⑪ファミレス後編・トイレどっち入るの問題
「チハル、その……トイレ行ってきてもいい?」
「ん? ああ、もちろんだとも。」
話が一段落したあたりで、ライカは何やらそわそわし始めた。
思えばライカは、ドリンクバーのメニューをすごい勢いで思い切り飲みまくって満喫していた。サイゼリヤに来るとつい条件反射で頼んじゃうんだよねえ、ドリンクバー。駄弁るんだったら必須メニューだし、そうでなくともコスパはめちゃくちゃいい。200円ってコーヒー2杯飲んだらモト取れちゃうじゃん、カフェオレ中毒の私にとっては神のサービスすぎる。
そんなドリンクバーが異世界からやってきたライカにとっては相当興味深かったようで
「わわっ……!? 蛇口からジュースが出てきたぁ!?」
「口のなかでパチパチしゅわしゅわして……あっまーい! え、いくら飲んでもいいの?! チハルってもしかしてすごいお金持ち?!」
と大はしゃぎしていた。それだけにとどまらず、一通り味わったあとに今度は複数のジュースをミックスした魔剤の自家生成にまで手を出してた。小学生かな???
「見てみて、千晴! オレンジのジュースにあのパチパチするやつ? を合成してみたの! (ぐびぐび)んーっ、偉大な文明の味がするー…!」
とかなんとか言いながら飲んだ量は、入店してからコップ10杯を優に越えているだろう。そりゃトイレも近くなるよね。
「トイレならそこの突き当りの左だよ。」
「はぁーい。」
ぱたぱたと音が鳴りそうな可愛い小走りでトイレに向かうライカを見送る。―そうだ、いまのうちに「天窓ありか」という名前についてチェックしておこう。私はスマホを取り出して、
バーチャルYouTuberの名前を決めるうえで、気を付けなければいけないことが1つだけある。それは"名前かぶり"だ。
似たような名前で活動中の配信者がいた場合、お互いにエゴサーチ ― SNSなどで自分の名前で検索をかけて、話題にしている人がいないか探す行為 ― が非常にやりづらくなってしまう。そのかぶった相手が有名な配信者だった場合は、迷惑行為と受け取られて炎上してしまう可能性もあるし、デビュー前にあらかじめ調べておいて、そうしたリスクは避けるに越したことはないよね。
開いた検索ボックスに"天窓ありか"だけではなく、"天窓さん",”天窓ちゃん"、"ありかちゃん"等、デビュー後に使われそうな呼称も何通りか打ち込んで検索をかけてみると、その結果は。
「うん、ばっちり。問題なしだな!」
名前かぶりは1件もなかった! 一件落着ばんざーい。ほっと胸を撫で下ろして、私はティーカップを口に運ぶ。紅茶の種類が多いのも嬉しいんだよねえ、サイゼリヤ。
ふと、ライカが向かった先に目をやる。
そこには当然のごとく、男子トイレと女子トイレのサインがあるわけだが……。
「……やっば。いまのライカの格好って……。」
----
トイレの前まで来たライカは硬直していた。
(ぼく……どっちに入ればいいんだろ?)
ライカは紛うことなき男子であるが、今は人間の少女のフリをしてここに立っている。この場合、どちらに入るべきか。
男子トイレに入れば変な目で見られそうだし、かといって女子トイレに入るのもなんだか申し訳ないし恥ずかしい。異世界シンラ王国の第三王子、ライカ・プロトスタ・シンラといえども、過去の経験からこの困難な状況を打開する選択肢を導き出すことはできない。
そのとき、ライカの脳裏にぴんと一つの言葉が響いた。
"そわそわしてると逆に怪しまれるよ。堂々とね。"
チハルの家からサイゼリヤに向かう途中で、チハルに言われた言葉だ。
(そっか! こんな格好をしてるせいで変に混乱しちゃったけど、いつも通りに堂々と男子トイレの方に入ればいいだけじゃん!)
納得したように一つ大きく頷くと、ライカは堂々と男子トイレに入り、堂々と男子用の小便器でスカートをたくし上げて用を足し始めた。なんて男らしいんだ。
(たくさん飲んだもんなぁ……。飲み物も食べ物もシンラにないものばかりで、ついつい飲み過ぎちゃったよ。っていうかこのひらひらの服、おしっこしづらっ……。汚さないよう気を付けないと。)
そのときである。男子トイレの扉が開き、学ラン姿の中学生男子が入ってきてしまった。その目に飛び込んできたのはそう、ふりふりで可愛らしいどっからどう見ても女の子(女の子とは言ってない)が、秋らしいチェック柄のスカートをたくし上げて水音を響かせている姿!
「え、ここって、あの、えっ……女子……?」
学ラン少年は胸の内から沸き起こる謎の情動と混乱で瞬く間に耳まで赤くして、それでもその視線をライカから外すことができない。
鼻歌混じりに用を足していたライカだったが、ふと視線に気付いて振り返る。
(や、やっぱこの格好で入るのはマズかった……? いやいや、チハルも言ってたよね。「堂々と、堂々と」)
硬直する学ラン少年をよそにライカは用を足し終えると、手を洗って横をすり抜けてチハルのもとへと戻ろうとしてーその瞬間である、慣れないスカートを着ていたライカは、ひらひらの裾をドアに挟んでしまった。
ライカはその瞬間には気付かなかったが、数歩歩いたところで裾を引っ張られる感覚で振り返る。そのとき、少年と初めて目が合った。
その少年の熱い眼差しはライカの、特に下半身に向けられており……。その瞳にはあられもなくめくり上がってしまったスカートの下に広がる、青空が映っていた。……すなわち、水色のトランクスに包まれる小ぶりなお尻である。
「わーっ!? わーっ!! ご、ごめんなさーーーい!!」
ライカは慌ててワンピースの裾を整えると、逃げるようにチハルの元へと戻るのであった。
そのとき学ラン少年のなかで新たな性癖の扉が開かれ、その後数奇な運命を辿ったのち、数年後に一つの伝説を作ることになるのだが、これはまた別の物語である。
誰かこのシーンのファンアートくださいお願いします。救われる鴉天狗の命があるんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます