第20話 赤い瞳の王女様
ラコナンナの話を、お茶を飲みながら聞いたおっさんは、「うーん」と首を傾げた。
「おかしな話だな」
地下迷宮ブブルを出発した死者の葬列が王都を目指していたのは間違いなかった。そして、死者どもが王都に到着しようとする直前、エメラルド騎士団に彼らは討伐された。
「だとすると、オリハルコンは王宮が手に入れたということになるね。何のために?」
おっさんは半眼になって考え込む。
「普通に考えたら、魔族を討伐するための聖剣の素材として使用するためだと思えるけど、王宮が聖剣を作っているという話は聞かない。また、王宮から依頼を受けて聖剣を作っているという刀鍛冶の話も聞かないなぁ」
お茶を一口ずずっと啜ったおっさんは、井戸茶碗を畳の上にとんと置く。
「それはそうと」
きちんと正座していたヤミヒがつらそうに口を開いた。
「この座り方、足が痺れるんでやめてもいい?」
もちろんおっさんの許可なんぞ待たずに、ヤミヒもラコナンナも足を崩す。
「いいけど」
事後承諾したおっさんは渋い顔をする。
「だが、ラコナンナ君。スカートであぐらかくのはどうかと思うぞ」
「そういうの、男尊女卑です」
「え? そうなの?」
心底驚いたおっさんに、ヤミヒは構わず続ける。
「王宮には優秀な死靈術師がいる。遠く離れた地の死体を立ち上がらせ、決められた命令に従って王都まで移動させている。おそらく、ブブルの最下層に書き込まれた術式が、自ら発動して死靈術を実行しているに違いない。これは、人間業じゃない」
「それって、魔族ってこと?」
ラコナンナが驚いて首を伸ばす。
「それも高位の」
ヤミヒがうなずいた。
「でも、死者の葬列を、エメラルド騎士団が出撃して討伐したわけだろ?」
お茶をさらにひとくち啜っておっさんが問う。
「あ、冷めないうちに飲みなよ」
「え、この苦い飲み物を飲めってか?」
一口飲んでそれっきり手も触れないラコナンナは抗議する。
「その苦さを楽しむのがお茶なんだって。もう、子供だなぁ」
「あたしの口には合いません。こういうの、きっと女子ウケしないですよ」
「女子の価値観を世界の真理みたいに尊ぶな。女尊男卑だ」
「女がいなかったら、おっさんはこの世に生まれてこなかった」
「男がいなかったら、ラコナンナ君もこの世に生まれてこなかった」
「ねえ」
二人の不毛な論争にヤミヒが水を差した。
「お腹減らない?」
「ああ、そうだ」
思い出したようにおっさんが膝を打つ。
「そろそろ昼飯にしようか」
おっさんが裏の料理屋から、海鮮丼を出前でとってくれた。
御膳の上に、丼とお漬物と汁椀がのっている。丼の蓋をとると、中から山盛りの魚の刺身が飛び出してくる。
「うおー、美味しそう」
すっかり忘れていた空腹を思い出したラコナンナは、垂れそうになるよだれをあわてて手の甲で拭う。
「うわぁ、なんですか? このピンクの魚?」
「そりゃ、ハマチだね」
「じゃ、こっちのツートンカラーは?」
「それはカツオ」
「こっちの青い皮のやつは?」
「しめ鯖だろうね」
「うわ、黄色い魚までいる! もしかして熱帯魚!?」
「それは卵焼き」
「この緑色の生クリームは?」
ラコナンナはおっさんの説明を待たずに一口箸ですくって舐めた。
「それはワサビというものだ」
「ふにゃーーーーーーーーー」
大泣きしたラコナンナがはっと隣を見ると、ヤミヒは狡猾にもワサビを取り除いて蓋の上に投棄していた。
「ときに、おっさん。さっきの話だけど」
なんとか復活したラコナンナは、涙声で口を開いた。
「エメラルド騎士団が、死者の葬列を討伐したって話。あれ、たぶん討伐したんじゃなくて、オリハルコンを手に入れるためだと思うよ。だって、あいつら、死体の山を積み上げた荷馬車を、めっちゃ厳重に警護していたから。あれ絶対死者の体内にオリハルコンがあるって知ってる態度だよ」
酢飯をかっこんでいたおっさんは、上目遣いにラコナンナを確認し、その信ぴょう性を測る。どうやら、ラコナンナが嘘をついたり、話を露骨に盛っているわけではないと判断したようだ。
おっさんはうなずいた。
「とすると、なに? オリハルコン入手にエメラルド騎士団が一枚噛んでるってこと?」
「そうだと思う。あいつらって、王国最強の騎士団なんだよね?」
