第41話

「よし、いよいよ挑戦だ……。って、あれ?」


 売れ具合を確認せずに戦闘の準備をして地下三階に向かおうと椅子から腰を上げかけた時、ここで時刻表示の横にある所持金の項目が予想と違うのに気づく。

 そこには黄色い〇と数字が表示されているのだが、先ほどまでの数字に予想していた数字の合計がおかしいのだ。


(七百五十増えると思ってたのに、八百六十増えている?)


 その差は百十。

 その数字で思いつくのは、買い取りしてもらった地下三階産オーブの数が十一ということだ。


「同じレベル1のオーブで、値段が違うのか?」


 数が多かったので、いくらで買い取るかの表示は読まずにクリックして飛ばしていた。

 読むべきだったと考えながら、慌てて国内商店の販売アイテムリストを確認したが、そこは既に空である。


(早っ!?)


 結構な人数が百魔貨程度は貯めていたようだ。

 地下三階はともかく、地下二階程度ならそれなりの数のプレイヤーが進んでいるようである。


「まぁ、いいか。ボス部屋前へ行くまでに、オーブの一つぐらいは出るだろう」


 午前中に地下四階を覗いてみたい。

 だから、急いで用意をしなければ。



 +++



(大体、こんなもんか)


 ボス部屋前までの進路途中で、戦闘が七回起こる。

 これが、どうしても避けられない最小限の回数だ。

 その七回で手に入れたアイテムは、LV1スキルオーブと黄ポーションが一つずつである。

 緑ポーションの出現率は低いみたいだ。

 この傾向が最後まで続くかは不明だが、階によって違ってもおかしくはないだろう。

 ああ、もちろん他に青コイン七枚もゲットしている。


「……さて」


 目線を東側の壁に有る、観音開きの扉に向ける。

 これまでの粗末な木製扉とは違い、幅は倍の大きさでシンメトリーな幾何学模様のレリーフが刻まれた木製扉だ。

 この扉を抜けた先に何があるかは不明だが、地下四階に進んだプレイヤーはここを通ったに違いない。


(覚悟を決めて準備するか……)


 装備は万全なはずだが、念の為にもう一度確認する。

 きちんと問題無く装備できているかチェックし終わると、下ろしたバックパックの横に据え付けたポーションバッグからスタミナポーションを一本取り出す。

 今日はこれまで七戦しかしていないため、まだ疲れを感じていないが保険のために飲んでおく。


「ゴクゴク。……ふぅぅぅ。……そろそろ行くか」


 ポーションの効果で体内に熱を帯びつつ、立ち上がって扉へ近づく。

 まずは、押して開けるのか引いて開けるのかの確認だ。

 二つの取っ手を片手ずつ握り、前後に軽く動かすと引いて開ける扉だとわかった。


(そういうことなら)


 バックパックから、とある荷物を取り出す。

 昨日、公式商店で買っておいたロープである。

 そのロープの端を両方の取っ手に一つずつ結び付けて、扉を開けようという作戦である。


 正直、そこまで警戒が必要かどうか悩んだ。

 ただ、初めての怪しい扉でロープの値段も高額ではなかったこともあり、ここは慎重に行こうと決めたのである。



 +++



「よし、やるぞ」


 準備は完了。

 後は手にしたロープを操って、扉を開けていくだけである。


 最初はゆっくりとロープを引いていく。

 徐々に開いていく観音扉の中心を見つめていると、その先が見えてきた。


(って、これか)


 広がっていく開口部の向こう側。

 それは、これまでとは違って幅は広いが長さは変わらない通路であった。

 その先の行き止まりには、今開けているのと同じ扉が有る。


「あの先が本命かよ……」


 厳重に警戒していたのが、なんだかあほらしい。

 こんな心境にさせて、気を抜かせるダンジョンの罠かもしれないが。

 とりあえずロープを回収すると、右手にバックパックと左手に四角木盾を持って通路に入る。

 もう一度取っ手を掴んで確認すると、この扉も引いて開けるものだったので再びロープを結び直す。


(流石に、この扉の向こうだよな)


 この地下三階の構造を考えると、今度こそボス部屋だと思う。

 そう考えて、再び慎重にロープを引いた。


「……。んっ? ……結構広いな」


 これまで遭遇してきた部屋の広さだが、目で見た限りではチュートリアルダンジョンから一定の大きさだと判断している。

 しかし、見えてきた部屋は違う。

 南北は変わりないと思うが、東西が倍はあると思われる広さだ。

 この扉の対面の東壁には、これまでにない物が存在している。


(なんか、怪しげな祭壇っぽいものが)


 邪教の輩が生贄を供えていそうな祭壇である。

 実際に見たことはないので、あくまでアニメや漫画からのイメージだが。


「そして、モンスターは存在しないと……」


 観音扉を開けきったが、室内には何者の姿が無い。

 これまでは微動だにしないモンスターが待ち受けていたが、入室したら出現する新パターンだろうか。


(それにしても、よく最初の人は入れたよな)


 敵がいれば、それを観察して戦略を練るとか諦めるとかの選択肢が取れる。

 しかし、何もいない状態では行き当たりばったりで戦うしかない。


「……とはいえ、倒した人がいるんだから無理ゲーではないしな」


 ここを抜けないと、先には進めない。

 他の多くのプレイヤーでも抜ける難易度だと思うから、神運様によって強化された俺なら大丈夫なはずだ。

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