第2話 デビューへ向けて~2

  Side-藍


 ごめんらん君、どうしても体調が悪くて辛いから、掃除当番今日だけかわってくれない?今日はゴミも少なくてすぐ終わると思うから、お願い!



 そう言われて、断る間もなく帰ってしまったクラスメイトの代わりの掃除当番をこなしていたら、同期兼同級生の簪瑚さんごに叱られてしまった。

 

「ゴミが少ないって言ってたけど、この量は多いって……やっぱり、やりたくないからって嘘を吐かれたのかなぁ。そんな人には思えないんだけど……」

「なぁにぼーっとぼやいてんの、階段踏み外すよ」

「え?って、わっ、うわぁ!」


 残り二段。比較的段差の低い階段ではあるけれど、段差は段差だ。思いっきり足を踏み外し、体が後ろにのけぞって、そのままずるりと滑り落ちた。したたかに打った背中と、段を踏み外して二段分滑った足の裏がじんじんと痛む。


「ほら、言わんこっちゃない」

「いっててて……あ、那金なかな。ちょうどよかった、あのね」

「掃除当番なんでしょ?見たら分かるよ。超特急で済ませれば間に合うかもしれないし、無駄足踏んでないで早く行ってきて」

「えっ、あ、分かった!」


 階段を滑り落ちた先には、呆れ顔の那金がいた。藍が現在の事情を説明しようとすれば、彼女はすべてわかっているという顔をしてひらひらと片手を振る。

 確かに、とにかく早くに終わらせるのが重要だ。

 何か盛大に勘違いされているような気もするけれど、那金にはまた改めて謝罪しようと誓って、藍は一年棟とゴミ捨て場への最短ルートにある残りの階段を駆け下りた。


 ――――


  Side-簪瑚さんご


「教室の方は終わったし、藍の分まで荷物を纏めておきましょうか」

「おっけー。ふぅ……時間、結構巻けたね」

「普段一人でする作業を三人で分担したからね。……あ、そうだ。簪瑚は先に那金と誠を回収して駐車場に行っておいてくれない?らんが戻ってきてから全員で動き出すより、そっちの方が効率いいから」

「はーい、了解」


 藍にゴミ出しを頼んでからそう経たないうちに、教室内の掃除がすべておわった。藍のクラスは綺麗好きが多いのか、そこまで汚れていなかったからだ。

 これが簪瑚のクラスになると、どこかしらにペンやインクなどなにかしらの汚れが付着しているのだから、不思議なものである。


 元々、すぐに出られるように自分の荷物は纏めておいたから、あとは教室をでて那金と誠を迎えに行けばいい。

 もしかしたら、誠を迎えに行く途中で藍に出会うかもしれないから、その時にもう教室の掃除は終わったことと、万努花が待っているから早めに戻って駐車場に来るように伝えればいい。


「じゃあ、先行くね。藍に会ったら、なるはやで戻ってくるよう伝えるよ」

「あんまり急かす様なこと言わなくていいよ。急がせたらあの子最悪ケガするもん。今センターに怪我されるのは困るし、ね?」

「それもそっか。じゃあ怪我しないように早く行け~って伝えとくよ。じゃね、また車で」

「うん、また後で」


 ひらひらと手を振る万努花に、簪瑚も手を振り返す。教室をでて最初に向かうのは、二年棟だ。

 Holiday Partyに所属しているメンバーのうち、高校生は五人。うち三人は簪瑚を含めた三年生で、残り二人はそれぞれ二年生の宮崎那金、一年生の福沢誠となる。


 二人とも、簪瑚よりはるかに長いキャリアを積みあげてきたベテランだ。那金は事務所移籍組だし、誠は大御所俳優の一人息子として育ち、赤ちゃんモデルから子役の道を切り開いた芸能界のサラブレッドというやつだ。

