第2話 古代都市

 町には夜明け前に到着した。


 古代都市オブリビオンは隕石の衝突により一度滅んでいる。地中深くには超古代文明が眠っていて、それを掘り起こした男は巨万の富を得てこの地の支配者となった。噂は瞬く間に広まって冒険者がやってきた。お宝争奪戦は熾烈を極め、そして数年と経たずに掘り尽くされた。


 俺とアネットは門をくぐってすぐ、人材派遣組織、通称:冒険者ギルドへと赴いた。寝起きの通行人たちは山のように積み上げられた山賊を見て呆気に取られていた。


「おいおいおいっ、こいつら泣く子も黙るBランク賞金首のゼック団じゃねえか」


「まさかこのちっこいお嬢ちゃんが一人でやっつけたってのかよ。いったい何者だ?」


 急ぎ足で冒険者ギルドに入って受付嬢に話しかけた。


「すみません。俺たちの冒険者登録と使い魔登録をお願いします」


「あら? お嬢ちゃん、可愛らしい顔に反して面白い声をしているのね。登録する前に一つ聞きたいんだけど。外で寝っ転がっている山賊たちを捕まえたのってもしかしてあなた?」


「……わたしじゃない。あの人たちを倒したのは使い魔のシュウくん」


「へ? その蛇が?」


 言葉だけで説明するのは難しいので俺は人の姿に変身するべく床に降りた。受付嬢はボディーラインが際立つタイトスカートを履いていた。やはり女性を下から覗き込むのは最高だな。


「俺は擬獣化術師のシュウだ」


 すぐさま人の姿になる。


「――ッ!? ビックリした!? 最初に話しかけてきたのはあなただったのね。その若さで動物に変身できるなんて凄いじゃない」


「いや、そうとも言えない。蛇の姿に慣れ過ぎたせいか元の姿を長く維持できなくてな。山の中でひっそりと暮らしていたんだ。そのとき山賊に襲われているこの子と出会ってね。あいつらを倒せたのはたまたま運が良かっただけだ」


「ふぅん、擬獣化術師は変わり者が多いって聞くけどあなたは謙虚なのね。……って、ちょっと待って!? あの山賊たちはエルフを捕まえて奴隷商に売ろうとしていたってことよね?」


「そうだ。……事情聴取は俺が引き受けるからこの子は休ませてやってくれ」


 不老不死は疲労を感じないが、丸一日歩き回ったんだから精神的に参っているだろう。


「そうだったのね!! お嬢ちゃん、怖かったでしょう。奥の部屋でゆっくり休むといいわ」


「ん。ありがとうございます」


 人の姿を維持するためにアネットが保有している魔力を根こそぎ奪い取った。魔力を失うと強烈な疲労感に襲われる。彼女を奥の部屋で寝かせてから事情聴取を受けた。山賊を生け捕りにした報酬で使い魔登録と擬獣化術師登録を済ませる。


「――これで一通りの手続きは済んだわね。パーティー名はどうするの?」


「トワイライトにしたい。かぶってないか?」


「問題ないわ」


「じゃあ、トワイライトで登録してくれ」


「登録完了よ。ゼック団を倒したのが本当ならAランクくらいの実力があるはずだけど。規則だからIランクスタートになるわ。不満ならランクアップ申請でもしていく?」


 冒険者の実力を示す階級はIランクから始まって、H・G・F・E・D・C・B・A・S・M・Lと上がっていく。この町の外は緑豊かで魔物が生息している。Gランク冒険者並みの戦闘力がないものは壁の外で生きていくことが難しい。俺たちが安心して山を下れたのはゼック団が魔物を減らしていたお陰だ。


「ランクアップ申請ってどのくらい掛かるんだ?」


「一つランクを上げるのに銅貨一枚よ」


「いや、試験に掛かる時間を知りたい。俺が人の姿でいられるのは40分程度だからな」


「20分もかからないわ。試験内容は一対一の模擬戦だけど大丈夫?」


「問題ない。HランクもしくはGランクの試験を受けさせてくれ」


「分かったわ。審判と対戦相手を呼んでくるわね」


 模擬戦用の片手剣と円盤盾を借りてから裏手にある訓練場に向かった。

 

「おはようございます。新人冒険者のシュウです。本日はよろしくお願いします!!」


「おーう、朝っぱらから昇格試験とはずいぶん威勢のいいガキがいたもんだぜ」


 動体視力に優れた鳥人族の審判と、膨人ぼうじん族の大男がやってきた。


 膨人族は猿から進化した標準的な人間のこと。

 巨人族、小人族、エルフ族、ドワーフ族、膨人族、亜人族等々、全て人間でくくられる。


「おれは赤斧せきふのマグバス。元冒険者だ。今、Dランク冒険者は出払っているから代わりにおれが相手をしよう。魔法でも何でもとにかくおれに一撃を入れたら勝ちで良い。どっからでも掛かってきな」


 マグバスは柄の長い三日月型の斧を構えた。外国の武器は斬るというよりも叩きつけることに重きが置かれている。衝撃吸収の付与魔法が施されているとはいえ、全力で殴りつけられたら普通に粉砕骨折するだろう。


「それじゃあ、遠慮なく行かせてもらおう。ウィンドアロー!!」


 俺は頭上に風魔法の矢を10本生み出し、軽い挨拶のつもりで一発放った。マグバスは斧を軽く振るっただけで矢をかき消した。魔法も使わずに腕力だけであれを防ぐか。やはりこの男、ただ者じゃないな。


