第9話 外れた思惑

 婚約破棄と新たな婚約の手続きを終えた日、ガブレイト侯爵家のタウンハウスでは、激しく言い争う声が飛び交っていた。


 声の主はセルジオ・ガブレイト侯爵とその長男フェデリコ、それをニコレッタ・ガブレイト侯爵夫人が鋭い眼差しで睨み付けている。


 行動を制限する魔道具を装着されたまま王宮から連れ帰られたフェデリコは、邸の談話室で言葉だけは話せる状態になると、父であるセルジオを激しく罵り始めた。


「何しやがるこのクソ親父! 俺にこんなことしてただで済むと思っているのか! 今すぐこの魔道具をどうにかしろ、そして這いつくばって謝れ!!」


「いい加減にしろ、そんなものを使う羽目になったのは、お前の日頃の行いが原因だろうが! お前とモニカ嬢を自由にしておけば、王太子殿下に不敬を働くのが目に見えている。実際お前達二人揃って殿下を仇でも見るかのような目で睨み付けていただろうが! 今回は見逃してくださったが、本来なら不敬を働いたとして許されることではないのだぞ!!」


 どこまでも自分本位な罵倒をしてきたフェデリコに、セルジオも憤怒の表情で罵声を浴びせる。


 フェデリコに甘過ぎると有名なセルジオでさえ、今回の一件は許容できることではなかった。


 エミリオに暴言を吐き無礼な態度を取るフェデリコの姿が収められた映像を見せられた時は、あまりのことに卒倒しそうになったくらいだ。


 しかもどう考えても嘘でしかないモニカの言葉を盲目的に信じ、アイリーンを不当に罵倒し勝手に婚約破棄を突き付けるなど愚かにも程がある。


 彼女の優秀さを見込んで強引に婚約者にしたというのに、散々侮辱し続けた上に出来損ないの妹の方に懸想して不貞を働いた挙句にこれだ。


 流石にセルジオもフェデリコに対し堪忍袋の尾が切れた。


 それで映像を見せられた直後、王家の介入に反発することなくアイリーンとの婚約破棄、そしてモニカとの婚約を進め、その場で慰謝料など条件を話し合ったのだ。


 フェデリコを正式に廃嫡し、その上でモニカとの婚約を結ぶことを、アメデオの了承を得た上で決めた。


 モニカが学園を卒業した後は、二人はガブレイト侯爵家の領地に幽閉する予定だ。


 ただし、この二人が無事に学園を卒業できるかどうかはかなり怪しいところではあるが。


 現時点でモニカが進級できる可能性は限りなく低いし、フェデリコが最終学年まで進級できたことも不思議でならない。


 セルジオもニコレッタも裏から手を回すなどの不正を働いた訳でもないのに、何故か追試で合格点を取り進級できているのだ。


 奇跡なんて言葉では足りないほどの謎だが、その幸運がいつまで続くのかも分からない。


 二人とも退学せざるを得なくなり、予定より早く領地に送られる可能性だって高いのだ。


 その後は平民と同程度の生活ができる範囲内で面倒を見る予定になっている。


 セルジオが当主でいる間は貴族籍から除籍しないのは、二人に平民として働くなど間違いなく無理であるし、仮にどこかに雇ってもらえたとしても、雇い主に途轍もない迷惑を掛けることになるだけなのが目に見えているからだ。


 下手したらそれを罪とも思わずに犯罪に手を染める可能性だってある。


 それならば最低限の面倒を見る方がマシだと、アメデオと意見が一致したのであった。


 ただし学園卒業後、或いは退学後のことに関しては、その時になるまで二人に話すつもりはないが。


 アイリーンとの婚約は、フェデリコが今後も貴族でいる為には、アイリーンくらい優秀な女性でなければ難しいだろうと思い決めたことだったが、今となってはこうなってよかったのだろう。


 散々手を尽くしたにも拘らず、貴族として最低限の常識や能力を身に付けることができなかったフェデリコなど、アイリーンの害にしかならない。


 もっと早く、遅くともモニカと深い仲になった時点で解放しておくべきだったと今更ながら深く後悔した。


「何が王太子だ、俺達を侮辱したんだから睨んで当然だろう! それより、慰謝料はどうなってる!? アイリーンからいくら貰えるんだ?」


「……お前は何を言っているのだ? 慰謝料を払うのはこちらの方だ。アグイスト侯爵は、モニカ嬢にも責任があるからと金額は控えめにしてくれたが、アイリーン嬢にはできる限りの誠意は見せるつもりだ」


「はあ!? 何でこっちが慰謝料払わないといけないんだよ! 悪いのはあいつなんだから、アイリーンが俺に払うべきだろう!」


「何でそうなるんだ!? お前とモニカ嬢有責の婚約破棄なのだから、こちらが払うのが当然だ!」


「ユウセキってどういうことだ!? 何でそれでこっちが払わなきゃならないんだよ!」


「お前達有責なのだから当然……、いや、待て、お前、有責の意味は分かっているか?」


「知らねえよそんなもん。あっ、もしかして優秀な成績ってことか? 確かに俺もモニカも優秀だからな。でも何で成績優秀だからって、俺達が慰謝料払わないとならないんだよ!」


「巫山戯るな! お前達のどこが成績優秀だ! 二人とも学年最下位で優秀とは正反対だろうが!! そうではない、この場合の有責をお前にも分かるように言うと、今回の婚約破棄で悪いのはお前とモニカ嬢だということだ! 悪いのはお前だからこちらがアイリーン嬢に慰謝料を払うんだ。お前が彼女から慰謝料を貰うことなどない!」


「何で俺達が悪くなるんだよ!? 悪いのはモニカから魔術薬の術式を奪ったアイリーンの方だろう!」


「それは違うと言っているだろう! 第一モニカ嬢に魔術薬の術式を開発する実力などない!!」


 散々怒号を浴びせ合ったセルジオとフェデリコが睨み合ったまま大きく肩で息をする。


 自由に身体を動かせない分、フェデリコの苛立ちは更に募っていく。


 モニカの嘘を信じているフェデリコは、アイリーンの個人資産が全額モニカのものになるのは当然だと思っていたし、それとは別に自分に慰謝料が支払われるのは当然だと思っていた。


 だが現実はその反対で、自分には慰謝料が入らないどころか逆に支払わなければならない。


 自由に使える大金が手に入ると喜んでいたのにそれが叶わず、フェデリコは的外れで身勝手な怒りに支配されていた。


「……お前には何をどう言っても、都合の悪いことは理解できないようだな。だが、これだけは言っておく。お前は後継から外した、我が家の次期当主はテオドールだ。これはアグイスト侯爵にも伝えている。お前とモニカ嬢がガブレイト侯爵家次期当主夫妻になることは絶対にない」


「何だと……!」


 大きく息を吐いたセルジオが、厳しい表情でそう言い放つ。


 それにフェデリコはギリッと奥歯を噛み締め、憎しみに顔を歪めた。

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