ダンジョンマスターになったので、殺伐とした世界にテーマパークを作ってみた
希羽
第1章 ようこそ、来場者様
第1話 ダンジョンマスターは、もう誰も殺したくない
意識が覚醒したとき、俺、
視界はある。ぼんやりとだが、薄暗い岩肌が見える。聴覚もある。どこからか水滴が落ちる音と、微かな風の音が聞こえる。だが、嗅覚も味覚も、そして何より、手足の感覚というものが全くなかった。
(……なんだ、これ?)
最後に覚えているのは、鳴り響く最終電車の発車ベル、霞む視界、そして胸の激痛。企画部のエースだなんておだてられ、月の残業時間が200時間を超えたあたりで、俺の人生のサーバーは強制シャットダウンしたのだ。享年28。過労死だった。
つまり、俺は死んだはずだ。だというのに、こうして意識がある。これは一体、どういう状況なんだ?
混乱する俺の視界の端に、ふと半透明のウィンドウがポップアップした。まるでPCの画面のようだ。
【ダンジョンコアが覚醒しました。チュートリアルを開始しますか? YES/NO】
「は?」
思わず声が出た。いや、声帯がないので正確には念じただけだが、ウィンドウはそれを認識したらしい。
【YESが選択されました。チュートリアルを開始します】
有無を言わさぬ展開に呆気に取られていると、ウィンドウには次々と情報が表示されていく。
要約すると、こうだ。
一、俺は「ダンジョンコア」という存在に転生したらしい。
二、ダンジョンコアは、ダンジョンそのものであり、その支配者である。
三、ダンジョンポイント(DP)を消費して、地形を変えたり、モンスターを生み出したりできる。
四、そのDPは、ダンジョンに侵入した生命体を殺し、その魂を吸収することで得られる。
「……は?」
二度目の「は?」は、先程よりずっと低い響きになった。
生命体を、殺す?
【初期DPとして100ポイントが付与されました】
【目標:侵入者を殺害し、DPを獲得しましょう】
ご丁寧に、ウィンドウには俺がいる洞窟の入り口付近を映し出す小さなワイプ画面まで表示された。そこには、見るからに柄の悪い、剣や斧を担いだ男たちが三人、洞窟の中を覗き込んでいる。
「おい、ここが噂の『生まれたてのダンジョン』か?」
「ああ。まだモンスターも雑魚だろうし、運が良けりゃ宝の一つもあるかもな」
「ヒャッハー! 今日の酒代、稼がせてもらうぜ!」
下品な笑い声が、風に乗ってここまで聞こえてくるようだ。
彼らが、俺の最初の「獲物」らしい。
(殺せ……だと?)
脳裏に、前世の記憶が蘇る。
深夜のオフィス。青白い顔でモニターに向かう同僚たち。上司の怒声。そして、俺が心血を注いだ企画を、利益が出ないからと目の前で破り捨てた役員の冷たい目。
顧客の「ありがとう」の一言が聞きたくて、誰かの笑顔が見たくて、がむしゃらに働いた。だが、会社が求めたのは、笑顔ではなく数字。ライバル社を蹴落とし、下請けを泣かせ、そうやって得た利益だった。
もう、うんざりなんだ。
誰かを犠牲にして、誰かの不幸の上にあぐらをかくような生き方は。
たとえ自分がダンジョンという魔性の存在になったとしても、それだけは、絶対に。
俺は強く念じた。
「断る! 俺は誰も殺さない!」
【……理念を確認。ユニークスキルを検索します……適合スキルを検出】
ウィンドウの表示が切り替わる。
【ユニークスキル:
効果:当ダンジョンの支配者は、生命体の殺害時だけではなく、あらゆる強い感情の昂り(恐怖、驚き、興奮、感動、喜び)からもDPを抽出できます。特に正の感情から得られるDPは、質・量ともに高いボーナス補正が適用されます。
「……え?」
これだ。
これなら、やれる。
冒険者を殺さずに、DPを稼ぐ。いや、稼ぐだけじゃない。
