第5話

「今はこれ以上の事は起こらないみたい。帰りましょう」


 ツチノコはその体をうずくまらせ眠り続けている。結局その場にそれ以上いても俺達にできる事は何も無さそうだったので、俺は海月に袖を引かれて帰ることにした。

 ツチノコの事はよく分からなかったが海月と出かけられるなら悪くない。そう思いながら山を下りていく。夜風が木々を揺らし始めていた。




 次の日、俺は気になっていたことをお祖母ちゃんに聞くことに決めた。海月が言っていた「ツチノコ」のこと、そして彼女の言葉の真意を何とか理解したかったからだ。

 家の台所でお祖母ちゃんが飯の支度をしている横で、俺は思い切って口を開いた。


「お祖母ちゃん、この村にツチノコの伝説があるって聞いたんだけど、何か知ってる?」

「!!」


 お祖母ちゃんは少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかな表情で答えた。


「ツチノコの伝説か……。あんたもそれが気になる年になったんだねえ」

「うん。最近、ちょっと気になって。あの生物って、実際にいたのかな?」


 お祖母ちゃんはしばらく黙っていたが、深い溜息をつくと、ゆっくりと話し始めた。


「ツチノコは昔からこの町の伝説の一部なんだよ。みんな、ただの空想だと思っていたけど、昔の人たちは本気で信じていたんだ。」


 俺は興味津々でお祖母ちゃんの話に耳を傾けた。


「実はね、この町には『ツチノコの姫巫女』っていう、女の子がいるって言われているの」

「ツチノコの姫巫女?」


 お祖母ちゃんは頷く。


「そう、ツチノコと深い関わりがある女の子が、ずっとこの町に住んでいて、ツチノコを守っていると。彼女がいなくなると、ツチノコも姿を消す。そして、その女の子が誰かを選び、ツチノコが再び現れるのよ。」


 その言葉を聞いて、俺は心の中で何かがひっかかった。もしかして、海月はその「選ばれた女の子」なのか? そして、ツチノコは姫巫女が来るのを待っている……?


「ツチノコの姫巫女って、どういう存在なの?」

「姫巫女様は、普通の人間ではないんだよ。伝説によると、彼女はツチノコと一緒に生まれ、ツチノコを導く役目を持っている。彼女が選んだ者が、ツチノコを見つけ、最後にはその力を引き継ぐんだ」

「その力?」


 お祖母ちゃんは少し考え込みながら続けた。


「ツチノコはただの伝説の生物じゃない。彼には大きな力が宿っている。それを引き継ぐ者には、特別な使命が与えられるんだ。その力が何なのか、私も詳しくは知らないけど……」


 その時、俺の胸に何かが突き刺さるような感覚が走った。海月が言っていた「関わるべき存在」とは、これのことだったのか。


「お祖母ちゃん、その姫巫女様は今、どこにいるの?」

「その子は、この町を離れたことがないんだろうね。けど、最近は姿を見せることも少なくなった。町の人たちも、いつの間にか忘れてしまっていた。けれど、もしツチノコが再び姿を現したというなら、その女の子も何か動き出すのかもしれないね」


 お祖母ちゃんの言葉が、心の中で大きく響いた。ツチノコが現れたのは偶然じゃない。海月が言った通り、俺達には何かの使命がある。そして、海月はその「新たに姫巫女に選ばれた女の子」なのだ。


 その時、俺は確信した。ツチノコの秘密を追わなければならない。それが海月のためにもなる。そして、彼女を守るために俺はツチノコを超えなければならないのだ。


「お祖母ちゃん、ありがとう」

「うん、気をつけなさい。ツチノコはただの伝説じゃない。何か大きな力がそこにあるんだろうから」


 その言葉を胸に、俺は決意を固めた。海月が何を抱えているのか、そしてツチノコが持っている力が何なのか、すべてを解き明かすために。彼女のため、そして自分のために、俺はこの町で何かを成し遂げなければならない。




 その晩、俺は再び公園へと向かった。日が暮れ、空が暗くなりかけている時間。海月があのベンチに座っているかもしれないと思い、足を速めた。


 公園に着くと、案の定、海月が一人、ベンチに座っていた。だが、今日の彼女の表情はいつもと少し違った。どこか覚悟を決めたような、深いものを感じさせる目をしている。


「海月」


 俺が声をかけると、海月はゆっくりと顔を上げた。目が合った瞬間、彼女はふっと微笑んだ。


「どうしたの? こんな時間に。もう家に帰る時間だよ」


 その笑顔はいつものように柔らかいけれど、どこか切なさを含んでいるように見えた。


「海月、ツチノコに会いに行くんだろう? 全部話してくれ」


 海月は静かに、そしてゆっくりと答えた。


「分かってるわ。もうすぐ、あなたに全てを話す時が来る。でも、覚悟を決めて。あなたがツチノコを追うなら、それはあなたにも運命を背負わせることになるわ」

「海月と一緒なら俺は喜んで受け入れるよ」


 彼女の言葉に、俺は強く頷いた。ツチノコを追うことがこれからの俺の人生を変えることになるのだろう。だが、今はその運命に向かって彼女と進んでいきたい。

 その為に俺は今ここにいるのだから……


「俺は君と一緒にその運命を受け入れる」


 海月は静かに目を閉じ、そして深い息を吐いた。


「止めても無駄みたいね。じゃあ、行きましょう。ツチノコのいる山へ」

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