⑯配信者デビューして1ヶ月くらい経ったよ

「みんなこんばんわ~! 天窓ありかですっ! 今日はね、この世界のこともっと知りたいってことで~……じゃじゃーん! ある食べ物を用意してきたんだ!」


 コメント

 ・待ってました!

 ・ありかちゃんこんばんは~

 ・何食べんの? 激辛?


 天窓ありかがVTuberデビューしてあっという間に1ヶ月くらいが経った。まだまだ初々しいところが目立つけれど、配信活動自体には徐々に慣れてきたようで、オープニングトークからもだいぶ硬さが取れてきた印象を受ける。

 1ヶ月のあいだにチャンネル登録者は300人程度まで伸び、同時接続者も最近は10人弱を推移している。コメント欄にも常連のリスナーさんが訪れるようになってきているし、これはかなりいい傾向といっていいだろう。

 例えば登録者が10万人いるチャンネルだと、同時接続数は平均して500~1000人前後になるのが一般的な数字。つまり、配信をリアルタイムで視聴するリスナーは登録者の100人から200人に1人くらいってこと。(あくまで平均的な数字としてね)

 それを考えると、天窓ありかの登録者の30人に1人が見に来ているって状況は割合として非常に多い、見てくれるファンの熱量が高いってことだよね。


 ちなみに天窓ありかの配信頻度はいまのところ週3回。配信をしない日はボイストレーニングをしたりSNSを動かしたり、この世界の文化をいっしょに勉強したりして過ごしている。別にサボってるわけじゃなくって、発声経験が少ないうちからいきなり連日配信をしたりすると、確実にのどを傷めてしまうからね。こういう体調管理も私の大事な役目ってわけ。


「ってわけで、今日はこの……"ねるねるねるね"? っていうの、食べてみようと思いまーす。」


 コメント

 ・小学生かな?

 ・ウマイ!(電光石火)


「まずは1番の粉をトレーに開けて、お水を入れて……? えへへ、なんかお料理とか実験とかしてるみたいでワクワクするなーこれ!」

「まぜまぜまぜまぜ……っと。あ、なんか色がかわってきた! すごいすごーい! え、魔法!? この世界の魔法なの、これ!?」


 コメント

 ・ガチ魔法やで

 ・反応が新鮮すぎる


 ライカは知育菓子の定番、「ねるねるねるね」をたどたどしい手つきで作りはじめた。この世界の娯楽に慣れていないからか、リアクションの1つ1つが新鮮だし、わくわくしている表情がアバター越しにも伝わってきて、贔屓目なしに超可愛い。ほら、ふわふわのツインテールを揺らしながら猫みたいなお口でにまーって! だけど、天窓ありかの魅力はそれだけではなく……。


「あ、これソーダの味だー! ふわふわあまーい!」

「ソーダね、このまえ、ち……お姉ちゃんとサイゼリヤに行ったとき、初めて飲んだんだよね。ん~~~っ、しゅわしゅわってしておいしー!」


 コメント

 ・サイゼリアはいいぞ

 ・サイゼリ"ヤ"な

 ・ねるねるねるねどころか、ソーダも初めて!?


 そうそう、配信で私のことを話すときには"お姉ちゃん"って呼んでもらうことにした。なにも私が推しに"お姉ちゃん"って呼ばれたいから、って私欲を満たすためじゃないよ??? 異世界から転生してきて、見ず知らずの女の家に居候してる……っていうのは、設定と呼ぶにはちょっと生々しすぎるしね。


「――で、あのときうっかり男子トイレ入っちゃったんだけどさ、ぼくどっち入ればよかったのかなって今でも悩んでるんだよね。元・王子だけど、いちおう今は女の子なわけじゃん? そこで入ってきた男の子と目があっちゃって……」


 コメント

 ・その姿で男子トイレはやばい

 ・性癖壊れちゃう!!


 ライカは作りたてのねるねるねるねを頬張りながら、コメント欄と楽しそうにおしゃべりを続けている。それを見て、私は一つのことを確信する。

 ……うん。やっぱり、ライカには"雑談力"がある。

 会話と雑談って、似ているようで実は全然違う。会話は相手と考えを共有して、ゴールを目指して進めていくもの。でも、雑談配信にはゴールなんてなくていい。ただ"話を転がし続けて、どこにもたどり着かせない"こと。それができる力が、雑談力であり配信者としてのスキル。

 しかも、この子……誰に教わるでもなく無意識で、楽しい方向へ楽しい方向へと転がしていってる。もしかして私が思ってた以上に、すごい素質を持ってるんじゃない……?


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「……ねえ、配信してて気づいたことがあるんだけどさ。」


 配信を終えて、ねるねるねるねの包みを片付けながらライカがぽそっとつぶやいた。


「ん? どうしたの、ライカ?」

「配信してる時のぼくって……なんていうか、"天窓ありか"っていう、もうひとりのぼくが、そこにいるみたいだなって。そんな風に感じることがあるの。」

「……なるほど、そういうことか。」


 私は小さくうなずく。


「ぼく、はじめはね。人前でしゃべるのに緊張とかもあったんだ。でも最近はね、"天窓ありか"っていう理想の女の子なら、どう喋るんだろう? って思いかべて、それを口にするようにするようにしてみて……。そしたら、えへへ。なんか、デビューしたときよりうまく喋れてる気がしない?」

「うん……すごい、すごいよライカ。」


 配信をしたり人前でしゃべることに慣れてきたのもあるかもしれないが、それ以上にライカ自身が自信を持って話しているよう感じられた理由。それはライカ自身がたどり着いた、"ロールプレイ"だった。


「この世界に来るまで、ぼくは自分のことがあんまり好きじゃなかったんだけど、天窓ありかは、元気で、かわいくて、ちょっとおしゃべりで……自分のことが、ちゃんと好きな子なんだって思う。だから……配信中は自信をもって、しゃべれるのかも。」


 VTuberとしてもっとも重要な要素、それは「自分自身のファンになること」。だからこそファンの気持ちを理解できるし、楽しませることだって……。ライカはそれすら、自然にできている…!

 まだモニターに映ったままのLive2Dアバターに向けて、ライカはこう言った。


「ありがとう……ありか。」


 画面の中で、天窓ありかが微笑み返したような気がした。

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