第3話 隕石
「ふざけるのも大概にしろ!! 誰の
「……っ、ごめんなさい」
額に一本角をつけた領主は激怒し、泥まみれの少年を鞭で叩いた。採石場跡地で働いている孤児たちはツルハシを握りしめ、岩壁に埋もれた隕石のかけらを取り出していた。誰もが無関心を装う中、アネットは彼を庇うように前に出た。
「あの……。これも隕石のかけらですか?」
先ほど拾ったI字の金属を領主に見せる。放射線は検出されない。
不老不死だから浴びたところで何ともないが不安要素は排除しておくに限る。
「なッ!? お前、なんでまだここにいる? 山賊に追われていたはずだろう?」
「あの人たちはつかまった」
「ほう? 命拾いしたわけか。……しかし何故再びおれの前に現れた? 山賊に情報を流したのが誰なのか、賢いお前なら理解しているはずだろう。分け前でも貰いに来たか? ん?」
領主はいつでも殴れるくらいには隙だらけだが、側には恐ろしく強い中級悪魔がいて手出しはできない。この男を評価すると何点くらいになるだろうか。声はもう痺れるほどに悪党のソレだが、いくら声がよかろうともそれだけで判断するわけにはいかない。
鑑定スキルで領主のステータスを盗み見る。
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▽ゲズール・ディゼルザーク
年齢:51歳
性別:男性
身長:179センチ
体重:105キロ
種族:
▽タレント:王様気質
効果——他人の私物を自分の私物として扱うことができる
▽スキル:鞭術の達人
効果―—鞭の扱いが得意になる
▽実績解除報酬:空き巣マスター
効果——泥棒スキルの手際が良くなる
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空き巣マスターは、民家に無断で押し入り、金目の物を盗むと手に入る称号。
実績解除報酬とは自分の成長が感じられない人のための救済措置。
犯罪をしても低確率で能力が貰える。
もちろん、努力をしている人がきちんと優遇される世界だ。
領主の性根の腐り具合は中々だがどのような野望を抱いているかはまだ見えない。点数をつけるには判断材料が足りないな。
「ぬぉっ!? おお!? これはオーパーツではないか。でかしたぞ小娘!!」
「……オーパーツ?」
「無知なお前にも分かりやすく教えてやろう。オーパーツは神が作りだした生活雑貨だ。空よりも遥か上にある世界——宇宙から時折こうして落ちてくるんだ。聖剣エクスカリバーなどの武器の形をしたオーパーツは高値で取引されている」
「お金になるなら渡さない」
アネットは手を引っ込めた。
「はっ、お前が持っていても金に換えるツテがないだろう。そいつはおれが頂いていく」
領主はアネットからオーパーツをぶんどった。
代わりに金貨を一枚投げて寄こした。
「ほら、報酬を受け取れ。金貨一枚でも今のお前には大金だろう」
「……うぅ」
「これはビームサーベルと言ってな。神の究極武器だ。ただし、回数制限が存在するから当たり外れが大きいんだ。どこかに起動スイッチがあるはずだが……、どこだ、どこにある?」
残念だがそれはただのダンベルだ。
「……ちっ、どこを触っても反応しないな。欠陥品か。闇オークションに出したところで大した額にはならんな。だが、オーパーツは魔力を溜め込んでいるから悪魔を召喚するときの足しにはなるだろう。……久々に運試しの時間だ」
領主は地面に魔法陣を描き、五芒星の中央にオーパーツと生きたカエルを投げ入れた。
「今度こそ当たれ、
オーパーツに溜まっていた魔力を消費して小さな悪魔が呼び出された。悪魔はカエルの中に入り込んで支配権を奪った。器となる動物を用意しておかないと未契約の下級悪魔は言葉を発することもできない。
「ぼくを呼び出したのは誰だい? 対価に応じてどんな願いでも叶えてあげるよ」
「どんな願いでも叶えてくれるというのならば今すぐ上級悪魔を呼んでみせろ」
「それはむり。願いを叶えるための欲望エネルギーが足りてない」
「
「一度しか言わないから聞き逃さないでね。身体能力を大幅に上げること。身長をほんの少し伸ばすこと。自爆装置を起動すること。魔法をランダムで一つ伝授すること。この4つだよ」
「おすすめはどれだ?」
「おすすめは1と2。4を選んでも面白いよ」
「4番目は罠だな……。一度、小娘に試させたから分かるぞ。習得できた魔法は魔力が足りず発動しないのだろう。おれは1を選ばせてもらう。身体能力の底上げはどんな場面でも腐らないからな」
「その選択に後悔はないね?」
「もちろんだ。さっさと願いを叶えてくれ」
「――その肉体を、さらなる高みへ。レベルアップ!!」
男の全身が光り輝く。
「おおっ、握力が4つも上がった。ついに120の壁を越えたか」
「おめでとう」
「今回は良心的だったな」
下級悪魔は満面の笑みを浮かべて領主に詰め寄った。
「じゃあ、体の一部をちょうだい!! ぼくが人間になるために必要なんだ」
「この角でいいか?」
「わあっ!! 角だ!! かっこいい!!」
領主は額の一本角を引っこ抜いて悪魔に差し出した。次の瞬間、折れた角が消滅して悪魔の頭部から新しいものが生えてきた。対価を得た悪魔は満足して幻界へと帰っていった。
背後から強烈な殺気を感じる。
振り返るとそこには憤怒の形相で領主を睨みつける和服の赤髪少女がいた。刀を腰に差した鬼人族の彼女は額にある二本の角のうち左の角がへし折られ、断面が露わになっていた。
「あれはあたしの角なのに……っ、あの男、絶対に許さない!!」
「あの角はキミのだったのか? 悪魔契約は肉体を差し出した本人としか結べないはずだが」
「領主は王様気質という特異体質なの。人のものを自分のものとして扱うことができるから悪魔契約を何の危険も冒さずにいくらでも結ぶことができるのよ。最低最悪の力だわ」
「へえ」
無敵にも思える力だが悪魔に叶えられる願いには制限がある。
願い事は増やせない。
人の心も操れない。
不老不死にもできない。
死んだ人も蘇らない。
下級・中級・上級の悪魔が存在し、同じ願いを叶える際のコストの重さにも差がある。
ダイヤモンド1カラットが欲しい、という願いを下級悪魔にした場合、骨粉100グラムを要求され、さらに契約者3年分の寿命が奪い取られる。中級悪魔にお願いした場合、2年分の寿命を奪われ、上級悪魔にお願いした場合、1年分の寿命を奪われる。
悪魔とは転移魔法の開発途中で出た犠牲者の成れの果て。
幻界(アストラル界)に取り残された混沌思念体——アストラルホムンクルスだ。
「――ってか、いま、あたし、誰と喋ってるわけ? この声が聞こえてるのってあたしだけ?」
彼女はアネットをまじまじと見て眉根を寄せた。
「ここだよここ。首にかかった蛇が喋っているんだ」
「へ? ……いやぁあああああっ、なにその蛇っ!? あ、あんた、よくそんな恐ろしい生き物を首にまいて平気でいられるわねっ!! それ毒蛇じゃない。噛まれたら死ぬのよ!!」
「シュウくんは特別。だから問題ない」
毎回このやりとりをするのも面倒だな。
早いところ全盛期の力を取り戻したいものだ。
「はぁはぁ……、世界には想像を絶するような特技を持った人間がいるのね。それを知れただけでも海を越えてきた価値があったわ。正直、心臓が持ちそうにないけど……」
「とりあえず自己紹介をしないか。俺はシュウ、今は蛇の姿だが元々は人間なんだ」
「わたしはアネット」
「あたしは
「モモはあの領主に殺意を抱いているみたいだが、どういった関係なんだ? 俺はいま、あの男のことを調べているんだ」
