足跡の先に
蒼天庭球
第1話 曇っていたのは空なのか
「今日で、辞めさせていただきます」
「わかった」
このやり取りで、俺の最後の夏が終わった。小学校の時から続けてきた野球を俺は今日、やめた。
━4月のことだった。1年生が入部し、3年は最後の夏に向けて取り組んでいた時のことだった。辞めると言った時、監督なら少しは引き止めてくれるかなとか、抱いていた淡い期待は、あっけなく崩れ去った。
「わかった」
たった一言告げた監督は、その後俺には見向きもせず、ただ黙ってグラウンドを眺めていた。試合が1ヶ月後に迫ったどんよりとした曇りの日だった。
野球がしたかった。もう一度、試合に出たかった。思うようにできなくてイラついた日もあった。監督に怒られて、落ち込んだ日もあった。
それでも、諦めなかった。諦めたくなかった。でも、現実は残酷で頑張ればどうにかなる少年マンガのようにはなれなかった。
同級生にも、後輩にもなにも言わなかった。ただ黙ってRibbonのグループを抜けた。この時間なら、きっと練習終わりまで誰も気づかない。
みんなが練習の準備をしている間に、誰もいないのを確認してこっそり部室に入った。この古めかしい汗くさい部室にも、もう来ることはない。いつからあるのか、誰が置いたのかわからないプロテインも見ることはない。
「こんなはずじゃなかったんだけどな…」
理想の自分はこんなはずじゃなかった。
「どっから、おかしくなっちまったんだろうな…」
自分でもよくわからないモヤモヤが溢れ出る。
それが涙にならないように、部室に置いたままの荷物とバックに一緒に押し込んだ。
外からは、バットでボールを打つが聞こえた。
正直、ちょっぴり羨ましかった。
「先輩、辞めるんですか?」
部室に置いてあった荷物を持って帰る途中で、後輩の
泣きそうな目でこっちをみてくる。
「なんでそう思った?」
焦りが顔にでないようにしながら聞き返す。
「…さっき、グループ抜けたのみました」
ポツリと小さな声で、俯いたまま吉倉は答えた。
「そっか」
そう返すのでやっとだった。
「辞めるんですよね…」
さっきよりも、泣きそうな声が返ってくる。その言葉は、最初よりも確信を持った問いだった。
誰にもバレない予定だった。少なくとも、今日の部活の終わりまでは。想定外だった。こんなことは。
それでも、1番可愛がっていたこいつになら、教えてもいいと思えた。
「そうだよ、ごめんな
自分よりも10センチほど小さい後輩の頭を撫でる。洸太は、俯いたまま顔をあげなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます