第4話
この夏に出会ったばかりだが、俺は海月との間に徐々に信頼が生まれていくのを感じていた。彼女が抱える謎の一端を掴みたいという気持ちは、日に日に強くなっていった。何も知らないままでいることに少し不安も感じていた。
俺はついに海月と一緒に山へと踏み込むことになった。どこを目指すでもなくただ山道を歩いているときのことだった。
突然、どこからともなく、地面を揺らすような音が響いてきた。小さな振動が足元を伝い、周りの木々の葉がざわざわと揺れる。その音に驚いた俺は、足を止めて辺りを見回した。
「何だ、今の音……?」
海月も立ち止まり、無言で辺りを見渡している。そのとき、川のほうから不自然な音が響いた。まるで大きな物が地面を掘り進んでいるような音だ。
そして、ついにそれが現れた。
土の中から、何かが顔を出した。その姿は、まるで蛇のような太い胴体に、丸い頭を持った不気味な生物だった。全身は灰色がかった茶色で、どこか不安定な動きで地面を這いずりながら進んでくる。
「ツチノコ……?」
海月の声が震えて聞こえた。俺もその名前を聞いて、目を見開く。
ツチノコ。伝説の生物として知られ、一般的にはほとんど存在しないとされている。だが、俺たちが目の前にしているそれは、間違いなくツチノコだった。
その巨大な体をひきずりながら、ツチノコは俺たちに向かって進んでくる。だが、奇妙なことに、攻撃的な様子はなく、ただじっとこちらを見つめているだけだ。その目は、どこか人間のような……いや、どこか寂しげな輝きを放っていた。
「どうして、こんなところに?」
俺が思わず口にしたその言葉に、海月が静かに答える。
「ツチノコは、単なる伝説じゃない。実は、何かを守るために存在しているの」
「何かを守るために?」
海月は少し黙ってから、ゆっくりと続けた。
「それが何なのかはまだ分からないけど、ツチノコは私の関わるべき存在の一部なの。あなたの知らないことが、これから起こる」
その言葉に、俺はますます混乱した。海月はどんな存在なんだろう? 彼女の運命にこのツチノコが関わってくるというのだろうか。
ツチノコは、こちらに近づいてくると、ゆっくりと丸くなり、地面に伏せて眠り始めた。その姿は、まるで何もなかったかのように静かだ。俺たちが近づいても、まったく動くことはなかった。
「これ、どういう意味?」
「それは私にもよく分からないけど、多分ツチノコは契約者を待っているんだと思う。それは私達ではなかったみたいだけど……」
「契約者……?」
海月は、しばらく黙っていたが、ついに重い口を開いた。
「あなたがこの町に戻ってきたのは偶然じゃない。あなたには私と一緒にこれから何かを成し遂げなければならない運命があると思うの。それが、ツチノコの存在にも関係している」
俺はその言葉に衝撃を受けた。何かを成し遂げる運命……そして、それがツチノコと関わっている。俺は海月の言葉を信じるべきなのか、信じないべきなのか、まだ決めかねていた。
だが、ツチノコがただの伝説ではなく、この町に住む俺達に何かを示す存在だということは、確かに感じ取ることができた。その存在には、無言で訴えかけてくるものがあった。
「あなたが知りたがっていること、すべてを話す時はきっと来るわ」
海月はそう言って、一歩ツチノコに近づいた。
「でも、今はただ、ここにいるだけでいいんだよ」
ツチノコは眠り続け、俺たちはその場にしばらく静かに佇んでいた。空はすっかり夕焼けに染まり、周囲の景色が金色に輝いている。何も言わず、ただその瞬間を共有しているような、不思議な気持ちになった。
俺の中では、確かに何かが動き出している気配を感じていた。海月が言ったように、これから何か大きなことが起こる。それが何かはわからないけれど、もう逃げるわけにはいかないのだろう。
ツチノコ。伝説の生物が俺たちに関わってきた。そして、それが俺たちの運命に何かを告げているような気がした。
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