「あいつは最低のクズよ。人のこと、密航者だのと有らぬ疑いをかけてきて、それを見逃す代わりに角を一本寄こせって……。あぁあああっ、忌々しい忌々しい忌々しい!! 角を斬られたときのあの感触、二度と忘れるものか。必ず地獄に突き落としてやるわ!!」
モモは懐から塩を取り出して角の切断面に擦り付けた。
しばらくはそっとしておこう。
「――変なこと聞いて済まなかったな」
「あんたたち、なんで領主のこと調べているのよ。取り入ろうとしているならぶった斬るわよ」
「ここだけの話、俺たちもあいつに恨みがあるんだ。山賊に狙われて危うく奴隷商に売り飛ばされそうになったからな」
「そ、そうなの?」
「だから犯罪の証拠を探しているんだよ。あいつは今後も悪いことをするだろうから」
「ん」
「法の裁きを下すわけね。いいじゃない。協力するわ!! これでも腕っぷしには多少自信があるからね。――聞いて驚きなさい。あたし、ドラゴンスレイヤーの称号を持っているのよ。身分証提示!!」
モモはステータスウィンドウを見せびらかした。
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▽赤瀬川もも
年齢:15歳
性別:女性
身長:158センチ
体重:58キロ
種族:鬼人族
▽特異体質:硬質化
効果——皮膚が硬くなる
▽特殊能力:闇魔法
効果―—闇魔法が強化される
▽実績解除報酬:ドラゴンスレイヤー
効果——恐怖攻撃による怯み軽減
処罰——魔法の威力が激減する
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ドラゴンスレイヤーの称号は大変名誉なことだがペナルティが発生してしまう。
人間がドラゴン狩りを始めてしまうと生態系が崩れるからだ。人々を護った英雄にペナルティを科すのは心苦しい決断だったが称号の悪用を防ぐには致し方のない措置だった。ペナルティを逆手に取った他国の英雄弱体化計画などは簡単に思いつくが、ドラゴンの成長速度は遅いので実現は不可能に近い。
また、称号持ちの人間がドラゴンに攻撃を与えると判定を吸って上書きされるシステム。
実力者頼りの寄生型プレイヤーを減らすための措置。
「ドラゴンスレイヤーか。すごいな。初めて見たぞ」
「ふふんっ、これで角が折られたことも名誉の負傷だと言えるわ!! あなたたち、本物のドラゴンを見たことはある? あたしが対峙したものは幼体だったらしいけど。半端ない威圧感を放っていたわ。あんなのがさらに大きくなって襲ってきたらと思うと本当に恐ろしいわね」
「ははっ、大袈裟だな」
「そう笑っていられるのも今の内よ。いつか本物を見たときにちびりなさい。泣いて助けを乞うのならあたしが助けてあげるわ!! 魔法は元々苦手だし、ペナルティなんて怖くないもの」
「それってつまり、俺たちとパーティーを組んでくれるって解釈でいいか?」
「なに? あなたたちもしかして冒険者なの? 女一人と使い魔一匹で?」
「シュウくんはこう見えて、Gランク冒険者」
「その程度なら誰でもなれるし自慢にはならないわよ。まあ、あなたたち、世間知らずで危なっかしいし、しょうがないから頼れるお姉さんのあたしがパーティーに入ってあげるわ!!」
「わたしもシュウくんも16歳以上。モモちゃんが一番の年下」
「嘘でしょ? あんた、そんなちんちくりんな成りして年上なの? ちゃんと栄養取ったほうがいいわよ。これから冒険者としてやっていくならなおさらね」
「ん、これからいっぱい食べて、大きくなる」
ぽつぽつと雨が降ってきた。
「雨が降ってきたわね。あなたたちこのあとどこで寝泊まりするつもり?」
「まだ、決めてないな」
「それなら、あたしが今お世話になっている孤児院に行きましょう。案内するわ」
お言葉に甘えてモモの後ろについていった。
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