『入学式』編

第1話 デビューへ向けて~1

 Side-庄吏


  移籍に伴い、使用できるレッスン室の場所も変わった。本来なら十二人で使うはずのレッスン室に慣れるには、まだ時間がかかりそうだ。うっすら残る冷たい空気に身震いをして、Holiday Partyのリーダー、黒巻庄吏くろまきしょうりはやっと位置を覚えた電気スイッチを押した。


 まだ、メンバーは揃っていない。高校どころか、中学校すら卒業していないメンバーがいる以上、平日の朝から全員そろってレッスンを始めるのはなかなか難しい。それでも、昼を過ぎれば全員揃うのだ。それまでに、新しい振りやポジションを頭に叩き込まなくてはならない。移籍後初のステージまで、残り数週間を切っているのだから。


「おはようございます……あれ、庄吏もう来てたの?随分早いね」

「あぁ、おはよう良透。そんなに早くもないよ、僕もさっきついたばかりだからね」


 荷物を降ろして、ストレッチのためにヨガマットを準備し始めたころ、もう一人メンバーがやってきた。最年長組の一人、二束良透にたばりょうとである。

 

「そうなんだ。ぼくは振りの確認の為に早く来たんだけど、庄吏はなにするの?」

「振りの確認と、全体のフォーメーションを完璧に頭に入れておきたくて。学生組はもちろんだけど、柚唯と樹里叶はモデルの仕事があるし、輝舟は経験者だけどホリパに入ってからの日も浅くてグループとして動くことに慣れていないだろうから、なるべくフォローに入れるようにしておきたくてね」


 リーダーを引き継いだときから、ずっと頭の中においていた考えだ。

 Holiday Partyは、事務所の中で最も人数の多いグループだ。結成して三年経つとはいえ、AURAとは違う形態の大所帯グループのサポートに四苦八苦しているスタッフは多くいる。

 グループに一番長くいて、最年長かつリーダーを任された庄吏だからこそできるサポートを行うことで、若いメンバーが多いHolidayPartyをより活動しやすいグループにしたいのだ。

 

「流石リーダー。ぼくにもそのフォロー、手伝わせてよ」

「ありがとう、助かるよ。じゃあ、まずはストレッチから一緒にやろう。良透は体が硬くて柔軟も大変だろうしね」

「超助かる~流石リーダ~」

「おだてても何もださないよ」

「ちぇ、ケチ」

「ケチで結構」

 

 ――――――


  Side-輝舟


 レッスンは昼からだが、まだまだ詰め切れていないところがたくさんある。学業に励む年少者たちの足を引っ張らないためにも自主練はかかせない。


 そう考えた山村輝舟やまむらきふねは、まだ時間には早いがHoliday Party専用のレッスン室へと足を向けていた。

 前事務所に所属していたころ、輝舟は殆どの時間をソロアイドルとして過ごしていた。“大人”の都合でスケジュールが決まっていたから、誰かと合わせて動くのは研修生時代の経験しかない。

 そして、当時と圧倒的に違うのは、自身がグループの中でも年長者の類に入る点だ。

 O-KAWApromotionでも同じことだが、アイドルグループの研修生への加入は十代前半の年頃であることが多い。輝舟も当然のように、中学生で研修生になっていた。

 

 研修生として加入したグループに正規メンバーとして昇格することなくソロデビューし、結果が奮わず契約終了。当時はまだ十七歳だった。

 到底やりきったと言い難かったし、もっとアイドルとして活動していたかった輝舟は、実力があることを示すためにスカウトを待つことなくO-KAWApromotionのオーディションを受け、結果ソロアイドルの経歴を買われてHoliday Partyに加入することになった。

 

 一度手元から離れながらも、もう一度掴めたチャンスだ。ふいにしたくはない。

 

(力みすぎたら、それはそれでいけないことなんだけど……やっぱり、どうしても体が硬くなっちゃうな。練習前からプレッシャーに負けてたら、どうにもならないのにね)


 自嘲気味な思考が過る。ソロアイドルとしての実績は確実に積んできたけれど、大人数で活動していくことに対する自信を持ち切れていなかったのだ。環境が変わるとは、それだけ大きな事なのである。


「ダメダメ、こんな後ろ向きな姿勢でいたら、それがパフォーマンスにも出ちゃうんだから。みんなの足を引っ張らないよう頑張らないと」


 人前に出る職業柄、顔も商品の1つだ。腫らさない程度の力加減で、輝舟は自身の頬をパンっと叩いた。


「よし……おはようございます!……って、あれ?庄吏くんと良透くん?」

「おはよう輝舟。早かったね」


 レッスン室の扉を開けてすぐ輝舟の目に入ってきたのは、柔軟の姿勢で固まっている最年長組でリーダーの庄吏と、二期生の良透だった。Holiday Partyの中でもしっかり者である二人もことだ。レッスン開始前に自主練をするつもりだったのかもしれない。

 

