黒薔薇様
しかし、間近で破壊音が聞こえて目を開ける。かと思ったら、眼の前が黒一色に染まっていた。
黒い長髪を一つに束ねた、背広を羽織った背の高い後ろ姿……誰? 足元にはその人物が庇い落としてくれたのだろう、湯気の立つお湯が地面に広がるティーポットの残骸が転がっていた。
「黒薔薇様あっ!」
キャンキャン甲高いノエルの声が耳を刺激する。
く、黒薔薇? 彼がノエルの中のシナリオライターが求めていた隠しキャラ? でも私描いてないんだけど……別発注? わざわざ?
「黒薔薇様! 黒薔薇様! お会いしたかったです! やぁん、あたしの理想そのもの! あの下手クソに描いてもらわなくて良かった! もう完璧……ちょっと! 誰よあんたたち! 離しなさいよ!!」
なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたが、それどころではない。わらわらと現れた武装兵がノエルと愉快な仲間たちを次々と捕縛していった。
「……怪我はないか」
首だけ振り返られる。男らしく精悍で、それでいて美しい顔。見下ろした切れ長の鋭い目は夜のような黒。尋ねられた声は色気のある低い声で、全身に心地よい感覚が走る。
「わ、わたくしは大丈夫ですが、クヴィエチナがっ!」
「……すぐに医務室へ」
「はっ!」
どこからともなく現れた武装兵が、気を失っているクヴィエチナを引き取ってくれた。リゲルがノワールに手を差し出して立たせてる間に、自分で立とうとした私にスッと手が差し出された。黒薔薇だ。
「……手を」
「あ、ありがとうございます……。……あの、貴方は……?」
「……あの四人を捕縛しにきた。……あの女は危険だ」
「捕縛?」
どうやらあの四人、学園から停学&退学扱いになってるにも関わらず、学園に不法侵入。
かつ、第一王子は謹慎中なのに脱走。
元宰相息子は職場放棄で脱走兵扱い。
元騎士は身分剥奪されたのに貴族しか入れない学園に不法侵入。
元公爵子息は、なんと引取先の女侯爵(六十六歳)の元から金品盗んでいたようだ。何やってんだ……。
こんな内容を、ギャーギャーと大捕物が行なわれてるのを背景に……黒薔薇のゆっくりとした話し方で教えられた。もっとスッと喋ってほしい。
結局、屈曲な兵士を前に抵抗も虚しく、一人また一人と捕縛された。
大人しくしていないのは、一番最初に捕らえられた筈のノエルだけ。常軌を逸した様子に、令嬢だというのに二人がかりで地面に押し付けられていた。
「離せって言ってんだろうかモブどもが!! 黒薔薇様ぁっ! 助けて! 助けてください! あたしは王太子妃です! あなたが探しているのは次期王太子妃のあたしなんですよ! 早くこんなゴミ共蹴散らして、あたしを連れて、森の屋敷で一生一緒に暮らしましょう!!!!」
多方面でアウトな発言の数々だが、それ以上に壊れっぷりを発揮しているノエルに、黒薔薇に困惑の表情が浮かぶ。
「……なんなんだ、あのイカれ具合は……」
「さあ……。何やらあなたに会うために、色々頑張っていた方のようです。お知り合いでは?」
「……ない」
「ですよね」
「おいてめえ! モブ女! あたしの黒薔薇様に触ってんじゃねーよ! 殺すぞ!! 黒薔薇様ぁん! あたしは黒薔薇様のこと、よく知ってますぅ! 黒薔薇様は、弟に王位を取られて王家を憎んでるんですよね! そこで次期王太子の婚約者のあたしを攫ってエッチしちゃったら健気なあたしを好きになっちゃうんですよ! あたしの方はいつでも準備万端です! あたしを攫って、たった二人の世界で幸せに暮らしましょう!!」
うへえ……よくも恥ずかしげもなく大声で言えんなそんなこと。聞いてるこっちが恥ずかしい。
ってか、弟に王位をってことは、この人、現王の兄?
王には一つ違いの義兄がいる。
結構優秀な人なんだけど、この国では正妃の子が王太子になる習わしだった為、継承権は義弟よりも低かったらしい。
義弟が王位に就いた後は、色んな役職を転々。何年か前に王城から退き、今は都内に潜んでいるって噂があった。
何処かの家を隠れ蓑にして暮らしているとか、教会に出家したとか、はたまた全く姿の見せない学園長を勤めているとか噂は多々あったが、今だ真相は掴めていない。
一説には王が事あるごとにブラコン発言してるから、恥ずかしくて姿を見せられないと噂……いや、実際、王様が前挨拶の一文に必ず名前を出して褒めたたえてるから、これは事実なのかも。
……確か、名前は……。
「ラインハルト・リリーローズ様……?」
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