第7話 根回し完了
王宮に出仕していた父のアメデオと兄のレオンが邸に帰ってきたのは、いつもより二時間程遅い時間だった。
アメデオは微かに喜色を浮かべているが、それでいてどこか複雑そうな表情をしており、レオンは疲れを滲ませてはいるが満面の笑みを浮かべている。
それに何事かと目を眇めると、アメデオから明日学園が終わった後に登城するようにと言われた。
「明日、王宮で王太子殿下が同席された上でフェデリコ殿とアイリーンの婚約破棄、そしてフェデリコ殿とモニカの婚約手続きを行うことになった。モニカはフェデリコ殿と共にガブレイト侯爵家の馬車で向かいなさい」
並んで目の前に立つ父と兄の表情の意味など考えることなく無邪気に喜ぶモニカの横で、アイリーンは想定以上に早く王家が動いたなと目を見開く。
それを都合のいいように勘違いでもしたのか、モニカが見下した目を向けてくる。
何を考えているのか手に取るように分かるが、面倒なので相手をするつもりはない。
色々と思うところはあるが、この場では当たり障りのない疑問だけを口にすることにした。
「王太子殿下が同席なさるということは、その場で手続きを完了されるということでしょうか?」
「そうだ。最速で処理して頂くことになっている。アイリーンには話しておきたいことがあるから、この後書斎に来なさい。モニカはもう部屋に戻っていい。明日お前がやることは、婚約誓約書に署名することだけだからな」
それにモニカはどこか不服そうな顔をするが、すぐに笑みを浮かべると「お姉様からいくら慰謝料がもらえるのか楽しみだわ」と言いながら鼻歌まじりに去っていった。
「お前が手にする慰謝料などないのだがな……」
フェデリコとモニカ有責の婚約破棄であることを欠片も理解していないその様子に、アメデオが深く溜息を吐く。
そしてレオンを含む三人で書斎に移動するとそこには母のエルザがおり、扉に鍵を掛けるとすぐに防音の魔道具が起動された。
「バカ二人が起こした騒ぎに関しては、陛下と王太子殿下、父上と俺も映像を見て確認している。それからガブレイト侯爵もな」
「映像を、ですか?」
「ああ、エミリオ殿下には、学園内でも目立たないように護衛がつけられている。そのうちの一人が魔道具でその様子を記録し、すぐに陛下に届けたんだよ」
「成程、そういうことですか」
映像とはどういうことかと首を傾げたアイリーンが、レオンの説明に納得して頷く。
王族であるエミリオに、周囲には気付かれないよう護衛がつけられていてもおかしくはない。
実際には王家の影と呼ばれる暗部の者達だが、それはアイリーンの知らぬことだ。
フェデリコとモニカの標的はアイリーンだった訳だが、エミリオと一緒にいたところに突撃してきたのだから、警戒した彼らが魔道具でその様子を記録することはある意味当然のことだと思えた。
「それでお父様とお兄様もその映像をご覧になられたのですね」
「そうだ。突然殿下と一緒に陛下に呼ばれたから何事かと思ったよ。あいつらがバカで頭がおかしいのは分かっていたつもりだが、あそこまで酷いとは思わなかった」
レオンはアイリーンの二歳上で、王太子のアンドレアとは同い年で幼馴染だ。
二人とも学園では一年次からSクラスに在籍し半年前に卒業した。
それと同時にレオンはアンドレアの側近候補から正式に側近となっている。
そしてアメデオの方は宰相補佐として国王の近くにいる。
本来は宰相になるはずだったが、モニカのようないつどんな問題を起こすか分からない娘がいる以上その座には座れないと、国王の要請に笑顔で固辞し続けているのだ。
その本音は、その方が気楽でいいと呑気なことを考えているだけだが。
ただし、宰相補佐という立場が気楽だなどと言えるのは、アメデオくらいのものだろう。
ガブレイト侯爵は財務大臣として王宮に出仕している。
全員呼び出そうと思えばすぐに呼び出せる環境だったこともあり、映像を確認した国王が直後に関係者を集めていたのだった。
「ガブレイト侯爵、可哀想なくらい顔が真っ青になっていたぞ。息子のあんな姿を見せられればそれも仕方ないだろうが」
「私もモニカには開いた口が塞がらなかったぞ。魔術薬の特許の件もそうだが、どうやったら学年最下位なのに優秀だなどと思えるのだ?」
揃って頭を抱える二人に苦笑するしかない。
既に複製された映像を見ていたらしいエルザは一言も話さず実に良い笑顔をしているので、そちらは怖くてまともに見れなかった。
「フェデリコ殿とモニカのエミリオ殿下への不敬にも程がある態度は、学園内のことでも許容はできないが、今回に限り見逃すそうだ。その代わりに、王家がガブレイト侯爵家と我が家の婚約に口を出すということになった」
「まあ、建前ではあるけどな。アイリーンとの婚約破棄とモニカとの婚約を、ガブレイト侯爵に了承させて確実かつ速やかに成立させる為のな」
そう言ってレオンがにやりと笑う。
アメデオも似たような表情だ。
今回の王家の言い分は強引と言えば強引だが、フェデリコと無事に婚約破棄できるのであればアイリーンとしては何だって構わない。
フェデリコのアイリーンに対する態度は両家が問題視していたが、それでも婚約破棄に至らなかったのはガブレイト侯爵が消極的だったからだ。
それが漸く実現するのだから、強引だろうが何だろうが願ってもないことだった。
「この件は王太子殿下に一任されることになっている。とは言っても、今後のことは既にガブレイト侯爵とも話し合って決めているから、あとは書類に署名するだけだがな」
「そうですか。でも、ガブレイト侯爵令息とモニカを王太子殿下の前に出しても大丈夫でしょうか?」
アンドレアにも二人が不敬を働くのではないかと懸念したアイリーンが、不安に顔を曇らせる。
だがそれにレオンは、心配ないと安心させるように笑みを浮かべた。
ただしその後に続けられた言葉は、安心してよいものかどうか分からなかったが。
「それなら問題ない。あの二人には、囚人用の行動を制限する魔道具を使うことになっている。殿下にもあの二人には挨拶を含め一切口を開かせないということで話はつけてある。殿下の前でできるのは、形だけでも礼を執ることと座って署名をすることだけだ」
「そうですか……」
微かに顔を引き攣らせるアイリーンに、レオンがくつくつと笑う。
だがすぐに表情を切り替えると、真剣な眼差しでアイリーンを見つめた。
「だがアイリーン、無事に婚約破棄が成立したら、お前は別の意味で覚悟をしておけ」
その言葉の意味を正確に理解したアイリーンは、思わず目を見開き息を呑む。
そしてどう反応すればよいのか分からず、何も言葉を返すことができなかった。
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