広くもないワンルームなので近くにいるしかない。両膝を抱えて座り、小さくため息を吐く。

終電まであとどれくらいかなと考えながら、サングラスを外し目を閉じている顔を見つめた。


酔いがさめたら、新城はこの状況を後悔するんだろうか……。

やっぱり連れて来るべきじゃなかったかな。

正気に戻った時の態度を想像して気持ちが沈んでしまう。逃げ出してしまいたい。


静かに引き戸を開け、ベランダに出る。

まるで自分の気持ちのようにジメジメした湿度を感じる。

この部屋から見えるのは住宅ばかりで、点々と光が存在した。みんな冷房を使っているためか静かな夜だった。


いくつかの光が消えるのを暫く眺めていると、ギシッと床が軋む音が背後から聞こえた。


「何でそこにいるのー? 暑くない?」


ふわふわと楽しそうに弾む声。

僅かに遠慮が感じられる普段から考えれば、告白以前に戻ったような態度だ。

それに気付いて鼻の奥がツンっとした。


「外の空気を吸いたくなっただけ」

「えー、それってこんな暑い夏にやることじゃないでしょ!」


「中に入ろうよ」と言いながら腰に手を回される。その行動に驚きで体がびくりと跳ねる。……何をしているの?


「新城?」

「んー?」


首筋に息がかかるほど近くにいる。

ドキドキよりも困惑が勝って、体が固まってしまっている。


「……くっつき過ぎじゃない?誰と間違えてるの?」


ははっと笑ってみるけど乾いた笑いすぎる。自分で言って傷付くとか馬鹿みたい。

俯いていたら顎を持ち上げられた。目と目が合う。


「なっちゃん」


新城ははっきりと私の名前を口にしたので、「え?」と聞き返してしまった。


「誰とも間違えてないけど」

「……え? 酔ってるよね?」


声のトーンが下がっていて、先程までの陽気さが消えている。

そして、ゆっくりと口角を上げ「どうだろうね?」と混乱することを言って翻弄してくる。


「……ちょっと待って。もし酔っぱらってないなら何でこんなことするの?」


顎に触れたままの手を退けようとするけれど、新城は離してくれなかった。

首を傾け顔を近付けてくる。


「ねえ、このままここに触れていい?」

「……何その冗談」


唇の厚さを確かめるかのように触れる指。


「冗談じゃないよ。なっちゃんとキスしたい」

「……いやだ、新城には彼女がいるでしょう」


ふらふらしていても浮気はしない、それが新城という男のはずだ。ずっと見てきたから分かる。


「彼女……、いないっていったら?」


まるで知らない男のような顔をして笑うから、これは誰なのかと思ってしまった。

見つめ合う途中、ごくんっと喉を鳴らしたのはどちらのものだったのか。


「嘘、いないわけない。ついこの間まで阿川くんが彼女のことを話していたもの」


そうだよ。そう、だから、これは……。

新城にとって私は都合の良い女ということなのか? 一晩の欲求のために。思い至ったのはこれ。


殺そうとしていた恋心はこんなもののために利用されようとしているのか?


「……彼女がいようといないと関係ない。新城とキスするなんて無理」


腹が立つ。連れてくるんじゃなかった。

新城に向けたことのない冷たい声で拒絶する。


「今すぐ帰って」


暫く顔も見たくない。

もう友達でいることも無理だと思う。

友達でいたいと望んだのは私だけど、もうそんなこと望まない。これは自分の甘さが生んだことだと思うから、新城ばかりを責めようとは思わないけど……!

私が好きになった新城はこんなことをする男じゃなかった。


頑丈で壊そうにもどうしようもなかった足元が一気に崩れていく気分だ。















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