「輝舟も自主練?」

「う、うん。みんなの足を引っ張りたくはないから」


 やっぱりそうだった。輝舟は少し落ち込んだ。

 かなり気合を入れて早めに来たつもりだったのに、先輩にすべての先を越されてしまっていたのが悔しかったし、自分以外にも自主練を行うメンバーがいる想定も出来ていなかったことを突き付けられたように思ってしまったからだ。

 落ち込んでいることに気が付いたのか、庄吏は輝舟に優しく笑いかけた。

 

「いい心がけだね。僕ら年長組が輝舟みたいに意欲的な姿勢でいれば、下の子たちはきっと安心してくれるよ、自信を持って」

「う、うん。ありがとう」

「いえいえ。あ、それと、来て早々悪いんだけど柔軟手伝ってくれない?良透の身体が硬くってさ、中々進まないんだよね」

「ごめーん、お願いできる?」


 庄吏から背中を押されて柔軟をしていた良透が申し訳なさそうな声を上げる。顔を輝舟の方に向けないあたり、今でもかなりがんばっているほうらしい。

 

「大丈夫だけど……ちょっと待ってて、着替えとかしなくちゃいけないから」

「うん、大丈夫だよ。ゆっくり準備してきて」

「筋切らないようにねぇ」

「そこはまず良透が気にする所だよ。ほら頑張って」

「いっててててっ、少しは容赦してよ!」

 ――――――

 Side-柚唯ゆうい

 

(今日はヘアケア商品のモデル撮影だし……レッスンに合流したら、簪瑚に感想をねだられそうだな。情報解禁日まで待ってくれる子ではあるけど、大まかなことも口外するのは避けておきたいし……うーん、どうやって交わそうかな)


 柚唯が溺愛してやまないメンバーである簪瑚が、チャームポイントの大きな瞳をきらきらさせてどんな仕事をこなしてきたのか聞いてくる姿がありありと思い浮かぶ。彼女とてプロだから本気で聞き出そうとはしないのだが、いかんせん柚唯は簪瑚に甘い。ポロっと情報を話しかけて簪瑚に止められるのは日常茶飯事だ。止めるなら聞いてくれるな、というのはマネージャーの談である。


「今日はこの後ライブに向けたレッスンがありますから、なるべく押さないように気を付けてくださいね」

「分かりました。木口さんはこれから樹里叶のほうに?」

「えぇ。こっちには橋口を残していきますから、何かあれば彼女の方に伝えてください」

「了解です」


 じゃあ、といって駐車場に戻っていくマネージャーを見届けて、柚唯は撮影スタジオへと足を向けた。撮影にかかる準備はすべて終了している。下手にスタッフを待たせたくはなかった。

 しばらくしないうちに、アシスタントだと紹介されたの若い男性が駆け寄ってきて、スタジオの方に誘導される。慣れた道だが、撮影に向かう時の独特の空気感は背筋が伸びた。

 

「笹平さん入られまーす!!」

「おはようございます!!!」

「おはようございます、笹平です。今日はよろしくお願いします」


 子供のころから続けている仕事のことが、心から好きだったことは多分ない。でも、この仕事をやるためにO-KAWApromotionに入っていたから、Holiday Partyという大切でかけがえのないグループに加入することができたのだ。それに、この仕事があるから『笹平柚唯ささひらゆうい』という一人でいられている側面もあるから、最近ではグループ活動と同じくらいの熱量で1つ1つの現場をこなしていた。


「久しぶりだね笹平くん。君がアイドルになってからだとはじめてじゃないかな?君と一緒に仕事をするのは」

「お久し振りです、久川さん。そうですね、グループに入ったころは、この仕事を休止していましたから」


 久しぶりに会った撮影監督にもにこやかに挨拶を返せば、監督もにこやかな笑顔を返してくれる。昏い話も多い業界だが、今のところそこまで悪いと感じる人に会ったことはない。きっとこれは幸運なことなんだろうと思いつつ、柚唯は気を引き締めなおして撮影に臨んだ。


 

 ――――


 Side-樹里叶


樹里叶きりとさん出られます!おつかれさまでしたー!!」

「おつかれさまでした!!」

「お疲れ様です、お先に失礼します」


 今日の撮影は、ファッション誌のモデルだった。少し先のシーズンの服を着られるのは楽しいし、自分の好きなコーディネートに出会えるとわくわくする。

 

 だから、撮影が終わるのはいつも寂しい。撮影時間が押すと最悪次の現場に呼ばれなくなってしまうから、樹里叶自身が時間を延ばすような行為はしないのだけど。


 けれど、今日は撮影が終わってからもあまり寂しい気持ちにならなかった。何故なら、今日はこのあとHoliday Partyのレッスンが入っているからだ。

 Holiday Partyの仕事は、モデルの仕事と同じくらい楽しくて大切だ。樹里叶と同じくモデル業をしている柚唯はともかく、ほかの面々は樹里叶とは全く違う経歴を歩んできている。

