⑩VTuberの活動名、どう決めよう?

 チキンライス・ハンバーグ・海老フライ・フライドポテト・おまけのゼリー。ライカの前に置かれたプレートの上に広がっているのは、子どもの好物を散りばめた宝石箱。そう、描いたようなお子様ランチである。


「ねえねえ、オコサマ……ってどういう意味なの?」

「ん、それはだな……うん、フルコース料理という意味だよ、遠慮なく食べてくれたまえ。」

「そっか、分かった!」


 言うやいなや、ライカはうきうきの表情で食べ始める。


(こっちの言語は習得してるのに、そこだけ分かんないとかそんな都合いいことある?! 合法けも耳ショタのお子様ランチもぐもぐタイムっ……まさか生きてるうちに肉眼で観測することができるとは……! ありがてぇありがてぇ……萌へえぇえ~~~)


 可愛いサイズの丸っこいフォークをハンバーグに突き刺すと、切り分けもせずにそのままかぶりつき美味しさに頬を抑え、チキンライスの上に刺さった旗を物珍しそうに眺めては、フライドポテトを手づかみでまとめて3本口に運んで、リスのように頬を膨らませながら咀嚼する。タルタルのたっぷりかかった海老フライは、もちろん尻尾まで一口で食べてしまった。100点満点のわんぱくっぷりである。


「うわ、これおいしっ……! こっちもうまーっ! えへへ、しあわせぇ……。」


 自分のミラノ風ドリアを食べるのも忘れて、しばらく仏像のような穏やかなアルカイックスマイルでライカの食事シーンを見守っていた。こんなん悟りに至っちゃう。


「ほらもう……あんまり急いで食べるから、ほっぺにケチャップがついてるぞっ☆」

「んぐ、あぅ」


 うふ、うふふ。うふふふふふふふ。


 そんな感じの幸せなランチを過ごして腹ごなしも済んだところで、私は食後のコーヒーを片手に大学ノートを開いた。


「さて、名前やプロフィールを一度ちゃんとまとめておかないとね。」

「名前? そんなのライカじゃダメなの?」

「もともと有名な人の場合は、あえてそういう手段を取ることもあるんだけどね。そういうごく一部を除いて、バーチャルYouTuberっていうのは物語の登場人物を演じるようなものなんだよ。」


 ライカと初めて出会ったとき、この子は「ライカ・プロトスタ・シンラ」という本名を名乗っていた。VTuberっぽい名前だしぶっちゃけそれでも問題ないとは思うけど、折角だから新しくつけてあげたいって思うのは人情だよね。ありえない話だとは思うけど万が一、ライカの本名を知ってる人がこっちの世界にいて、身バレしてしまう可能性がないとは言い切れないし。


「ってことでライカ、まずは名前を決めよっか。何か好きなものとか、思い入れのある言葉とか、名前にしたい単語はある?」

「ん、っと……。」


 ライカは遠い記憶に思いを馳せるように、胸に手を当てるとぽつりと話しはじめた。


「前に一度、話したよね。この世界にくる前のぼくのこと。城から離れた塔、ぼくはそこでずっと暮らしてたって。」

「うん、言ってたね。そこで、誰とも会わずに暮らしていた……そう記憶してる。」

「その塔には窓がなかったんだ。ぼくが逃げたり、落ちたりしないようにって、ひとつも。だから部屋のなかはどこを見ても壁で……。でも、天井に1つだけ明かり取りの窓があったんだ。」


 部屋の風景を思い浮かべる。冷たい石に囲まれた空間にぽつりと放り出されたライカ。そこに差し込む一筋の光ー


「……天窓か。」

「……うん、天窓。そこから見える空だけが、ぼくにとっての外の世界だったの。青空を流れる雲とか、夜空に瞬く星とか、そういうのを見て外の世界をずっと想像してた。だから、天窓。天窓が好き。」


 その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。

 訪れる者のいない部屋、静かで孤独な空間で小さな窓から見える景色だけを頼りに、外の世界へと思いを馳せるライカ。誰にも知られず、気付かれることもなく、毎日、毎日。どれだけ寂しく、不安な日々だったんだろう。


「ふむ……だったら、そうだね。」


 そっと、手元のノートに一つの名前を書いた。


天窓てんまど ありか】


「こんな名前はどうだろう? きみがバーチャルの世界に飛び込んでいくための、もう一つの名前。」

「てんまど……ありか?」


 ライカは目を丸くして、私が書いた名前をゆっくりと読み上げる。


「“天窓”は、ライカの思い出の……そして、ライカを新しい世界へと導くもの。そして“ありか”は、ライカのいる場所、って意味を込めてみたんだ。ライカ、きみの居場所はちゃんとここにあるって、そんな思いを込めた名前にしよう。」


 ライカは噛みしめるようにゆっくりと頷いた。その澄んだ瞳は希望に満ちている。


「天窓ありか……うん、いい名前だと思う。ぼく、この名前、好きかも。」


 まるで暗い部屋に差し込んだ朝の光のような笑顔だった。

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