菩提の道場 伊予国 40〜65番札所

第30話「衛門三郎・煩悩」

 道路の横に白線が引かれている。

 手前には高知県。

 奥側には愛媛県と書かれている。


「やったーーっ! 高知県終了! これで、お遍路も折り返しだ!」


 高知県と愛媛県の県境に立ち喜ぶタケゾウ。


「ここからは、菩提の道場か……ぼていってなんだ?」

な、煩悩を断ち切り悟りの境地に達することだ。般若心経に阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみゃくさんぼたいって文があるだろ、その菩提だ」

「あ〜っ、あるね、阿耨多羅三藐三菩提。あれって意味があったんだ」

「大切な文だ。仏教において最高の悟りの境地や智慧を意味する」

 タケゾウがテトと話している。


「死者の冥福を祈ることを『菩提を弔う』とも言うが、最近は使わないか?」

「時代劇で聞いたことがあるけど、自分で言ったことは無いな〜」


「時代が違うか、菩提もあまり使われないし、菩提を得る修行方法も聞かないだろ?」

「そんな修行方法があるのか?」


「仏教に菩提を得るための修行方法に『かいじょう』の三学がある」

「なんだそれ? すでに難しそうだ」


「お前には無理だが、一応教えよう。戎とは、心を落ち着かせ、煩悩を抑えるための修行だ。定とは、心を一つに集中させ、煩悩が入り込むのを防ぐ修行。慧とは、煩悩を根本的に断ち切る智慧を養う修行だ」


「ちんぷんかんぷんだ。煩悩のじてんで、すでにわからん」


「煩悩は、欲望や執着、怒りや嫉妬など負の感情だな。人を苦しみの連鎖に巻き込む原因とされている」


 🙏🙏🙏


 第40番札所 観自在寺かんじざいじ

 1番札所からもっとも遠い裏関所。

 次の札所まで徒歩50.0km。


 観自在寺から近い旅館に泊った。

 夕食には鯛そーめんがあった。そーめんの上に丸ごと尾頭付きの鯛が乗っかっている。


「タケゾウ、その鯛をくれたら、面白い話をしてやるぞ!」

 死神のテトラが鯛を欲しがっている。どうやら好物のようだ。

「少しやるから、いいだろ?」

 タケゾウも鯛が食べたいようだ。


「お前には鯛の繊細な味は、もったいない。塩鮭や塩さばのほうが好きなはずだ」

 実は、その通りだった。タケゾウは、鯛よりも、塩鮭や塩さばが好物だった。魚介類がわりと苦手で、ウニも食べない。筋子や数の子も食べないのだ。


 しかたなく鯛を一匹、丸のままテトラにわたした。

 大喜びで食べるテトラ。


「鯛は旨いな〜猫の中にいるから味覚が鋭くてな〜」

 全部食べつくし、満腹になってバックの中に入って寝ようとするテトラ。


「寝ちゃうのか? 面白い話はどうなった?」

 

「あ〜っ、面白い話ね、聞きたいのか?」

「聞きたいよ!」


「そうか……それなら、お遍路の始まりになった衛門三郎えもんさぶろうと言う男の話をしてやろう」

「お遍路の始まり?」


「そうだ。ここ、伊予(現在の愛媛県)を治めていた河野家の一族に衛門三郎という豪農がいたんだ。お金も権力もあったが、強欲で情けが無く、民にも人望がない人物だった。ある日、みすぼらしい僧侶が托鉢にやってきて、家人に命じて追い返したんだ。しかし、その翌日も、そして、その翌日も僧侶は毎日托鉢にやってきて、八日目に衛門三郎は怒って僧侶が持っていたはちを竹のほうきで叩き落とした。すると、鉢は八つに割れた。その後、八人いた子供が毎年一人づつ亡くなり、八年目には、全員亡くなった。悲しみに暮れる衛門三郎の枕元に僧侶が現れ、あのみすぼらしい僧侶は弘法大師だと教えられた。その後、田畑を売り払らって、家人たちに分け与え、妻とも別れ、弘法大師を探して四国中を巡礼したのがお遍路の始まりと言われている」

「へ〜〜っ、鉢を割っただけで、八人の子供が……お大師様は、強欲な人には厳しいんだな……」


「お大師様は呪術も使えるからな……それから、衛門三郎は四国中を20回巡礼をするも、弘法大師とは出会えず、今度は逆に回ることにして巡礼の途中、徳島の焼山寺(第12番札所)の近くで病に倒れてしまう。死を目前にして弘法大師が現れ、衛門三郎は今までの非を泣いて詫びた。弘法大師が『望みはあるか』と問いかけると、衛門三郎は『来世には河野家に生まれ変わり人の役に立ちたい』と言って息を引き取った」


「20回も四国を周ったのか、なんか可哀想になるな……」


 「弘法大師は路傍の石を取り『衛門三郎再来』と書いて左の手に握らせた。翌年、河野家に長男が生まれるが、その子は左手を固く握って開こうとしないので、お寺に連れていき祈祷してもらうと、やっと左手を開き『衛門三郎再来』と書かれた石が出てきたんだ」


「まさか!? 石を握って生まれてきたのか!?」


 「その石は安養寺に納められ、後に「石手寺」と寺号を改め、石は玉石と呼ばれ寺宝となっている」


「本当の話しか? テトはお大師様と会ったことはないんだよな? 聞いた話しか? あっ、もう寝てる」


 タケゾウは、残ったそーめんを食べて寝た。

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