とある日本人プレイヤー
「痛ってぇ……。くそ、ドジッたわ……」
痛む左手を抱え込むようにしながら、階段を上がる。
腫れつつ変色し始めた左前腕は、軽くてもひびか最悪骨折していてもおかしくはない。
「くっ、油断したわ。……痛い、最悪だ……」
これまでが順調過ぎて、ダンジョンにおける戦闘の怖さを甘く思っていたのかもしれない。
その結果が、この重傷である。
「骨のくせに。二体は厳しかったか」
一体ではそれなりに苦労はしても無傷で倒せる敵であっても、一体増えるだけでいきなり厳しくなる。
掲示板に触発されて、地下三階に挑戦したのが早過ぎたか。
「……早く戻って、あそこに」
正直、あそこに入る羽目になるとは思っていなかった。
ここに連れてこられた俺は、漫画の主人公のように大活躍できると信じていたからだ。
+++
「うわ……。怪我を治すような感じには見えない」
目覚めた部屋の隣にある、引き出しが多数ある部屋を調べていて、一番端の大きな引き出しになった時である。
引き出すと二メートル近くになりそうな、その引き出しはベッドみたいな物だ。
「ここに寝て治すのか」
正直、以前見た映画にあった死体安置所の死体を入れるところと絵柄が同じである。
部屋も良く言えばシンプル、悪く言えば無機質な感じがするのも死体安置所っぽさを強くしていた。
「へぇ。怪我の程度によって値段は変わるが、どんな怪我でも後遺症無く絶対に治るのか」
わけがわからない画面に表示された説明を読む。
ダンジョン攻略を強要されそうな俺たちには、絶対に必要な設備だろう。
もっとも、治療に金が掛かるから使う必要が無いのが一番なのは当たり前だ。
+++
「うぐっ。……や、やっと着いた」
掲示板で準備室と呼ばれる部屋に着いた俺は、腕からの痛みで冷や汗を流しながら苦労して装備を外していく。
例の治療は裸で受けないといけないのだ。
「よ、よし。痛え……」
素っ裸でデカい引き出しを引き出すと、中に転げ落ちるように横になる。
目の前に浮かぶ、わけがわからない画面を斜め読みして同意ボタンを押すと、画面が消えて自動で引き出しが元に戻っていった。
「うっ、は、早く、してくれ」
暗闇の中で痛みが増してきたのを我慢していると、一筋の光線がサーチするように俺の身体を下から上、そして上から下へ移動する。
再び、わけがわからない画面が目の前に浮かび、いくつかの文章が記載されていた。
読むと、治療時間と必要な金額が書かれている。
時間は一時間もない短いものだが、値段は結構な金額が表示されていた。
今の貯金額では少しだけ足りないが、この痛みから逃れるのが最優先である。
「こ、これぐらいの借金なら、すぐ、返せる……」
何回か続く同意画面に全て同意すると、これから治療が始まるとメッセ―ジが出て画面が消える。
そして、真っ暗な引き出しの中で俺は意識を失った。
+++
「……。……あっ、むっ」
瞼を通して突き刺さる光に意識が覚醒する。
目を開けると、準備室の照明が明るく光っていた。
「あ、あれ? 俺、どうしてって、……痛みが消えてるっ!?」
どうやら、知らないうちに引き出しが飛び出ていたようだ。
そこから起き上がる時に自然と使っていた左手からは、腫れや変色も消えている。
当然、怪我をした場所からの痛みも無くなっていた。
「お、おおぉ! マジで治ってるっ!?」
左腕を回したり、力こぶを作ったりしても痛みが全く無い。
とんでもない技術である。
この技術を日本へ持ち帰れたら、あっという間に大金持ちだ。
「今の俺は借金があるけどな」
大した金額ではないから、地下一階や地下二階を数日回れば食費を考えても返すのに問題はない。
暫くは怪我をしたくないから、敵の種類によっては回避も考えよう。
「……よし。戦えそうだ」
怪我のトラウマで戦闘から逃げるかもと思っていたけど、そんなことはない。
ここに連れてこられた人間には、そんな精神の持ち主という条件でもあるのだろうか。
「ま、いいか。早速、地下一階でも行ってくるか」
急いで金を稼いでこないと、食事が例の配給食糧になってしまう。
それだけは、絶対に拒否したいのだ。
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