ヴィランの祭典 ~邪神をやめたい俺、世界で一番悪いやつに神の座を押し付けたい~
小金井三遁
第1話 邪神の覚醒
「お嬢ちゃん。どうやら追いかけっこはおしまいみたいだな」
「……うぅっ」
真夜中。苔に覆われた古代の洞窟で山賊たちが十六歳の銀髪エルフを取り囲んだ。頭上に空いた裂け目から月明かりが差し込んでくる。この窮地を脱するには岩壁をよじ登って天窓を通り抜けるしかない。
左目に包帯を巻いた彼女は視界不良のため、ぬかるみに足を取られて転倒した。
「げははははっ。無様だな。せっかくだからお嬢ちゃんの今後について少しだけ語ってやろう。幸せな未来の話だ。お前はこれから
「……ゴブリンの変異種に、白色は存在しない」
「存在しないだと、そいつは変だなぁ? 長い耳に貧相な体つき、ゴブリンの特徴と完全に一致していると思うがなぁ?」
「エルフの略取は重罪……。それは何処の国でも同じはず」
「あぁ、確かにエルフの密猟は禁止されているな。そんなことがバレたら奴隷に落とされて死ぬまで酷使されるだろう。あぁ、恐ろしい。……だが、おれたちのターゲットはあくまでもアルビノゴブリンで、今やっていることは珍しい魔物の捕獲クエストだ。何も問題はないな」
人身売買は数十年前に禁止となった。
ゆえに山賊たちはエルフを指す隠語としてアルビノゴブリンを使用している。
「うひょひょっ!! ゴブリンの耳とエルフの耳、あれを判別できるヤツなんて、この世にいるんすかねぇ? いっそのことそぎ落として試してみていいっすか?」
「ふざけるな馬鹿。傷をつけたら価値が下がるだろうが」
「元々ボロボロじゃないっすか。今更、片耳を失ったくらいで大差ないっすよ」
山賊たちがゆっくりと距離を詰めてくる。少女は尻もちをついたまま後退した。こつんと背中に何か堅いものが当たり、振り返るとそこには禍々しいオーラを放つ蛇のオブジェがあった。
山賊たちの興味が少女からオブジェに移る。
「なんだこりゃ?」
「おやびん、これ、あれじゃねえっすか? 古文書に記されていた邪神像」
「邪神……? あぁ、古代エルフどもが奉っていた異世界の神か。げははははっ、こいつは傑作だ。出口のない洞窟に逃げ込んで何を血迷ったのかと思ったが、そうか……、最後の最後、自らが信仰している神にすがり付きたかっただけか。お前、古代エルフの生き残りだったんだな」
山賊の頭領は少女の髪を掴んで持ち上げた。
「おい、野郎ども。この像を破壊しろ。地面にお宝が埋まっているはずだ」
「やめて……っ!!」
静止の声も空しく、邪神像は蹴り倒されて粉々に砕け散った。その直後、地中に埋もれていた黒い球体にヒビが入って隙間からモクモクと怪しげな黒い煙が漏れ出した。
☆ ☆ ☆
救いを求める声が奈落の底にまで響き、深い眠りから目覚めた俺は白い蛇の姿で登場した。
長らく地中に眠っていたせいか月明かりすら眩しく感じる。
「俺を呼んだのは誰だ?」
ジト目の少女と目が合う。
武装した大柄の男たちは俺を取り囲み、きょとんとした顔つきで見下ろしていた。
「おやびん? いま、蛇が喋ったっすよね? オレの聞き間違いじゃなければだけど……」
「おいおい。まさかこれが邪神とか言うんじゃねえだろうな?」
「こんな魔物、森にいましたよね。確か、蒸気蛇(ヴェイパーヴァイパー)って名前だった気がします。毒を撒き散らすから大昔の人には恐ろしい魔物だったのでしょうね。野生動物を神と崇める民族はそこそこ確認されていますし、古代エルフもその一つだったのでしょう」
「げははははっ、良かったなぁお嬢ちゃん!! この絶望的な状況を打開する方法が見つかったじゃあねえか。毒蛇に噛まれれば死ぬことができるだろうな。ほら、邪神様に栄光あれ」
大柄の男はエルフの少女を放り投げた。すると解放された少女は俺の前で跪いた。
「……お願いします邪神様。この世界を壊してください」
邪神と呼ばれるのも久方ぶりだ。
俺は単なる地球産の怪人でしかないのだが、この星に生命が誕生する前から生きているので神様のようなものだと言っても差し支えはないだろう。俺にとってこの星の生き物は我が子同然の存在だ。地球のテクノロジーが暴走して生まれた突然変異体〝魔物〟に対しても手心を加えていた結果、気が付けば邪神と呼ばれるようになっていたわけだが……。
「いくら祈ったところで無駄だがな。――貫け、シャドウスパイク!!」
次の瞬間、黒い棘が足元から大量に飛び出してきて俺の心臓を貫いた。
「邪神様っ!?」
「あっけなかったな。最後の希望なんて所詮こんなものだ」
「そんな……」
「――中々の一撃だったよ。お陰で目が覚めてきた」
俺は全身を黒い霧で覆い隠して人の姿になった。溜め込んでいた魔力を放出して黒い棘を吹き飛ばした。すると超再生能力で傷口が瞬く間に塞がっていく。
「バカな……っ!? 擬人化魔法に超速再生だと!? そんな真似ができるのは災害級だけのはずだ。まさか貴様、マンティコアやエンシェントドラゴンなどと同じレベルに達しているとでも言うつもりか?」
「おやびん。このガキ、ヤバくないっすか?」
「出し惜しみせず一気に決めるぞ。――万物を焼き払え、プロミネンス!!」
俺の全身が炎に包まれる。熱さも痛みもさほど感じなかったのでそのまま一気に距離を詰めて渾身の力で殴り飛ばした。全員を叩きのめしてから彼らが所持していた鎖で拘束した。
「――ふぅ、これで全員か」
あらためて少女の方を振り向くと、彼女はハッと我に返って首を垂れた。
「邪神様。呼び出した対価は何がお望みですか? すでに左目の視力、半分の寿命、いくつかの臓器は悪魔に捧げてしまったので選択肢は少ないですけど……」
「対価か。 ……まあ、あれだな。旅は道連れとか言うし、俺の寿命が尽きるその日まで、パートナーとして一緒にいてくれないか?」
「ぱ、パートナー……ですか? ……分かりました」
次の瞬間、彼女の左手が光り輝き黒い紋様が現れた。そして彼女の左目と心臓、多数の臓器に刻まれていた悪魔の刻印が派手に砕け散った。しばらくすると魔法陣が一斉に展開されて怒り心頭の悪魔が飛び出してきた。
「ギャギャギャギャギャ――ッ!! 契約を破棄したな。お前の肉体を貰いにきたゾ」
「寄こせ」「寄こせ」「寄こせ」「寄こせ」「寄こせ」「寄こせ」「寄こせ」「寄こせ」
「騒がしいな。……散れ」
魔力を纏わせたデコピンで下級悪魔を幻界に送り返した。
悪魔とは、死後、肉体の一部を提供すると約束した者の願いを叶えてくれる存在だ。
永遠の命を持つ俺と魔力のパスを繋げたことで少女も不老不死となり、魔力の急激な増加に耐え切れず悪魔の刻印は消滅した。
「あの数の悪魔と契約していたら目を開けることすらしんどいはずなんだが、見かけによらず欲深いんだな。臓器を捧げるのに一切のためらいがない。何か叶えたい願いでもあるのか?」
「……いえ、わたし、戦争孤児で住む場所がなかったから、悪魔と契約することを条件にご領主様からお家を借りていただけです。叶えたい願いがあるのはご領主様です」
「ふむ……。欲深いのは領主だったか。邪神の後継者として相応しいか見極めたいな」
「邪神様は後継者を探しているのですか?」
「それが俺の望みだからな」
不老不死の能力を捨て、
「わたしにできることがあるなら何でも手伝います」
「ありがとう。……とりあえず俺を邪神と呼ぶのは禁止な。俺の名前は
「シュウ様」
「様付けはしなくていい、敬語も要らない」
「しゅ、主君、……シュウくん?」
「ああ、俺の呼び方はそれでいいとして、キミの名前は?」
「アネットです」
「覚えやすくて良い名前だな」
突然、足の力が抜けて立ち上がれなくなり、変身が解けて蛇の姿になってしまった。
「……!? だいじょうぶ?」
「体調に変化はない。どうやらこれ以上、人の姿を保つことができないようだ」
アネットは俺を掬い上げて自分の首に巻き付けた。
「わたしがシュウくんを背負う」
「肩、重くないか?」
「問題ない」
「……それじゃあアネット。領主がいるところまで案内を頼めるか」
「ん。任せて」
邪神の力は悪人が傍にいると強まるので浮遊魔法で山賊たちを浮き上がらせて下山した。
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