第5章:嵐の中のナイトと、最初の味方

 VTuber「ルナ・セレス」は、順調に人気を伸ばしていた。高橋さんの的確すぎるサポートのおかげで、企画は面白いように当たり、チャンネル登録者数はあっという間に7万人を超えた。

 嬉しい。すごく嬉しい。でも、光が強くなれば、影もまた濃くなるものらしい。


 人気が上がるにつれて、今まで見かけなかった類のコメントが増え始めたのだ。


 《なんか最近、あざとくない?》

 《男に媚びてる感じが無理》

 《声だけはいいけど中身空っぽだよな》

 《こいつ、裏に男いるだろ絶対》


 それは、鉛のように重く、鋭い棘を持った言葉たちだった。分かってる。有名になれば、アンチはつきものだって。気にしちゃいけないって、頭では分かってる。

 でも、私の心は、そんなに強くなかった。


 その日の配信は、弾き語りがメインだった。でも、歌っている間も、粘着質なアンチコメントが目に入ってきて、どうしても集中できない。指が震えて、ギターのコードを間違えてしまう。


「ご、ごめんね。もう一回……」

 気丈に振る舞おうとするけれど、声が、自分でも分かるくらい震えていた。

 コメント欄がざわつく。

 《ルナ様、大丈夫?》

 《アンチはスルーでいこう!》

 ファンのみんなが庇ってくれるけれど、アンチの攻撃は止まらない。むしろ、私が動揺しているのを見て、面白がっているようだった。


 《泣いてんの?w》

 《図星かよ》


 もう、ダメだった。視界が滲んで、画面がよく見えない。歌うどころか、言葉を発することすらできなくなってしまった。配信事故だ。どうしよう。どうしよう。

 パニックになった私の耳に、スーパーチャットが投下されたことを告げる、華やかな通知音が響いた。


 画面いっぱいに広がる、虹色のコメント。

 送り主は、もちろん「K」さんだった。


【K:ルナ様はいつも真摯に僕らと向き合ってくれている。その優しさや頑張りを理解できない心ない言葉に、耳を貸す必要なんて一切ない。あなたの歌声に、言葉に、救われている人間がここにいる。僕らがついてる。だから、顔を上げて】


 それは、いつもの彼らしい、冷静で、でも誰よりも熱い、長文のメッセージだった。

 その言葉が、まるで魔法みたいに、荒れ狂っていたコメント欄の空気を一変させた。


 《Kニキ、ナイスパ!》

 《そうだそうだ!》

 《俺たちがルナ様を守る!》

 《アンチは帰れ!》


 Kさんの言葉に、他のリスナーさんたちが次々に同調してくれた。温かい応援コメントが、あっという間にアンチコメントを押し流していく。

 私は、画面の前でボロボロと涙をこぼしながら、なんとか声を絞り出した。


「み、みんな……ありがとう……! 本当に、ありがとう……!」


 その日の配信は、それでなんとか乗り切ることができた。


 翌日。私は当然のように、会社で落ち込んでいた。目の下にはうっすらとクマができている。パソコンの画面を見ていても、昨日の辛い言葉がフラッシュバックしてきて、全然仕事が手につかない。


 すると、すっと隣から手が伸びてきて、私のデスクに栄養ドリンクが置かれた。

 見上げると、そこには心配そうな顔をした高橋さんが立っていた。


「……昨日は、大変でしたね」


 周りに聞こえないように、小さな声で彼が言う。

 そのたった一言の優しさが、ささくれだった私の心にじわっと沁み渡った。

「高橋さん……きのうは、ありがとうございました。Kさんのコメントがなかったら、私、本当にダメでした」

「いえ。俺は、当たり前のことをしただけです」


 彼はそう言って、少しだけ眉を寄せた。

「何かあったら、俺に言ってください。ああいう誹謗中傷は、場合によっては法的な措置も取れます。そのための証拠集めや手続きも、俺ができることはありますから」


 仕事の話をするかのように、淡々と、しかし力強く彼は言った。

 その時、私ははっきりと理解した。

 この人は、ただのファンじゃない。私を、佐藤葵という人間を、本気で守ろうとしてくれる「味方」なんだって。


「……はい」


 私は、彼の顔をまっすぐ見て頷いた。

 目の前の氷の貴公子と、昨夜、嵐の中から私を救い出してくれたナイトの姿が、ようやく、はっきりと一つに重なった気がした。

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