第三話_備中斑返し_二
二:中国方面軍のトップたち
時間にすれば決して長くはなかった。
いわば“中国方面軍重臣三者の密議”と呼べる場面である。
たまたま捕らえた毛利方の使者から、
織田信長が明智光秀に討たれた――その報がもたらされた。
秀吉は、しばしうなだれた。
家臣二人が見守る中、官兵衛は黙ってその背を見つめ、
最年長の小六は、ただ傍観するほかなかった。
やがて秀吉が顔を上げる。
我に返るその瞬間を、官兵衛も小六もそれぞれの呼吸で待っていた。
結局、一番待たされた小六に秀吉と官兵衛の二人が、ほぼ同時に口を開く、
京へ戻る大強行軍、その了見は如何にと。
兵の体力面は、小六の保証するところ――それゆえ、仕方がない。
備中入りした時の行程を単純に逆にすればよいという話ではないが、
まったく目処が立たぬわけでもなかった。
「……できる、だろう」
小六のしぶしぶとした答えを合図に秀吉の瞳に火が入る。官兵衛と互いにうなずき合い、毛利方の窓口は安国寺恵瓊でよい、情報の遮断を徹底する、その手順を二、三言葉を交わしただけで決めていく。
――さっきの悲壮感は何だったのか。
そんな思いを胸に、相変わらず息の合った二人を見守る小六。
こうして、“極秘の協議”(の密談)は、急にあっさりと終わったのだった。
直下の二人に指示を終えた秀吉が去ると、
残された官兵衛と小六は、次の段取りへと意識を切り替えた。
「まったく……なぜ、あの人(秀吉)がいるうちに後方支援の難しさを
念押してくれなかったんだ」
小六が半ば泣き言のように言う。
いつものように、官兵衛に“良識”の役を押しつける口ぶりだ。
官兵衛は苦笑いを浮かべながら答える。
「できるかもしれぬ、できぬかもしれぬ。
――今夜のところは、“できるかもしれぬ”で進めたい、と思うてな」
「はあ、やれやれ……」
小六は深いため息をついた。
とはいえ、京までの帰路をどう支えるのか、
腹ごしらえ、休息、寝床、交替――後方支援の要をどうするつもりなのか、気がかりでならない。
秀吉隊の大多数を占める足軽たちの体力面は、小六の保証するところ。
しかし、兵站や補給は分業すべき筋であり、そこは官兵衛に委ねるしかない。
「備中から京までの兵糧をどう繋ぐか。
そして、大返しの動きを敵に悟られぬようにするには――」
小六が指を折って並べる。和睦か講和かの停戦交渉も同時に抱える現状で、この二点をどうさばくつもりなのか、まるで見えない。
力業での調達は、やろうと思えばできる。
だが、そんな動きはすぐに噂となって立ち、噂は調達に負の力をもたらす。
(毛利方にとっての)地の利を思えば、なおのこと慎重さが要る。
不安を隠せぬ表情のまま、小六はぼそりと呟いた。
「腹が減っては戦はできぬ――とは、あの人(秀吉)の口癖じゃなかったのか」
その言葉に、官兵衛が顔を上げる。
「おお、それそれ、それじゃ」
と手を打った。
「最近、飯がうまいと思っていたのだ。
そうか……そこに鍵があるかもしれぬ」
思案が定まったような顔つきで、官兵衛は静かに笑んだ。
小六はその表情に、またため息をひとつ。
「まったく、お主らしいのう」
三につづく
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