっと引いた。


「で、こっちが眞衣。日葵の友達で、私のチームメイト」

「飛鳥さんの一番弟子です!」


 すかさず眞衣さんが叫んだ。

 以前駅ビルで会った琴音さんとはタイプが全く違う。元気いっぱいなところが少しひまと似ていて、仲良くしている様子が簡単に頭に浮かんだ。


「これ、いっつも言うの。眞衣ってば私のこと大好きなんだよね」

「はい! 飛鳥さんのこと大好きです!」


 きらきらと瞳を輝かせ、飛鳥さん! と騒ぐ様子はまるで大型犬みたいだ。ひまもにこにこと笑っているから、きっといつものことなんだろう。


「月乃ちゃん、どうだった? 試合、退屈じゃなかった?」

「い、いえ! 楽しかったです。その、ルールとかはあんまり分かってないので、上手く楽しめたかは分からないんですけど……」

「楽しむに上手いも下手もないって。月乃ちゃんが楽しいって思ってくれたなら、それが全部じゃん」


 ばしばし、と飛鳥さんに背中を叩かれた。かなり痛い。

 だけど、お母さんに叩かれる時とは全く違う。


「飛鳥さん、そろそろ監督のところに戻らないと」

「あ、確かに。月乃ちゃん、バタバタしちゃってごめんね!」


 慌てて飛鳥さん達は走り出した。でも途中で眞衣さんが止まって、くるりとこちらを振り返る。


「月乃ちゃーん! 今度またゆっくり喋ろ! 日葵の友達ってことは、もう私の友達みたいなもんだからね!」


 すごい。なんていうか……あの二人、圧倒的に陽キャって感じがする。


「ごめんね、月乃。二人、結構うるさくて」

「ううん、その、話せて嬉しかったよ。どっちも、日葵の大切な人だから」


 どちらも私と気が合うかは分からないけれど、いい人だと思う。ひまの周りにいい人がいるのはやっぱり嬉しい。


 優しいひまには、いつだって優しさに包まれていてほしい。


「うん。大切なお姉ちゃんと、大切な友達。でもね」


 ひまは急に私の手を握って、太陽よりも眩しい笑みを浮かべた。


「私の一番大切な人は、月乃だからね!」

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