第53話 初めての釣果

 というか、自分の身長より十倍くらい大きい巨大トカゲと戦っていた時はあんなにも凛々しくて勇ましかったのに、なんで釣りの時はあんなへっぴり腰になるんだろうなぁ。


「まいります!」


 気合いを入れ直したレニアは、教えた通りの手順でキャスティング。放たれた釣り糸は真っ直ぐ伸びていき、ポチャンと音を立てて潜っていく。


「これは……成功ですか?」

「大成功だよ。初めてとは思えないくらいの上出来だ」

「やったぁ!」


 うまくいって喜ぶレニアだが、まだスタートを切ったばかり。むしろ本番はここから――なのだが、じゃあ何をするかといえば、魚がエサにかかるまでひたすら待ち続けるだけだ。


「さあ、次はどうしますか!」

「待つ」

「えっ?」

「ひたすらに待つ。これも釣りの醍醐味だよ」

「な、なるほど……」


 レニアは用意してきたキャンプ用のチェアに腰を下ろすと、ジッと竿の先端を見つめていた。


「うぅ、いつ魚が食いつくか分からないので緊張しますね」

「平常心だぞ、レニア。騎士としていかなる環境においても自分の力をしっかりと発揮できるよう、ここで精神の鍛練だ」

「……私が所属する部隊の隊長も、常に緊張感をもって挑めといつもおっしゃっていますね」


 オルティスさんからのアドバイスが身に染みたのか、竿を握るレニアの顔つきが変わる。


 ま、まあ、戦いの場における緊張感とここの緊張感は言葉こそ一緒だけど中身が違いすぎやしないかって思わなくもないが。

 ただ、レニアの表情は真剣そのものなので、緊張感があるにはあるようなのでいいのかな?


 ――すると、これが功を奏したのか、レニアの竿に早速当たりが。


「あ、あれ? なんだか揺れている気がします!?」

「魚がかかったんだよ、レニア!」

「落ち着け! 力任せに引っ張るんじゃないぞ!」


 俺もオルティスさんも自分の竿そっちのけでレニアのもとへと集まり、初釣りを成功させてやろうとフォローに回る。


 ちなみに、前回の反省を踏まえてタモを用意してある。

 釣り上げなくても近くまで寄せてくれたら、こいつですくってやろう。


「レニア、ゆっくり慎重にリールを回すんだ」

「は、はい」


 おぼつかない様子ながらも、事前に教えたやり方を実践して着実に魚との距離を詰めていく。


 岸に近づいてきた魚をタモですくい上げ、自分が釣ったわけでもないのに思わずガッツポーズをしてしまった。


 格闘することおよそ二分。


 言葉にしてみれば短いが、実際に魚と戦っているレニアにとっては数時間はやっているって感覚だろうな。俺も最初のうちはそうだったからよく分かるよ。

 ちなみに魚は約四十センチというなかなかの大物。


 見た目は鮭に似ているな。

 オルティスさん曰く、食べられるとのことでひと安心。


「やったぞ、レニア!」

「これは見事なサイズだ」


 タモに入った魚を見た俺とオルティスさんは興奮気味だが、当の釣り上げたレニア本人は息を切らしながら放心状態となっている。


 勝利の余韻に浸っているようだが、自分で釣った魚をしっかり目に焼きつけなくてはもったいない。

 彼女のもとまでタモを持っていき、魚とご対面。


「お、大きいですね。かなり強い力で引っ張られていましたが、まさかこれほどとは」

「市場で買おうとしたら値が張るぞ、このサイズは」


 正直、この一匹だけでやろうとしている料理は完成しそうだが、まだまだ釣りは始まったばかり。


「オルティスさん、俺たちも負けてはいられませんね」

「そうだな。クロップとハモンズが戻ってくるまでまだ時間はある……せめて一匹は釣りたいところだ」

「私はさらなる大物を目指して再挑戦します!」


 レニアが好スタートを切ってくれたおかげで、俺とオルティスさんも俄然ヤル気が湧き上がってきた。


 とはいえ、俺たちの釣果は湖を泳ぎ回る魚たちの気分次第。


 腹が減っていなければエサに食いついてこないため、それまではのんびりとした時間が流れる。


 しかし、これが不思議と退屈ではなかった。

 ふたりからこの世界におけるいろんな文化や風習の話を聞いているだけでも楽しかったし、逆に俺の世界の話をするとふたりは興味深げに耳を傾けていた。


「ユーダイさんの暮らしている世界……こちらとはだいぶ違うようですね」

「だが、不思議なのはそちらの世界にこちら側の知識が少なからず存在しているというのに、君らの世界に関する情報は一切こちらに入ってこない……これはどういうことなのだろうか」


 顎に手を添えて考え込むオルティスさん。

 実は俺もそれが疑問ではあった。

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