「まあ、最強って言えば、最強だけど」
おっさんは一度箸を置いて、腕組みする。
「そもそもエメラルド騎士団っていうのは、王女付きのいわば近衛兵団で、すなわちエリート中のエリートだ。近衛兵団は王女が生まれたときに、現王によって設立され、のちにエメラルド騎士団と改名された。結果として、現在は王国最強の騎士団となっているね。そのエメラルド騎士団が動いているということは……」
「王女様が、黒幕?」
ラコナンナはごくりと唾を飲み込む。
「いや」
おっさんは生姜をたっぷりのせたカツオの刺し身を口に放り込んだ。
カツオ独特の旨味と生姜の爽やかさに目を細めながら、大きくひとつ頷く。
「このカツオは脂がのっていて美味しいな。これだけ生姜をのせても旨味が負けない。ここにさらに
「いや、食レポはあとにして、王女様黒幕説の続きを」
「あ、そうだった」
どうやら思い出したらしい。ここで茗荷なんか食べたら、さらに物忘れが激しくなりそうだから、やめるべきだ。
「その王女様なんだけど、すでに死んでいるのでは?という都市伝説というか王都伝説が、最近ではまことしやかに囁かれているね」
「王女様が、……死んでいる?」
ラコナンナは目をパチクリさせた。
「へー、そうなんだ」
「噂だよ。ただ、かつては公式の行事にも顔を出していた王女は、ここ何年も国民のまえに姿を現していない。毎年聖剣祭には必ず式辞を述べていたんだが、それも今はない」
「おっさんは、王女様を見たことあるの? やっぱ、凄い美人?」
「おお。美人だぞ。金色の髪に、ルビーのように赤い瞳が、まるで宝石のような輝きだった。昔、師匠について聖剣祭に参加したときに、王城内のバルコニーに立つお姿を拝謁したわけだが、あの美しさには感動したなぁ」
「赤い瞳?」
横からヤミヒが低い声で指摘する。
「そうだ。王女は珍しい赤い瞳の持ち主だ」
「サレジナさん、みたいな?」
ラコナンナの無邪気な問いに、おっさんは得たりと口元を釣り上げる。
「そうだ。サレジナさんみたいな赤い瞳を、サラレジーナ王女もお持ちだった」
「え……? サラレジーナ……王女? それって」
ラコナンナは言葉を次ぐことができない。
「似てるね。瓜二つだよ。サレジナさんとサラレジーナ王女は。最初見た時、内心びっくりした」
おっさんはいつになく真剣な表情だ。
「だが、謎もある。サラレジーナ王女の瞳はエメラルド色、すなわち翠だという。だが、俺が見た王女様はルビーのように赤い瞳の麗人だった」
「つまり、
ヤミヒが言葉を挟む。
が、おっさんは首を傾げるだけ。否定も肯定もしない。
「ときに、ラコナンナ君とヤミヒちゃんは、これからどうしたい? つまり、サレジナさんを助け出したとして、そのあと、三人でどうしたいの?」
「あたしは……」
改めて訊かれて、ラコナンナは考え込んだ。
隣のヤミヒが問うようにこちらを向く。
「あたしは」
ラコナンナは決意し、拳を握りしめた。
「サレジナさんを助け出して、三人で遠くの北方諸国まで逃げて、そこで傭兵を続けたい。まだまだ世界には魔物や魔族が溢れているし、あいつらに苦しめられている人たちも多い。そんな人達を少しでも救いたい。サレジナさんと、ヤミヒと、三人で」
「そうか」
おっさんはあっさり頷いた。
「じゃあ、サレジナさんを助けに行こう。ただし、サレジナさんがこの王都で、何かやらなきゃならないことがあるならば、それを手伝う必要がある。そこに決着がつかないと、きっとサレジナさんは王都を去ることが出来ない。ラコナンナ君たちといっしょに、北方諸国には行ってくれないと思うよ」
「わかった」
ラコナンナはうなずき、意志を確認するようにヤミヒを振り返る。小柄な死靈術師は力強くうなずく。
「でも、おっさん。サレジナさんを助けるって、どうするの? たぶんサレジナさんは王宮に囚われていると思うけど……」
「ああ、それはだなぁ」
おっさんはにやりと笑って顎をこすると、びしりと壁を指差した。
「あれを利用しよう」
そこには先ほどラコナンナが見ていた「聖剣祭」のポスターが貼られていた。
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