爆発

 思わず口に出すと、黒薔薇ことラインハルトは私を穏やかな顔で見た。


 お、おお……なんて眩しいご尊顔……。

  

 王兄ながら表には出てこない謎に包まれてた人物で、絵姿も無いから初めて見たけど、下から見上げてもめちゃくちゃイケメンだし男前やん。


 これまた噂で、先王に似て熊のような現王とは違って、第三妃に似て美しい顔立ちで、どっちが年上かわからない……という話があったが、どうやら本当だったようだ。どう見ても、今年三十五歳になられる御方とは思えない。

 

 眼福だけど、あまりの顔の良さにひええとなってしまう。


 そんな私を見て、ラインハルトはクスリと小さく笑った後、再び厳しい顔になってノエルを睨めつけた。

 

「……そんなことはない。誰がか勝手に流した噂だ。弟とも王家とも確執など、私にはない……」


 うん、これは本当。

 

 確かにそんな噂が一時期流れたことがあるらしいけど、あんなに兄が兄がって話してて、なんなら行きすぎた兄弟愛説の方が沢山流れされた義兄弟に、確執なんてあるわけないじゃん。

 

「嘘! 嘘嘘嘘! でも、だって! 母親だって毒殺されたんでしょ! 父親に愛されなかった分、母親に愛情注がれてたのに、そんな大切な母親を殺されて、王家を憎まないわけないじゃない!!」


 途端にラインハルトの顔が険しくなり、空気が刺さるような冷たさを帯びる。下手したら切り殺されそう……これが殺気ってやつ?

 

 いや、でもさ……。


「ラインハルト様の母である元第三妃様は、今は王太后となられ、離宮にて前王と共に健やかにお過ごしておられますが……?」

「はぁっ!? 何いってんのあんた! そんなわけ無いじゃん!! あたしはそういう設定にしたもの!!」

「……黙れ、小娘。ミレイヤ・ジョバスティ伯爵令嬢の言っていることは何一つ間違っていない」

「え? なんで黒薔薇様がモブを庇うの? 意味分かんないんだけど。なんで? なんで? なんで? なんで? ねえ、なんで?」


 それはこちらの話だ。

 

 現王の母君である元正妃様は病気で他界。

 元第二妃様は、故郷である隣国と密通し、反乱を起こそうとした罪で裁かれ、身分剥奪の上、息子共々死罪になっている。

 

 繰り上がって王妃、引いては王太后になった第三妃だけど、夫婦仲は式典とかで見かける限り良好そうだし、悪い噂も聞かない。


 一応これ歴史の授業でも習うんだけど……今まで何やってたんだ、この子?

 

 確かに、記憶持って転生なんて非現実的なことになったら、夢と現の境がわからなくなるのはわからなくもない。

 けど、長いこと生活してたら受け入れられそうなもんだけどな。彼女は創作と現実が分けることができず、妄想の世界から抜け出せなくなってしまってるんだろうか……。


「……大丈夫か、ミレイヤ・ジョバスティ伯爵令嬢」

「……え?」

「……顔色が悪い。……この場を離れた方がいい」

「は、はい……」

 

 まあ、あんな狂気的ホラーを眼の前で体験したら青くもなるわ。


 ラインハルトに従って一歩踏み出しながらノエルを一瞥する。


 すっかり大人しくなったが、ずっと口が動いてる所を見るに何か小声で呟いているようだ。その様子の不気味なこと不気味なこと……ノエルの左右の腕を捕らえている兵士が気の毒。


「……気味の悪い娘だ」


 ラインハルトも同じ気持ちのようで、眉間にシワを寄せ、心底不快な表情を浮かべている。

 

 私はラインハルトに手を引かれてその場を去ることに……え、ずっと手を引かれたままなんだけど、この対応合ってるの?

 

 普通私を部下に預けて、自分は現場の処理とかするもんじゃないのかなあ?


 ……というか。


「あの、どうしてわたくしの名前をご存知なのですか?」


 歩きながら尋ねると、ラインハルトは少し目を瞠り、握られた手の力が少し弱まる。

  

「……お父上から、何も聞いていないのか?」

「お父様から? いえ、何も……」

「……そうか。まあ、そうだろうな」


 え、なになに? どゆこと? 後ろを歩くリゲルを振り返り見るけど、ブンブンと首を横に振られる。


「……兎に角、今はこの場を離れよう」

「は、はい」

  

 父も巻き込んだ込み入った話なら、確かに今するべきじゃない。

 

 カフェテラスを出る階段を降りようとした時だった。

 

「あたしをきもちわるいっていうなああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

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