 続けざま不規則なタイミングで残りの矢を放つ。


 最初の一発以降、全く威力のない見せかけの魔法だが、そうと知らない相手は対応せざるを得ない。風の矢は実体がある矢より威力も射程も幾分か落ちる。とはいえ、至近距離で喰らえば肉が抉れるので無視していい攻撃ではない。魔力を温存して戦うのは中々しんどいな。


「むんっ!! ファイアウォール!!」


 炎の壁に全ての矢が呑み込まれた。


 俺はその間に距離を詰め、切っ先に風魔法を纏わせて勢いよく剣を振り下ろした。炎の壁を引き裂いてマグバスに叩き込む。だが、斧頭で弾かれて空へと突き上げられた。さらに相手は柄の長さを生かして追撃してきた。


 即座に体を回転させて受け流し、自由落下で距離を詰めて懐に潜り込んだ。


 まわし蹴りを円盤盾で防いで一気に畳みかける。


 視界の隅で審判と受付嬢が談笑に耽っていた。


「――ギルドマスターと互角にやり合っているなんて、何者なんですか彼は!?」


「表で倒れていた山賊、あれ全部、彼一人で倒したらしいわよ」


「ゼック団を? それが本当だとすればギルドマスターと同等の実力があることに」


「ちょっと大げさじゃない? ギルドマスターに勝てる人間なんているはずがないわ」


「まあ、それはそうですが」


 息付く暇もなく入れ替わる攻防。


 マグバスの重たい攻撃で片手剣にヒビが入った。衝撃吸収のエンチャントが消え、次に攻撃を喰らったら完全に折れてしまうだろう。こうなっては仕方がない、少しだけ本気を出すか。


「今から最大魔法を放つ。衝撃には備えてくれよ。――滅ぼせ、ドラゴンブレス!!」


「――――ッ!?」


 出力20%の竜の息吹でマグバスを吹き飛ばした。

 彼は冒険者ギルドの壁に激突して膝をついた。


「くっ……、気合の籠った良い一撃だったぜ。文句なしの合格だ!!」


「ふう、疲れた」


「……ギルドマスターが敗れた?」


「本気じゃないとはいえギルドマスターに膝をつかせるなんて。すごい新人が現れたわね」


「……初めての対戦相手がギルドマスターなのは酷くないか?」


「今いるギルド職員で対戦相手を務められる人が彼の他にいなかったのよ」


「なるほど」


 なんやかんやでGランク冒険者に昇格した。

 これで門番に無用な心配を掛けることなく壁の向こう側にいける。


☆ ☆ ☆


「……起きた」


 アネットはお昼近くに目を覚ました。シャワーで全身の汚れを落とし、新しい服に着替え、彼女は見違えるほど綺麗になっていたが左目の包帯は何故か付けたままだった。


「おはようアネット。なんでまだ包帯を付けているんだ? 視力は戻っているはずだろう」


「シュウくんのお陰で体の悪いとこ全部消えた。すこぶる元気」


「それなのになぜ?」


「包帯は魔眼の暴発を防ぐためのもの。……ステータスオープン」


 突然、アネットは俺を首にかけたあとステータスウィンドウを表示した。

____________

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

▽アネット

 年齢:16歳

 性別:女性

 身長:147センチ

 体重:45キロ

 種族:森人族(古代エルフ族)


▽タレント:金縛りの魔眼

 効果——瞳から強烈な魔力光を放ち、目視した相手の思考力を鈍らせる

 上位互換に、魅了の魔眼、石化の魔眼などが存在する


▽スキル:形状変化

 効果——物体の形状を変化させる


▽実績解除報酬:**Бュ*の権能

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 タレントは生まれつき備わっている特異体質のこと。

 スキルは生まれつき備わっている特殊能力のこと。


 実績解除報酬は特殊なイベントに遭遇すると得られる能力。俺と契約を結んだことにより彼女は現在不老不死となっている。この世界に存在しない文字なので正しく表示されないが、そのうち改善されるだろう。


 ステータスは俺が普及させたシステムだ。


 世界の秩序を乱す危険なスキルが見つかった場合、管理者のザクシムがスキル大全に登録してくれる。スキルの名前と効果は手動入力なので、間違った解釈をしている場合もある。


 単位にメートル法やヤード・ポンド法が使われているのも俺の指示によるものだ。


「わたし、魔眼持ち」


「へえ、俺が寝ている間に魔眼なんてものまで出てきたのか」


 この星の生き物は未だ進化の限界が見えないな。いや、地球の頃でも新種の生き物は発見されていたし、今は百年周期で記録しているから世界が目まぐるしく動いているように感じるだけか。

 

「……実績解除報酬が増えてる。この伏せ字表示******ってシュウくんの力?」


「ああ。持久力がかなり増えて、火属性と風属性の魔法が強化されるんだ」


「すごい」


 不老不死になっていることはまだ言えないな。


「シュウくん。このあとどうするの?」


「聞き込み調査によると領主は今この町にいないって話だ。俺が目を覚ます数日前、都市の外側に隕石が落ちてきたらしく、彼は孤児たちを引き連れて採石場跡地に向かったんだと。だから昼食のあとそこに向かおうか」


「ん」


 日没間際、採石場跡地に到着した。

 もう町に引き返すこともできないので今夜はこの付近で野宿するしかない。

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