 現リーダーの庄吏は移籍先の候補生だったし、副リーダーの万努花や一期生最年少の誠は子役だ。二期生は養成所も活動前歴もない一般からの加入だし、三期は庄吏と同じく元候補生。四期に至っては他社からの移籍組だ。ここまで多種多様な経歴を持つメンバーと同じ仕事ができている今の環境は本当に面白くて刺激になる。


 早くメンバーと合流したくて、樹里叶は車を回しに先んじて駐車場へと向かったマネージャーを待つ。その間に、少しでも曲のおさらいをしておこうと、樹里叶はお気に入りのワイヤレスイヤホンをカバンから引っ張り出した。


「樹里叶、両耳にイヤホンをつけるなと何度言えばわかるんですかあなたは」

「お、ぐっちー早いじゃん。なに、駐車場空いてた?」

「えぇ。元の終了時間より随分巻いて終わりましたからね、ほかの利用者さんが出てくる前に車をまわせたんです。ほら、早く乗ってください」

「はーい、ありがとうございます、お願いします」

「はい、お願いします」


 乗り込んでシートベルトをつけたのを確認して、車はゆっくり動き出した。やっぱり、彼の運転は丁寧だ。車酔いの酷い最年少がいるからなのか、元の彼の技術なのかは分からないけれど、丁寧な男だから多分後者なのだと勝手に思っている。


「レッスン室へ行く前に、高校生組と柚唯を迎えに行きます」

「了解。ならどっちかの敷地で止まったタイミングで奥に移動するわ。……ん?虎音はどうするんだ?」

「虎音は放課後になってから迎えに行きます。まだ義務教育期間中ですからね、会社の方針ですよ。あなたもそうだったでしょう」

「あー、そうだった気もしなくもないな……了解。ならあまり詰めなくてもいいな。乗ってくるときに伝えるよ」

「ありがとうございます、助かります」


 Holiday Partyに所属するメンバーのうち、高校生は5名。彼らが通う高校からレッスン室が入っている建物までは少し距離がある。彼らは気遣い屋だから、残り一人の最年少が乗ってくることを考えてなるべくスペースを作ろうとしかねない。これからたくさん動くのだし、無駄に詰めさせるよりは座席をゆったりとつかって体力を温存させておいたほうがいい。

 柚唯はそのあたりをきちんと分かっているだろうが、情報共有は大切だ。柚唯が今日どのスタジオで仕事が入っているのかは把握していないが、迎えに行くとなればまぁそれなりにレッスン室から遠い場所なのだろう。


 なんにせよ、もう1つの楽しい仕事はもう目の前まで迫ってきている。それなりに疲れを訴える頭を休めるように、樹里叶は静かに目を閉じた。

 

 ――――

  Side-万努花

 

らんなにしてるの!今日は木口さんが迎えに来るって言ってたんだから、掃除当番変わってあげてちゃダメでしょ!」

「ごめん……とても困ってたから、無視するわけにもいかなくて……」

「人がいいのは藍のいいところだけど、私たちだってプロなのよ?スケジュールによっては断ることも覚えなきゃ。グループで動く以上、不利益を被るのはあなただけじゃないのよ」

「肝に銘じます……」


簪瑚さんご、今日はやけに焦ってるわね……しゃーない、押してるから駐車場に行くの遅れるかもって連絡しておくか)

 

 移籍が決まって、移籍先恒例のコンサートに出演するためのレッスンが控えているにも関わらず、我らがHoliday Partyのセンターである猪狩 藍いかり らんが掃除当番を変わってあげてしまったらしい。

 全員揃うレッスン日だけは絶対に残れないからね、と言い含めていたのにこれである。まぁ、藍の心根の優しさに付け込んだクラスメイトには後日きっちりお礼をしてもらうつもりではあるけれども。


「簪瑚、気持ちはわかるけどなっちゃったもんはしょうがないんだからそれくらいにしておいて手を動かして。じゃないともっと遅れるわ」

「分かってる!やってるもん!……あ、まって、那金と誠も待ってるんじゃない?やば、なおさら急がなきゃ」

「うん。じゃ、藍はこのゴミ袋出してきて。で、一年棟に誠がのこってたら三年組はちょっと遅れるかもって伝えてきて。ほら、行った!」

「わ、分かった!」


 まとめ終わったゴミ袋を指して指示を出せば、藍は慣れた手つきでそれを持ち上げて教室を出て行った。


「流石美化委員、動きが早い」

「本当だねぇ。……もー、遅れちゃダメなのに、本っ当に許せないあの子」

「藍にこれ以上当たらないでね」

「分かってるよ。藍に掃除当番押し付けた子に怒ってるの私は!もう、先生に言いつけていいものなのかな」

「いいんじゃない?誇張するのだけやらなければ。簪瑚は愛嬌の天才だし、きっと事を荒立てずになんとかなりそうね」

「うーん、褒められてるのか褒められてないのか分からないな……」

「褒めてるわよ、さすがにね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る