 誠は幼い頃から芸能界にいるのに変に拗れてなくて、まっすぐ純粋なところがあるかわいい年下なのである。


「あ、那金ー!」


 そんな風に考えていると、三年棟と二年棟の間で待ちぼうけている那金が視界に入った。校則どおりのスカート丈に、きっちりブレザーを着込んでいるのに髪色は少し明るくて奇抜だから分かりやすい。

 名前を呼べば、下を向いて渡り廊下の何かを観察していたらしい彼女はむくっと顔を上げて、ゆらゆらと手を振った。そういえば、筋肉痛であんまり腕を上げたくないんだったっけ。

 

「……簪瑚じゃん、早かったね。さっきらんとすれ違ったけど、藍って今日掃除当番だったんでしょ?行ってくれたら手伝いに行ったのに」

「あー、違くて。藍、クラスメイトに掃除当番押し付けられたみたいでね。あの子、優しすぎる子だから上手く断り切れなかったみたいで」

「あね、なるほど。藍らしいね」


 合流してから、少し早歩きで廊下を進んで階段を降りる。その間にどうして三年組が遅れているのかの事情を話せば、那金はそういうことかと早々に納得していた。理解が早くて大変助かる。


「そういえば、簪瑚が来たってことはもう駐車場行くんだよね?掃除は終わったの?」 

「うん、終わってるよ。入れ違いになっちゃうとまずいから、万努花が教室で藍の事待ってて、私が那金と誠を先に回収して駐車場に先に行っておこうってことになったんだ。そっちのほうが手間かからないし、時間も巻けそうってことで」

「そういうことなのね。個々の性格を伸ばして活かす方針のオーカワなら、そういう事情で学生が遅れてもあんまり怒られなさそうだけど……違うの?」

「違うんだなぁ、これが。……あ、誠!ストップ!」

「えっ!?」


 一年棟に入り、誠が待っているであろう一年棟芸能コースの教室へ向かおうとしたまさにその時だった。そわそわとした様子の誠が一年棟から駐車場やゴミ捨て場がある外へ向かおうとしていたのだ。さすがに先に行かせて一人で待たせる訳にもいかなくて慌てて呼び止めると、誠は猫のようにびくりと体を跳ね上げて、次いで声をした方を振り向いた。呼び止めてきたのがメンバーだと分かったとたん、誠はほっとしたように深く息をついた。

 

「って、なんだぁ、簪瑚と那金じゃない。二人とも遅いよ~」

「ごめんね、ちょっとイレギュラーが起きちゃって」

「藍が掃除当番変わってあげたんでしょ?とっても申し訳なさそうにしてて可哀想だったよ。芸能コースの人間なら、みんな放課後に何かしら用事があるんだから無理に代わってって言う必要ないのにね」

「一年でもわかってんのにほんっとあいつ絶対許さないんだから。……とりあえず、私と那金と誠は先に駐車場に降りておくよ。万努花と藍は後からちゃんと来るから心配しないでね。じゃ、行きましょうか」

「はーい」



 ――――


  Side-那金


「遅れるかもしれないと連絡がきたときはどうなるかと思いましたよ。間に合ってくれてよかったです。藍くんは以後気を付けてくださいね、本格的に活動を再開した後に同じようなトラブルが起こったら、グループ全体に影響しますから」

「はい、以後気を付けます……」

「まぁまぁ、藍も反省してるし、これ以上の小言は辞めてやってくれよグッチー。萎縮はパフォーマンス低下の原因にもなるしさ」


 簪瑚が迎えにきて、三人で駐車場に降りてすぐ、木口さんが運転する迎えの車が入ってきた。直前にゴミ捨て場からダッシュで出てきた藍には簪瑚からなにか言伝があったみたいだけど、さすがにその内容までは聞き取れなかった。簪瑚と藍は同級生名だけじゃなく、Holiday Partyへの加入同期でもあるから、なんだか特別な絆があるように見える。

 

