第7話 思い出は灰に
クグロフとシャルロットの全財産を受け継いだオランジェット。
その手続きはジェノワーズ家の顧問弁護士、トリュフ・アラモードによってスムーズに行われた。
トリュフ・アラモード 65歳
ジェノワーズ家の元家政婦プリン・アラモードの母親。
長い事ジェノワーズ家の顧問弁護士として勤めており、ビスコッティ一家が財産を狙ってくる事は想定の範囲内だったので、小学校に出向きオランジェットに手続きをさせていたのだった。細身の長身で絵に描いたようなデキる女、長いブロンドヘアーを頭頂部でお団子にし、スーツにハイヒール。小鼻まで下がった眼鏡を右手の人差し指でクイッと上げながら颯爽と歩く姿は65歳には到底見えない、品格が服を着て歩いているような女性だ。
ビスコッティは知らぬ間に手続きが終わっている事を面白いわけがなく、顧問解除を申し出るが、顧問契約も作り替えられており、オランジェットが自ら顧問契約解除をする必要があった。四六時中オランジェットとクラフティを守る事はできないが、法の番人と言うだけあってビスコッティが簡単に手出しできないと言う部分では守護神としての機能を果たしていた。
『くそうあの弁護士の野郎、先読みして全部手続きを終えやがって』
『なんとかならないの?』
『弁護士には手出しできないな、ヤツは専門家だしプロだ』
『あんたバカだしね』
『だが俺たちを追い出すことは出来ないさ、出来ない事はないだろうけど、あの2人を施設に入れるわけにもいかねぇからな』
『あ、そっか、2人を引き取るわけにもいかないしね』
『あぁ、簡単に他人の親になんかなれねぇよ』
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幼稚園が終わるとクラフティはそのまま居残り、オランジェットの迎えを待つ。
学費に関しても全てトリュフが行っているので問題は無かった。
子供たちを迎えに来る母親や父親、それを一人ブランコに乗って見つめるクラフティの姿があった。
少しづつ眉毛が八の字になって来る。
『クラフティー!』
涙がこぼれる一歩手前でオランジェットが迎えに来た。
とびっきりの笑顔を全面的に押し出して、全力全開で走ってオランジェットに飛びつくクラフティだったが、それを受け止めきれずに2人は転がった。
オランジェットのお腹の上に乗る様に回転が止まるとクラフティは『お兄ちゃん!』と叫んでそのまましがみついた。
『寂しかったのかい?ごめんねクラフティ』
『ううん、大丈夫、ちゃんと待ってたもん、泣かなかったもん』
『うん、偉いぞ!さすが冒険家の娘だ』
『うん!』
『よーし!帰ったらお兄ちゃんと一緒にアルバム見ような』
『やったー!』
幼稚園の先生に『妹をありがとうございました』と頭を丁寧に下げる。
『ねぇ、あなた達痩せて来たみたいだけど、ちゃんと食べれてるの?』
コンマ数秒の戸惑いの後『はい』と答えたオランジェット。
百戦錬磨の先生はその戸惑いに一瞬で違和感を覚えた。だが明らかな虐待の痕跡があるわけでもないし、当人に聞いても何も言わない、助けを求めるわけでもない、歯がゆいけれど見守るしかなかった。
ジェノワーズ家の悲劇はこの街で知らない人は居ない、それは話題性が大きいだけであり大半は興味本位、結局は街で誰かが死んだと言う話し、所詮は他人事なので見て見ぬふりをする者が多いのが現状だ、実際は街にとってはとてもとても小さなよくある出来事と言う領域を出ない。
手を繋いで帰る2人の後ろ姿に先生は、ただただ涙ぐむのだった。
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『あんたなに燃やしてんの?』
『ここの家族の思い出さ』
『それいい!写真とか日記とかでしょう?』
『あぁ、あいつらの心の拠り所を全部灰にしてやるのさ』
『泣き叫ぶんじゃない?楽しみ!』
庭の焼却炉から立ち上る黒煙は、ジェノワーズ家の屋敷を名残惜しそうに見つめる。その煙を見たオランジェットは嫌な予感がして駈け寄った、訳も分からずクラフティも後に続いた。
『何を燃やしてるの!?』
言葉をぶつける様にオランジェットが叫んだ、その視線の先では見覚えのある真っ赤な表紙のアルバムが少しづつ真っ黒に変わってゆく。
『おお、来たかクソガキども』
『あんたたちの思い出を燃やしてるんだよ~』
まさかと言うオランジェットの迷いを払拭し、止めを刺すようにブロンディが二人を指差してキャハハと笑った。
『やめて!!!!』
焼却炉に手を突っ込んでメラメラと燃えたアルバムをクラフティが取り出すが、あまりの熱さに手からこぼれ落ちる。
『クラフティ!』
『写真が!写真が!』
半狂乱になったクラフティに上から覆いかぶさるようにオランジェットが飛びついて、燃えるアルバムを掴もうとするのを止める。クラフティの目の前20cm程先でアルバムの火が消えて燃え尽きた。
クラフティを抑えながらオランジェットがビスコッティに叫ぶ。
『どうしてこんなことするんですか!』
『うるせぇ!』
オランジェットの背中を踏みつけるビスコッティ。
その痛さで意識が飛びそうになったけれど、下に居るクラフティが押しつぶされて呼吸が出来なくなると思い、両腕を突っ張って空間を作り、ビスコッティの執拗な踏みつけるような蹴りに耐えた。
『まだまだやってやるからな!お前が俺の書類にサインする迄終わらないぞ!』
『あんた今日はもういいよ、死んじゃったら困るじゃん』
『ガキども!覚悟しろよ!』
オランジェットの頭に、手に持っていた飲みかけのビールをかけ、蹴るのをやめたビスコッティはブロンディと共に家の中に消えた。
『大丈夫かい?クラフティ』
『えぐっ…うっ…アルバムが…大切なアルビャムが…うわーん』
突っ張っていた両腕を緩めてそのまま上からクラフティに寄り添い、オランジェットはクラフティが泣き止むのを黙って待った。
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『クラフティ、怪我してないかい?』
『うん、あ兄ちゃん蹴られたの?』
『効かないよ、俺たちは海賊だ、そうだろ?』
『うん、ジェノワーズ海賊団だもんね』
『クラフティ、灰を集めて持って帰ろうよ』
『うん』
2人は火の消えた焼却炉と、芝生の上で燃えたアルバムの燃えカスと灰を、時間をかけて丁寧にオランジェットの帽子に集め、ビスコッティとブロンディに見つからないように部屋に持ち帰った。
居間からビスコッティの声が聞こえた。
『てめぇら今日逆らったから罰として飯抜きだぞ』
プリンからの配給を残してある2人は顔を見合わせてちょっとだけ笑った。
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