第12話「御厨人窟・神明窟」
向かいから逆打ちのお遍路さんがやってきたので、会釈して通り過ぎようとしたら、冷たいスポーツ飲料をくれた。
タケゾウは、冷たいスポーツ飲料は魅力だが、これから先、店までけっこうあるので遠慮して返した。
「大丈夫だよ。何度も通っているから」
50歳くらいのガッシリとした体型の男性が言った。
「何度もやってるんですか?」
「昔は僧侶をしていたんで、山頭火にあこがれて、たまにお遍路で歩くんだ」
「あ〜っ、山頭火! 読んだことあります。おふくろがファンなんです」
「知ってるのか!? 山頭火もお遍路をしながら詩を読んだんだ」
「へ〜っ、そうなんですか」
「今の心境は『まっすぐな道でさみしい』だな」
「まっすぐな道ですか、それは精神的な心境も入っているんですか?」
「いや、たぶんそのまんまの意味で、歩いても何にも無くて、水も飲めないし、食べ物屋もなくて寂しいんじゃないかな?」
「それ、わかりますよ。歩いているとだんだん自然にも飽きて、さみしいと感じるんです」
「山頭火は本物の僧侶で、托鉢をしながら無一文の状態で旅をしたようだよ」
「托鉢ですか、いいですね。俺も鉢を持って托鉢しようかな?」
「托鉢は僧侶でないと、捕まってしまうよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「僧侶でないのに托鉢をする人もいるけどね。坂本龍馬の本にも托鉢をしながら旅をするといいと書かれているが、現代はやらない方がいいと思うよ」
「托鉢にも許可証とかあるんですか?」
「山頭火の時代は托鉢許可証が国で義務付けられていたんだけど、今は国での義務付けは無くなり、宗派によって托鉢許可証を出している所と出してない所があるようだね」
「そうなんですか……」
「出家した人は労働をしてはいけないんだ。托鉢を行って布施によってのみ食べることになっている」
「托鉢しながらお遍路をするのも大変そうですね。俺のおふくろは、山頭火のように『どうしょうもない私が歩いている』って言う心境になるまで歩いてきなさいって言うんですよ」
「それは、たしか……托鉢でもらった金で酒を買って、自分はどうしょうもない者だと読んだ詩じゃなかったかな?」
「えっ! そんな人だったんですか!?」
🙏🙏🙏
逆打ちの人と別れて歩きだし、しばらくすると、車道の脇に洞窟があった。
海岸に沿って洞窟があると思っていたが、結構上にあった。
看板の解説によると、昔は海岸に洞窟があったが、今は土地が隆起して上にあがったそうだ。
さっそく聖地に入ってみる。
洞窟は二つあり、まずは修行していた右側の
『落石のため立ち入り禁止』と書かれている。
「なんだ、入れないのか……」
ガッカリするタケゾウ。
左側の洞窟を恐る恐る見ると、こっちは入れそうだ。居住していた
ここで、お大師様は寝泊まりされていたのか、修行していた神明窟も同じような感じなんだろう。
わずか19歳で悟りを開くとは、やはり出来が違うんだな。
洞窟を出ると托鉢をしている僧侶が立っていた。
(入る時はいなかったはずだが……)
『のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか』
僧侶が虚空蔵菩薩の真言を唱えている。
左手に鉢を持っている。
この暑いのに黒い法衣を着て大変だと思った。そのまま通り過ぎるのもなんだなと思い、財布を出して100円玉を入れようとしたが5円玉と1円玉しかなかった。ここで鉢に5円玉を入れては申し訳ないと思い、奮発して千円札を入れた。
僧侶は一瞬、ニヤリと笑ったように見えた。
托鉢する僧侶はお金をもらっても「ありがとう」とは言わない。言えば偽物である。
僧侶はタケゾウのバッグに付いている段ボールの旗を見て「拙僧が書いてやろう」と言って墨汁と筆を出した。
タケゾウは何を言われているのかわからず、ボーッとしていたら、僧侶はタケゾウの着ている白い無地のTシャツを指差し脱げと言っているようだ。
タケゾウは背負っているバッグを置いて、着ているTシャツを脱いで差し出した。
僧侶は白いTシャツに墨汁で『神仙道』と書いた。墨が乾くまで洞窟の中で虚空蔵求聞持法の真言を唱えるように言われた。
僧侶は、虚空蔵菩薩の姿を思い描きながら唱えたほうがいいと言い、偉そうな坊さんだなと文句を言いながら洞窟のなかで真言を唱えていた。
ふと、気づくと日が落ちかけていた。
洞窟から出ると僧侶はいなくなっていて、バッグの上に置かれた神仙道と書かれたTシャツの墨は乾いていた。
(ふ〜ん、達筆なもんだ〜)と思いバッグの旗として掲げた。
バッグの中にいたシャム猫は石のように固まっていた。
📜📜📜神仙道ワンポイント。
神明窟は落石のため、2012年10月から立ち入り禁止で、御厨人窟も2015年11月から立ち入り禁止になっていたが、2019年4月から両方共に入洞できるらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます