第3話 新しい職場へ



 女の子は「わかりました」と言って、あっさりと辺境伯様から離れると、廊下の端に寄った。


(何……その絶妙な距離?)


 部屋から数歩離れた廊下の端。

 私の危険センサーが『あの子の側に居た方がいい』と言っている。


「こちらが執務室です。どうぞ……」


 私はどちらかというと、女の子寄りの場所に立って「恐れ入ります」と答えた。

 そして辺境伯様が扉を開けて中に入ると、ガタガタバタバタ、ガシャ―ンという、とても執務室に入った時に聞こえる音ではない音が聞こえた。


「お父様!! 大丈夫ですか!?」


 女の子の方が先に動いたので、私も慌てて女の子を追いかけて扉の前に立って唖然とした。


(うわ~~~~)


 目の前には書類や資料の海と言っても過言ではない壮大な風景が見えた。

 そして私はこの光景を見た瞬間に悟った。


(うん。この状況で……仕事、終わるわけないよね……)


「あなた、早くお父様を助けなさいよ!!」


 女の子に睨まれて、ようやく意識を戻すと、書類の海の下に男性の足だけが見えていた。


――本日、二度目の事件だ。


 私は荷物を廊下に置くと全体を見渡して、雪崩に関係しない場所に当たりを付けた。


「私がなんとかしますので、本当に下がっていた方がいいですよ? 危ないので」


 私の瞳が本気だったから、女の子が一瞬たじろいで私を見た。


「そう。じゃあ、頼んだわよ!! お兄様たちも今は忙しいの!! あなたにここは任せたわ!!」


 そう言って女の子は階段を降りて行った。


(ああ、なるほど……あの子……こういう時の見張りだったんだ……)


 私は女の子が付いて来た理由に納得した後に、先ほどの女の子の気になる言葉を思い出した。


(お兄様たち? 他にもご兄弟がいらっしゃるのかな??)


 私は首を傾けながら雪崩を起こした書類を次々に廊下に運び出した。

 そして執務室前の廊下にズラリと書類が整列した頃……

 

「ああ。助けて頂いてありがとうございます」


 ようやく辺境伯様は無事に書類の海から救出され、照れた笑顔でお礼を言ってくれたのだった。

 そんな伯爵様の顔を見た後に、私は汚れた窓のから見える空を見ながら目を細めた。


(……室長……書類お届けするの、遅くなりそうです……)


 ちなみに、辺境伯様と一緒に埋もれた私の荷物は……無事だった。

 私は辺境伯様を無事に救出した後に彼に向かって言った。


「辺境伯様、先に書類整理をしませんか?」


 すると辺境伯様は困ったように言った。


「私のことはギルベルトと呼んで下さい。まだその呼び方に慣れないので……そして……整理……したいのは山々なのですが、わからないことがある度に過去の書類を探して……ということを繰り返していたら……よくわからなくなりまして……」

 

(うん、そうだろうと思った!!)


 私はほとんど表情の抜け落ちた顔で言った。


「手伝いますので、一緒に整理しましょう。この状態では……仕事になりません」


「そうですね……ありがとうございます」


 ギルベルト様は私よりもずっと身分は上だが、とても謙虚だった。

 

(なんだか……憎めないな……)


「それではまずは、全ての書類を廊下に出しましょう」


「はい」


 私はまずは到着した日に、全ての書類を廊下に出すという結構な重労働な仕事をしたのだった。





「これで全部ですね!」


 私たちは二人で全ての書類を廊下に出すという作業を終えた。


「うわ~~凄い量だな……」


 ギルベルト様が書類の山を眺めながら言った。

 すると、誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。私が階段に視線を向けると、先ほどの女の子よりも少し大きい男の子が薪を持って階段を上って来た。もしかしたら、彼が先ほどの女の子が言っていたお兄様なのかもしれない。

 そして、廊下を見ながら言った。


「うわっ!! 書類の山!! 何これ……」


 そこまで言って、こちらを見て目が合った。そして、驚いたように目を見開いた後に声をあげた。


「え? 夜這い!?」


 私はあまりにもこの場に相応しくない言葉が飛び出したので、一瞬何を言われたのかわからなかった。


(ヨバイ? え……と、ヨバイ? ……あっ!! 夜這い!?)


 そしてようやく言葉の意味を理解して困惑した。すると隣で、辺境伯様が困ったように言った。


「ん~~まだ夜じゃないよ?」


「そういう問題ですか!? こんな小さな子がどうしてそんな言葉を!?」


 私が戸惑っていると、男の子が答えてくれた。


「砦のみんなが言ってるよ」


 砦に多くに騎士や兵士がいる。そういう話になることもあるだろう。だが……


(教育上よくない……)

 

 私は急いで自己紹介をすることにした。




 

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