第16話 月乃の声なら
「月乃、どれが食べたい?」
近所のスーパーのお菓子コーナーには大量のお菓子が並んでいる。
私にとっては珍しい光景ではないのだけれど、月乃は楽しそうだ。
東京のスーパーって小さいところが多いって言うし、珍しいのかな。
「日葵はいつも、応援の時はなにを食べるの?」
「場所にもよるけど、こういうのかな」
ポテトチップスを指差すと、なるほど、と月乃が頷いた。
「これとかどう!? 九州しょうゆ味! 東京には売ってないんだよね?」
「確かに見たことないかも。お菓子自体、あんまり食べられないんだけど」
無意識なのだろうけれど『食べられない』という言葉に悲しくなる。
家にお菓子があって好きなだけ食べられるのは当たり前じゃないんだ。
「一緒に食べようよ、ねっ!?」
「……うん」
「あとはチョコレート系もどう!? 後はなんだろ、クッキーとか!?」
目についたお菓子を全部買い物かごに放り込んでいくと、月乃がくすくすと笑った。
「そんなに食べたら太っちゃうよ」
「ちょっとくらい太ったっていいじゃん、月乃は! 私はまあ……その、あれなんだけど」
私はお姉ちゃんと違って帰宅部だし、体育の授業くらいでしか運動はしない。
だからこう……わりと……特に最近はやばい。
だって月乃にいっぱい食べさせようと思ったら、私まで食べちゃうんだもん!
「私、太ってるかなあ?」
「そんなことないよ。ちょうどいいと思う」
「ちょうどいいってなに!?」
なんだか急に体型が気になってきて、服の上から腹の肉をつまんでみる。
これ、つまめちゃったのがまずくない!?
「日葵。気にしなくて大丈夫」
「……月乃に言われてもなあ……」
「これも食べようよ」
月乃は少しだけ背伸びをして、一番上の棚にあったチョコ付きのポテトチップスに手を伸ばした。
美味しいけれど、とびきりカロリーが高いやつだ。
「私、日葵がいっぱい食べてるのを見るの、好きなの」
「……そうなの?」
「うん。ご飯とかおかわりしてるの見ると、なんか、嬉しくなる」
月乃がこう言ってくれるならもう、食べるしかない。
太った分は身体を動かして痩せればいいんだし。うん、そう。絶対そう!
「分かった。今日はもう、とことん食べ尽くしちゃおっ!」
◆
練習試合とはいえ、既にそれなりの数の客が集まっている。
ちょくちょく『飛鳥先輩』という単語が聞こえてくるのはいつも通りだ。
「……飛鳥さん、すごいね」
「ね。私、知らない人からもお姉ちゃん紹介してとか言われるもん」
お姉ちゃんは明るいけど、忙しいから交友関係がそれほど広いわけじゃない。だから私が高校に入学した当初は、さんざんお姉ちゃんの連絡先をくれと迫られたものだ。
「あ、お姉ちゃんいた!」
フェンス越しにグラウンドを覗き込む。左端のベンチに、ユニフォーム姿のお姉ちゃんが見えた。
やっぱり身体引き締まってるよね……腹筋も割れてるし。
「日葵に似てるね」
「えっ、そう? あんまり似てないと思うんだけど」
「目はあんまり似てないけど、鼻と輪郭は似てる」
「そうかなあ……?」
自分の顔もお姉ちゃんの顔も毎日見ているから、似ていると言われてもピンとこない。
まあでも、悪い気分じゃないのは確かだ。
「同じチームに、眞衣さんって日葵の友達もいるんだよね?」
「うん。眞衣はねー……あの子! お姉ちゃんの隣にいる、ポニーテールの子!」
眞衣はお姉ちゃんの真横で、なにやら真剣に話している様子だ。遠目には細かい表情までは見えないけれど、緊張しているのはなんとなく分かる。
なんとかベンチ入りはできたみたいだけど、スタメンに選ばれるのは初めてだもんね。
「眞衣! 頑張れー!」
全力で叫ぶと、眞衣が振り向いて大きく手を振ってくれた。その横で、『私は!?』とお姉ちゃんが自分の顔を指差している。
「お姉ちゃんも頑張って!」
満足そうに頷くと、任せておけ、と言わんばかりにお姉ちゃんが拳を突き出してきた。そんなお姉ちゃんの横で、さすがです! と眞衣が叫んでいる。
「……日葵はすごいね」
「え? なにが?」
「……大声で応援できるの。私は、大きい声を出すのは苦手だから」
「元から声が大きいだけだよ。だから月乃を応援する時も、とびっきりの大声で応援してあげる!」
「そんな機会、あるかな」
「あるでしょ! いくらでも!」
あるといいな、と月乃が小さい声で呟いた。
なんでもいい。なんでもいいから、月乃のことを応援したい。
「……体育祭とか、一緒に出られたらいいのに」
つい口にしてしまった後、声に出すべき言葉じゃなかった、と反省する。
案の定、月乃が気まずそうな顔になってしまった。
「月乃」
気を取り直して、月乃の手をぎゅっと握る。周りの目が気になったのか、月乃はきょろきょろと周囲を見回した。
「私は月乃の声なら、どんなに小さくても絶対聞こえると思う。だから安心して」
「……うん」
「私の名前、いつでも呼んでね」
応援する時だけじゃなくて、辛い時でも、悲しい時でも。
どこでも駆けつけるから、なんて言えない子供だ。だけど、一番に月乃の声を聞きたい。
「試合、そろそろ始まるみたいだよ。応援、一緒に頑張ろうね!」
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