 那金は以前所属していた事務所、オーロラエンターテイメントがマネジメント業務を終了することをきっかけにO-KAWApromotionに移籍している。HolidayPartyの加入同期である輝舟は前の事務所との契約が終了することがきっかけでO-KAWApromotionに入所しているから、なんとなく話が合わない部分も多く、深いところで理解しあえていない気がしていた。

 だからこそ、グループでは先輩となる彼らの関係を羨ましく思ってしまうこともあった。


(ま、私たち四期は加入して半年も経ってないし、しょうがないところではあるんだけどね)


 なんて、心の中でひとりごちる。自嘲的な感情はやはりどうしたって湧いて出てしまうものだが、アイドルという人前に立つ仕事に就いている以上、ネガティヴな感情を表に出す行為は避けなければならない。後ろ暗い気持ちを抱いていることを誰にも気が付かれないように、那金は下がり気味になっていた口角をすこしだけ引き上げた。


(しっかりしなさい、宮崎 那金みやざき なかな。私は今アイドルなの。大手事務所に所属する、アイドルグループの一員……私の表情一つで、メンバーの足を引っ張ることだってあるんだから)


 那金はアイドルを志してこの業界に入ったわけではない。けれど、ラジオMCなど対談形式の仕事を貰うことが多かったから、アイドルと接する機会もまた多かった。少し疲れて無表情になってしまったその一瞬を抜き出されて不仲説が噴出し、結果人気を失い解散してきたグループもあった。


(HolidayPartyに、そんな道は歩ませない。絶対今より売れて、もっとたくさんの人を元気に、笑顔にするアイドルになるんだから。クヨクヨしてる暇なんて、私達にはもうないのよ」


 ――――

 Side-誠


「では、本日のレッスン内容を説明します」


 Holiday Part専用のレッスン室に到着して、準備体操と声出しを終わらせて、いよいよレッスンが始まろうかとしていた。

 レッスンの流れを説明しているのは、PROJECT_party-partyから六学年アイドル制度『AURA』への移籍が決まった時にHoliday Party担当になったマネージャーの橋口はしぐち衣奈えなで、その後ろではHoliday Partyを結成当初から支えているチーフマネージャーの木口きぐち理央りおが控えている。


 移籍して最初に立つコンサート『入学式』に向けてのレッスンが始まってからよく見るようになった前方の光景だ。樹里叶や柚唯が外仕事でどうしてもレッスンに参加できないときは木口もいないことが多いのだけれど、基本的には二人そろってレッスンを見守ってくれている。


「……そして、今日は平日なので、虎音ちゃんが夕方からの合流になります。虎音ちゃんが合流する前にセトリを通す流れになった場合は、被せ用の音源を流す形で対応するので、今日のレッスンでは不在メンバーのパートをカバーしないようお願いします。以上説明でした、何か気になる点はありますか?」

「ありません」

「私もないです」

「はい、ありがとうございます。では、最初のボーカルレッスンが始まるまでは水分補給を含めて10分間休憩してください。今日もよろしくおねがいします」

『お願いします!』


 一通りのレッスン内容説明が終わったあと、つかの間の休憩に入る。Holiday Partyにはやる気に満ち溢れたメンバーが多く在籍しており、休憩時間が中々少ない。Holiday Partyに入ってからアイドル活動を始めた誠はこれが通常だとおもっていたけれど、加入前は六学年アイドル制度『AURA』の候補生としてトレーニングを積んでいた庄吏曰く、ここまでストップがかからないレッスンは珍しいとのことだった。

 元々体力のない誠にはなかなかの苦行だったものの、三年も続けていれば流石に慣れても来るものだ。夕方にはなくなっていそうな、まだ重たい一リットル水筒を傾けながら、先ほど説明されたスケジュールを反芻する。


(ボーカルレッスンの後、少し休憩を挟んでダンスレッスン。虎ちゃんが合流するかしないかくらいで、今度のライブのセトリの通し……だったよね。虎ちゃんは合流前にちょっとウォーミングアップするのかな?急に動くと怪我しちゃうから、急ぎすぎなくていいんだよーって伝えておかないとな。元々候補生だったし、その辺は僕よりも分かっていそうではあるけど……)


