第15話 兄の決意は紅蓮の如く

ポッカリと口を開ける無法者の森。

危険な森だと言うのにその口はまるで入りなさいと言わんばかりだ。

先が全く見えない闇の穴に踏み込む猫車。

その速度は来た時の速さとは違い、ゆっくりと進む。それでも雷鳴とは行かないが、全力の馬車を遥かに凌ぐ。


『ガキども!悪いけどこの速度が限界なんだ、木の根っこが地面から出ててよ、避けられるのがこの速さなんだ!』


『そんな大声出して大丈夫なんですか?ニッキーには音を出すなって書いてますよ』


『そりゃ禁足地の事だ、ここは契約済みだからメガチップスに襲われるこたぁねぇよ』


ボンボローニの話に納得すると、コトコトと気持ち良い揺れに2人は身を委ねた。

カヴァルッチの尻尾の青い炎が車体に染み込むように光るので、目を閉じる2人の瞼にもその光は感じられる。


『なんだか気持ちいいねお兄ちゃん』


『そうだね、目を閉じてるのにわかるよ、瞼が青くなったみたいだね』


『うん、美味しいね…』


『美味しい?…なんだ、寝ぼけてるのか』


大きな木の根を右へかわし、眼前の大木を左にかわし、猫車の大きさを完璧に知り尽くし、滑らかに滑るように森の中を走るカヴァルッチ。


『この速度でも抜けるのは1日かかるんだ、悪いな!』


『いえ』


『ああっ?』


『い〜え〜!!!』


小窓から外を覗くオランジェットの目に映るのは暗闇だったが、目が慣れてくると少しばかりの森の影が見て取れた、暗闇の中の影、それは折り重なり、我が我がと互いに押しのけているかのようだ。


ふと気づく。


『木が…動いてる?』


植物が生きていると言う概念を覆す「動く」と言う行動は、単純に言えば人の様に動く…だった。意志を持っている…そんな動きに感じた。

ニッキーを開くと、生きた木々は身体を引き裂き血を吸うと書かれている。

『悪党たちがメレンゲ族を襲わない契約をした…じゃあ森が切り裂くって…あ、書いてる、木々たちは自分たちの身体で爪を研ぐメレンゲ族を嫌う…か、なんだそうなんだ!あはは』


単純な理由で木々達がメレンゲ族を襲わないと知り、考えすぎていた自分に笑いが込み上げる。


『えと…禁足地ってのは…無法者の森にある神聖な場所で、決して音を立ててはならない…だから足音のしないメレンゲ族なのか、なるほどな〜でもなんで如月書店の店長はボンさん呼んでくれたりお面くれたりしたんだろう…』


