第37話 薬効と味わい
侍女は少し戸惑ったように
(ためらったり、焦る様子はないな)
恐らくこの侍女は、杯の中身について何も聞かされておらぬのであろう。もしくはよほどの豪胆か。
だが、明らかに焦りを見せた者がいた。侍女を守るように歩いていた宦官の一人だ。
「あ、これ!」
言ったかと思うと宦官は侍女の袖を掴み強く引く。はずみで侍女は杯を取り落とし、中身を床へぶちまけてしまった。
「きゃあ!」
「も、申し訳ございません! 侍女がとんだ粗相を!」
そう言って宦官は床に零れた薬湯に覆いかぶさり、自らの服でぬぐいとる。
「すぐさま代わりのものをお持ちいたします。これ、早ぅ行かぬか!」
「は、はい」
追い出されるように、侍女はその場を後にした。
(なるほど)
薬湯を見せるように言った時、足元の宦官以外にも表情を変えた者がいた。
(
皇帝付き太監の霍
(明らかに関わっているのは先ほどの宦官)
服が薬湯の染みだらけになっているが、気にする風もない。
(そして霍も、無関係ではないな……)
やがて代わりの薬湯が運ばれてくる。
「これが皇帝陛下の飲まれる薬湯。大変勉強になりました。ありがとうございます」
星宇は深々と礼をすると、侍女へ杯を返す。
こちらへ目配せし、わずかにうなずく。どうやらこの中身に危険はないらしい。
悠宗が飲み干す様子を私たちは見守る。飲み終えた悠宗は一つ息をつき、微かに笑った。
「今日の薬湯は、
「江淑妃が作ったもの? 普段の薬と何か違うのか?」
問い返した私の前に、太監の霍が割って入って来た。
「畏れながら私からご説明いたします。同じ材料で作った薬であっても、熟練の者が時間をかけて作ったものは、成分を最後の一滴まで生かした深みや苦み、色味の濃いものとなります。先ほどのものは慌てて作り直させたため、少々口当たりの軽いものとなったのでしょう」
「ほぅ。その場合効き目はどうなる? まさか効き目の薄いものを飲ませたのではあるまいな?」
「いえ、薬効にはそれほど変わりがございません」
「そうか。では今後は今日のものと同じにせよ」
悠宗が再び横たわる。
(気怠そうではあるが、顔色は落ち着いているな)
私はほっと胸をなでおろした。
「では、
「はっ」
私は星宇を従え、部屋を後にする。
柱の陰に隠れていた孫と目が合うと、暁明は嬉しそうに頬を染め笑った。
「明らかに別物でございました」
「あの宦官が慌てて服でぬぐった薬湯と、後から持ってきた薬湯。色も匂いも別物でございます。濃さの問題ではございません」
「そうか」
「更に申し上げれば、先日、蓮花様がお持ちになっていたものと、あの宦官が服でぬぐったものは同じでございます」
「……」
つまり、今日も体に負担のかかる強壮剤を飲ませようとしたが、私たちが中身を確認すると言ったため、慌てて害のないものに作り替えたというわけか。
「しかし、薬によって生じた負担は陛下の御体にかなり蓄積されているようにお見受けいたします。それらを洗い流す薬を飲んでいただくことが出来れば安心なのですが」
「そんなものがあるのか? どうすればよい」
「材料さえ揃えば、私が作れます」
「ついて参れ、星宇」
私は先に立ち、部屋を出る。
「
「……私まだ、許されていなかったのですね」
「母上」
翌日、私はまた星宇を伴い、
私たちを出迎えた悠宗は、昨日に比べ晴れ晴れとした顔つきとなっていた。
「今日は調子が良さそうじゃのぅ」
「えぇ、この通り」
悠宗はぐるぐると腕を回して見せる。
「昨日、母上からいただいた薬を飲んでから徐々にけだるさが取れ、一夜明けると驚くほど身が軽くなっておりました」
「それは良かった」
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