 三期生である虎音が加入してくるまで、誠はHoliday Partyの最年少だった。最年少時代にメンバーから気遣われた事を虎音にもやってあげたくて、虎音が学業関連で遅れたり欠席することがあれば、少しでも追いつきやすくなるようにまとめたメモを送ったりもしている。中学生から活動しているメンバーは多数いるけれど、当時の苦労を骨身に刻み込んでいるのは、現時点では誠だけだ。活動に関わらない学業面でサポートできる範囲は、なるべくカバーしてあげたかった。


「とりあえず、ボーカルレッスンには間に合わないだろうし、ユニゾンの注意点とか纏めておこう。僕も復習できるしね」



 ――――

 Side-虎音

 

 ホームルームが終わり、クラスの空気が緩んだタイミングで、虎音は急いで教室から飛び出して裏門へと向かう。


 O-KAWApromotionに入所し、候補生から数えて活動四年目となる今年は、六学年アイドル制度『AURA』の候補生に選抜された三年前以上に環境が大きく変化していた。

 まず大きいのが、グループのプロジェクト移籍だ。Holiday PartyはPROJECT_party-partyの立ち上げと共に結成されたグループだが、プロジェクトの運営改変により、四月から六学年アイドル制度『AURA』に移籍することになったのだ。

 そしてもう一つの変化。それは、受験生になったことである。

 虎音が現在通っている中学校は公立校で、今まで入学試験を受けた経験がない。一応、進学先は事務所が提携している高校に決まっているのだが、入学後のクラス分けのために入学試験を受けることになっている。点数が既定の点数に届かなければ、いくら提携校と言っても容赦なく落とされるそうなので、きちんと勉強してなるべくいい点数を取らなければならないのだ。

 今のところ学業面で困ったところはないのだが、 いかんせん学年制はPROJECT_Party-Partyに比べると稼働率が高く、活動と並行しながらどれだけ勉強に力を入れられるかが不透明なのだ。


 やるしかない。のだが、見通しが立て辛く体力の配分が難しい。

 それが、現在虎音の悩みの種だった。


(学業も芸能も、どっちもおろそかにしない……それがお父さんとの約束だし、未来みきちゃんとの約束でもある。挫けないよう、頑張らないと)


 駐車場に駆け込めば、見慣れたナンバーの車が止まっている。運転席には、虎音がHoliday Partyに加入した時からよくしてくれているマネージャーが座っていた。


「すみません、遅くなりました……」

「いや、大丈夫ですよ。むしろ、想定よりとても速かったくらいです。飲み物は持っていますか?」

「大丈夫です、持ってます」

「ならよかった。ひとまず水分を摂って、息を整えてくださいね」

「はい」


 後部座席に滑り込めば、マネージャーの木口は優しい笑顔を浮かべて虎音を迎え入れてくれた。スクールバックから水筒を取り出して飲み、走ったために乾いた喉を潤す。

 体力は同年代の中ではあるほうだ。早くに息が収まったのを確認して、木口は車を発進させた。もちろん、虎音がきちんとシートベルトをつけたことを確認して。


「レッスンは途中合流になりますが、前回から新しい要素は増えていません。虎音はまず別室で準備体操と声出しをしてから、レッスン室に入ってください」

「分かりました」

「それから、新曲の音杷のパートですが、いくつか虎音に担当してもらうことになりました。少しキーが低いですが、虎音なら大丈夫でしょう。歌詞割はまた到着してから渡しますから、目を通しておいてください」

「了解です」


 パートが、増えた。じくじく痛む胸を必死で無視しながら、虎音は何ともないような顔を務めて作って返事を返した。




 

 そうだ。移籍も受験も凌駕するような変化が、虎音の周りでは起きているのだった。

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