『ガキどもー!大丈夫か!』


『はい!大丈夫です!』


暗い森は昼か夜かもわからない闇、昼夜がわからないのは不安を掻き立てる。そして遮断された方向感覚は恐怖心を煽る。


外を見ないようにすればするほど窓の外を見たくなるオランジェットは、グーグー眠る妹の寝顔に少しばかりの怒りと羨ましさを感じた。


『夢は冒険家だもんな、ここで眠れるわけだ、僕も強くなりたいな』


妹の堂々とした寝姿を見て、自分をちょっとだけ見直す事ができたオランジェットだった。


『おーいガキども!ここらで休憩にするぞ!』


『はいっ!』


『ふあ?』


むっくり起き上がったクラフティの頭を優しく撫でると、ニッコリ笑う。その笑顔に対して両眼がアチコチに向いた寝ぼけ顔でクラフティは笑顔で返した。


『休憩だってさ』


『うん』


『ガキども!飯喰え飯!腹が減ったらろくな事考えねぇからよ』


『あ、そこは現世と同じなんですね』


『知らねーけどな、皆同じだ、ほら喰え』


ボンボローニに、森に入る前と同じ食べ物を渡された。


『私このパン好き!』


『僕はこのジュース!』


『そのジュースは虫を漬けた汁でよ、酸味が出て美味いんだよ』


『え?ムシ?』


『さぁ喰ったら行くぞ!』


『ねぇムシって言った?ボンさん!』


『乗れ乗れガキども!』


納得出来ない顔しながらも、ボンボローニの勢いには逆らえずに渋々猫車に乗り込んだ。

恐らく夜もふけたのだろう、猫車の揺れとは関係なく眠気が2人を襲う、満腹も手伝い、その睡魔はとても強かった。


聞いた話しとは裏腹に、ぐっすり眠れるほどの安心感が2人にはあった、ボンボローニとカヴァルッチとお面のお陰ではあるが、最初に感じていた恐怖感は明らかに薄れていた。


深い眠りに落ちた時、猫車が静かに止まった。

朦朧とする中でなにやら揉めている声がする。


『なんだ!なんでお前らのアジトに行かなきゃなんねーんだ!』


『プラガが俺に何の用だ!こっちは仕事で走ってるんだぞ!』


猫車の扉を開けてボンボローニが顔を出し、オランジェットに静かな口調とトーンで伝えた。

『すまねぇガキども、プラガが話があるらしくてよ、ここに残るのは危険だから一緒に来い』


『クラフティ!行くよ』


『ほあ?』


『目がアチコチに向いてるよ!ちゃんと目を開けて、ほら、マクスして』


『マスクだよお兄ちゃん』


『ガキども、足もと危ないからゆっくり歩け』


『はい』『ふあい』


地面の穴にカモフラージュされた蓋を開いて待つボンボローニの元に忍び足で近づいて、地下へと入り込んだ。


先頭を歩くメガチップスの1人、その後ろを歩くボンボローニ、オランジェットとクラフティ。

その穴は丁寧に掘られており、その壁面は凹凸が無く滑らかだ。悪党の集団でありながら、採掘作業の腕も良いようだ。


くねくねと歩くこと15分、開けた空間に出た、巨大な刑務所の様な作りで、周囲は小部屋がびっしり並び、ぐるりと一周していた。正面にある黄金の装飾が施された扉が開くと、黄金の車椅子に乗ったプラガがメガチップス2人を従えて3人の前に現れた。周囲の小部屋からメガチップスが出てきて手すりに寄りかかって顎を乗せる、まさに刑務所の光景だ。


目を閉じていたプラガが開眼する、左目右目それぞれ違う目をギラギラさせて睨みつけること5秒。フッと息を吐き背もたれに身を沈めると、革の音がギュっとした。


『俺の右目を大事に使ってるようだなプラガ、何の用だ、急いでるんだがな』


『相変わらず声がでけぇな、悪いこたぁ言わねぇ、禁足地は無理だ、引き返せ』


『何言ってんだヒトガタ野郎!ここ抜けなきゃなんねーんだ、仕事なんだよ!お前らみたいに強盗して良い暮らし出来るほど落ちぶれちゃいねーんだわ』


『運び屋ごときが!クチのきき方に気をつけろ、古い付き合いだから言ってんだ、今禁足地が荒れてんだよ』


『なんだ荒れてるって、いつもあそこは荒れてんだろ、俺たちゃ襲われねーの知ってんだろーが』


『だから言ってんだ、メレンゲ族だろうと見境なく襲ってんだよ、森が狂ってやがる』


『じゃあ行方不明になった運び屋仲間は禁足地でやられたってのか!?』


『そうだ、俺達じゃない』


『でもなんで』


『きのこだ…あおの森のきのこが一匹紛れ込んだからだ、やつらの胞子が禁足地のバランスを崩したのさ』


『なんでまた…』


『さぁな、だからやめておけ、死ぬぞ』


『あの!』


『あぁ??』


『妹があと数日で…あと数日なんです!』


『ガキ、悪いがボンボローニと引き返せ、数日の命が今日で葬式になっちまうぜ』


『くっ…』


『ガキ、すまねぇな、プラガは悪党だが嘘はつかねぇ、昔の好でこうして危険を知らせてくれたんだ、ここまでかもしれねぇ…』


『なにが!』


『あ?』


『なにが悪党ですか!なにが悪党の長ですか!あなた達は戦わずにコソコソ隠れてるだけの小悪党じゃないですか!』


『こらぁ!長に生意気なクチきいてんじゃねーぞ!殺すぞガキ!』


『待て、黙れ。 ふぅ…ガキ、いい根性してるじゃねぇか、妹の為なら死ねるってんだな!』


『はい!僕は逃げない!穴に逃げ込んだあなた達とは違う!』


『お兄ちゃん…ありがとう』


『行こうボンさん!』


『坊主!気に入った!ガキども!命かけて走るぜ!悪いなプラガ、ありがとな、でも俺達は止まらねぇ、じゃあな』


『わかった、せいぜい頑張りな』


唯一抜けられるメレンゲ族ですら襲われる状態らしい禁足地に意を決して向かう3人の後ろ姿を見ながらプラガは部下に『洞窟の出口まで案内してやれ』と指示をした。


『若いってのは武器だな、俺にはもうその武器がないって事だな』


『長、そんな事ありませんよ、長はいつまでも私たちの長です』


『ありがとよ』











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