興奮。感動。喜び。
そうだ。俺が本当にやりたかったのは、これじゃないか。
数字じゃない。利益じゃない。誰かの心を動かし、笑顔にさせること。
「殺戮のダンジョンじゃない。俺が作るのは、訪れた人みんなが笑顔で帰れる場所だ」
閃きは、一瞬だった。
前世でボツになった数多の企画書が、頭の中で組み上がっていく。
「そうだ……テーマパークだ。俺はここに、世界一のテーマパークを作る!」
【ダンジョンの名称を設定してください】
ウィンドウの問いかけに、俺は迷わず念じた。
「『ダンジョンランド』だ!」
【名称を『ダンジョンランド』に設定しました。ようこそ、マスター】
高揚する俺をよそに、ワイプ画面の男たちが洞窟に足を踏み入れてきた。まずい、まだ何の準備もできていない。
【DPを消費してモンスターを生成しますか?】
ウィンドウが提案してくる。モンスターか。殺すつもりはないが、最初の「おもてなし」には必要だろう。俺はモンスターリストを開き、最安値のそれを選択した。
【スライムを1体生成します。消費DP:10。よろしいですか?】
「ああ、頼む!」
俺の目の前の空間が淡く光り、ぽよん、とゼリー状の小さな塊が生まれた。半透明の青い体。ゲームでおなじみの、最弱モンスターだ。
スライムは、きょとんとした様子で俺(コア)を見つめている。意思疎通はできるだろうか。
『やあ、初めまして。俺がここのマスターだ。よろしくな』
『ぷるぷる?』
スライムは、小刻みに震えた。可愛らしい。
『君には、これから来るお客さんを、ちょっとだけ驚かせる役をお願いしたい。いいかな?』
『ぷるっ!』
元気よく跳ねて、承諾してくれたようだ。名前をつけてやろう。シンプルに「リリィ」だ。
俺はリリィに指示を出し、男たちが進む通路の天井近くの窪みに隠れてもらった。
そして、男たちの足音が、すぐそこまで迫ってきた。
「なんだぁ? モンスターの一匹もいねえじゃねえか」
「拍子抜けだな。お、なんだありゃ?」
男の一人が、俺が残ったDPで生成した、ささやかなオブジェクトに気づいた。通路の脇に置いた、古びた木製の宝箱だ。中身はもちろん空っぽだが。
「宝箱だ! やったぜ!」
男たちが宝箱に駆け寄った、まさにその瞬間。
『リリィ、今だ!』
俺の合図で、リリィが天井から男の首筋めがけてダイブした。
「ひぎゃっ!? つ、冷てぇっ!!」
ぽよん、と首筋に着地したスライムの、ひんやりとした感触。それだけだ。ダメージはゼロ。
だが、不意を突かれた男は、金切り声を上げて飛び上がった。
【感情『驚愕』を検知。3 DPを獲得しました】
ウィンドウに表示された通知を見て、俺はガッツポーズを念じた。
いける! これなら、本当にやれるぞ!
「な、なんだてめえ!」
「スライム一匹じゃねえか! ビビらせやがって!」
仲間たちが慌ててリリィを引っぺがし、剣を振り上げる。
まずい!
『リリィ、逃げろ!』
リリィは素早く地面を跳ね、物陰に隠れた。男たちは舌打ちしながらも、気を取り直して宝箱を開ける。
「ちぇっ、空っぽかよ!」
「まあ、こんなもんだろ。奥に行くぞ、奥に!」
男たちは、まだ諦めていないらしい。
さて、どうする。まだDPはほとんどない。派手な仕掛けは作れない。
だが、藤沢蓮の企画マンとしての魂が、静かに燃え上がっていた。
予算がなければ、知恵と工夫で勝負する。それが企画屋の腕の見せ所だ。
「ようこそ、お客様。ダンジョンランド最初の来場者であるあなた方を、最高にエキサイティングな体験でおもてなししますよ」
俺はほくそ笑みながら、次なる「アトラクション」の準備に取り掛かった。
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