第16話

ユウトの「独占欲因子」とカイの「勇者因子」が廊下で衝突し、異能の顕現が白日の下に晒された放課後。美作裏先生の呼び出しにより、異世界部の部室には、彼と、カイの妹であるカナ、そして「最後の観察者」を名乗るランドセルの少女の三人が集まっていた。

美作先生はいつものように煎餅を頬張り、穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳の奥には冷徹な研究者の光が宿っている。


「さて、今日の『実験』は、予想以上の成果でしたね。特に、ユウトくんの『独占欲因子』とカイくんの『勇者因子』の衝突は、非常に興味深いデータが得られました。」


美作先生が切り出すと、カナがタブレットを操作しながら、冷静な声で反論する。


「先生。これは『実験』などではありません。彼らの因子は制御不能になりつつあります。このままでは、この世界の秩序が崩壊しかねません」

彼女のタブレットには、衝突時の因子の活性化を示す詳細なグラフが表示されている。カナは、ユウトの暴走と、それに対するカイの反応を「白鴉」としての冷静な視点で分析し、その危険性を訴える。

しかし、美作先生は動じない。


「秩序ですか。因子の顕現は、この世界の新たな可能性を示しているのですよ、カナくん。特に、恋愛感情が因子のトリガーとなる点は、私の『恋愛因子活性化プロトコル』の正しさを証明しています。」


その時、これまで黙って二人のやり取りを聞いていたランドセルの少女が、静かに口を開いた。


「恋愛因子は、最も不安定で、最も強力な因子です。異世界でも、多くの悲劇を生み出しました。それは、選択の自由を奪い、全てを破壊する力になり得るからです。」


彼女は、ランドセルから取り出した古いノートを開き、そこに描かれた異世界の図や、複雑な因子の相関図を指し示す。その瞳は、まるで数万年の時を経てきたかのように深かった。


「美作先生の『プロトコル』は、異世界の歴史を繰り返す可能性があります。記録によれば、因子の暴走は、最終的に『世界の境界』を曖昧にし、異なる次元の存在を引き寄せることになります。」


その言葉に、美作先生の表情が、初めて微かに変わった。カナもまた、少女の言葉に驚きを隠せない。

「異なる次元の存在……? それは、一体……」

カナが問いかけるが、少女はそれ以上は語ろうとしない。ただ、静かにノートを閉じ、美作先生とカナの顔を順に見つめる。


「あなた方もまた、観察者です。しかし、記録するだけでは、何も変わりません。この世界の未来は、あなたたちの『選択』にかかっています。」


美作先生は、少女の言葉に満足げな笑みを浮かべた。


「なるほど。興味深い『予言』ですね。しかし、私はこの『プロトコル』を完成させねばならない。それが、私の『研究者』としての使命ですから。」


彼の脳裏には、異世界とこの世界が融合し、新たな進化を遂げる「理想郷」のビジョンが鮮明に浮かび上がっていた。

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